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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

イグルー作り

更新日:2017/05/24

 二月、グリーンランド北西部のシオラパルク村で帰国のための航空便を待っている間、あまりにも暇で時間が有り余っていたので、村人にお願いしてイグルーを作ってもらった。イグルーとは要するに雪の家のことで、日本でいうところのカマクラである。
 イヌイットといえばイグルー。今でも、昔の呼称であるエスキモーという言葉を聞くと、動物の毛皮を着てイグルーに住む人々をパッと頭に思い浮かべる人が少なくないのではないだろうか。かつて〈ポーラーエスキモー〉と呼ばれたシオラパルクの人たちも、昔は冬から春の季節はイグルーを作って旅をしていた。北極点を目指したピアリーやクックといった百年以上前の探検家の本をめくるとイグルーの写真が掲載されているが、彼らの探検はポーラーエスキモーたちの極地旅行技術をあてにしたもので、毎日のようにイグルーを作ってもらってそこに泊まっていたわけだ。だが、毛皮服のほうはともかく、イグルーに関していえばシオラパルクのポーラーエスキモーたちの間でも作れる人はほとんどいなくなった。季節ごとの移住生活をやめて村に家をかまえて定住するようになって以降、イグルーの技術はすたれ、旅行時の住居は布地のテントにとってかわられてしまったのだ。
 今回お願いしたのはカガヤという村の長老クラスの一人で、かつて植村直己が北極圏一万二千キロの旅を実行したときに犬橇(いぬぞり)用の橇を制作した人物である。彼ほどの年齢ならまだかろうじて実地でイグルー作りをした経験があるはずだし、カガヤは器用な男なのでアッと言う間にピアリー隊並みの美しい半球状のイグルーを作ってくれるだろうと期待したのだった。
「イグルーを作って見せてもらえないか」と頼むと、カガヤは持ち前の陽気さで「ナウマット」とひと言で引き受けてくれた。引き受けてくれただけではなく、「今日か? 明日か?」となんだかよくわからないがえらく前向きで、その張り切りぶりを見て、私はもしかしたら多額の報酬を要求されるのではないかと不安になるほどだった。
 堅い雪面を選び、鋸(のこぎり)で切りとった雪のブロックを次々と積み上げていく。傾斜をつけてブロックを置き、ナイフで端っこを切りとりブロック同士の接触面を大きくして安定させる。おそらく何十年ぶりかの作業のはずだが、手慣れた様子で迷うことなく作業を進める様子をみていると、イグルー作りの手法は彼らのDNAの遺伝情報に刻まれているのではないかと思いたくなった。だが、他の村人たちは近くに来てからかうばかりで手伝おうとしないところをみると、それは私の幻想のようだ。プライドの高い彼らのこと。イヌイットなのにイグルーをうまく作れないことがばれるのが、たぶん恥ずかしかったのだろう。
 約二時間で完成した。久しぶりの作業のせいか、さすがに一番難しい最上部のフタの部分は少しぎこちない感じの出来栄えになったが、それでも「どうだ、なかなかいいだろう」と満足そうなカガヤの顔を見て、私もニンマリとほほ笑んだ。
 ちなみにカネは請求されなかった。自分たちの文化に興味を持ってくれたことが、単純にうれしかったようである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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