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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

三陸海岸カヤック紀行

更新日:2017/07/26

 岩手県の釜石から三陸海岸をカヤックで北上した。
 六月の梅雨時期は風もうねりもすくなくカヤックを漕ぐにはベストシーズンだということだったが、しかし天気は行ってみないとわからない。
 初日から風が強くうねりが湾に入りこみ、なかなか予定通り進むことができない。途中、南のほうで低気圧が発生し、日本列島を横切りながら接近してくる。メンバーがスマホで風力を確認すると、低気圧の周辺が真っ赤に染まり、台風なみとまではいかないが、かなり強烈な風が吹きこんでいることがうかがえた。
 風が強まり沖から大きなうねりが入りこんできた。言わずもがなだが三陸海岸はリアス式で海岸が複雑に入り組み、岩礁も数多く点在しているので、波やうねりがぶつかり、反射し、それらが錯綜し、上下左右に入り乱れて大混乱の様相を呈する。どっぷんどっぷんと予測不能な海の動きに小舟は木の葉のように翻弄され、三半規管が完全にやられて、私はカヤックを漕いでいて初めて本格的な船酔いに苦しめられた。
 三陸の海岸にはやはり震災の爪跡がそこかしこに残されていた。ひしゃげたガードレールや海岸からかなり高いところで引っかかった巨大な松の倒木、妙に新しい住宅が立ちならぶ岸沿いの街並み。だが何よりも震災の現実を思い出させたのは復興の現場だった。
 カヤックでの旅の醍醐味のひとつに、小さな集落に立ち寄って昔ながらの雰囲気をのぞき見ることがある。今回も地図をみながら集落のかき込まれた入り江などに入りこみ休憩やキャンプのため何度か上陸した。だが、国土地理院の地図は震災前に測量したデータで作成されたもので、震災後の現状を正確に記したものではない。地図にはかき込まれている小集落は、消滅したのか、復興という公共土木事業の現場と化していた。上陸しても、そこにあったと思しき番屋や小さな漁師の家や船着場などは存在しておらず、コンクリートが大々的に注入された港湾建設や区画整理事業が展開している。古い家々の周りでお婆さんが歩いているわけでもなければ、顔に深い皺を刻みこんだ漁師のおじさんが網を回収しているわけでもない。ただ埃っぽい作業着を着た休憩中の土木作業員が疲れた顔でコカ・コーラを飲んでいるばかりで、もの凄く荒涼とした風景がひろがっているのだった。
 低気圧が通過すると風向きは南に変わる。天気が一時的に落ち着いた隙を見計らい、われわれは南風に乗って一気に北上を開始した。だが南からのうねりは予想以上のスピードで巨大化し、不意に襲いかかる突発的な波によって海のなかに引きずりこまれそうになる。岸から吹きおろす強烈な風を何とかやり過ごし、砂浜に上陸すると、すぐに暴風雨と化し、「あと三十分遅れていたら、マジでやばかったなぁ」と笑いあった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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