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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

迷走の大観音

更新日:2017/05/10

 私の故郷である北海道芦別市には巨大な大観音像が立っている。といっても芦別市はもともと石炭の生産が主要産業で、歴史的に、長野や宇治山田のような有名社寺の門前町ではない。観音像ができたのは私が中学生の頃ぐらいだったろうか。当時、わりと繁盛していたレジャー施設が、新しい客寄せパンダとして建てたもので、おそらくその建立の背景に宗教的な篤信は皆無だったと思う。
 よく覚えているのは、汽車(北海道の人は電車ではなく汽車という)の窓越しに見えてくる冬の暗闇のなかの観音様だ。中学三年生の頃、冬休みに高校受験対策として隣の隣の滝川市という町の進学塾の短期講習に汽車で通っていた。滝川-芦別間をはしる根室本線は、石炭産業が斜陽化してすっかりダメになった全国屈指の過疎地域を走るローカル線だ。滝川駅のホームで煙草の臭いが満ちた車両に駆け込み、友達とボックス席に座って三十分揺られると、まもなく、日が暮れてすっかり暗くなった雪の寂しげな街並みの向こうに、青白くライトアップされた北海道大観音像が見えてくる。暗闇のなかにぼおーっと浮かびあがる観音様は、正直言って幽霊みたいで、不気味のひと言につきた。結露ではりついた水滴をふき取って窓越しに改めて観音様を眺めながら、子供ながらに「なんであんな薄気味の悪いものを建てたんだろう」と不思議でならなかった。
 とはいえ、建てた人たちは相当気合いが入っていたはずだ。何しろ、八十八メートルの高さは建立当時は日本一を誇っていたのだ。カネも相当かかったにちがいない。しかし、建立後、それほど時を経たずして別の巨大仏像に全国一の座を奪われてしまったのが、今思うと運の尽きだった。その後、バブルが崩壊し、もともとの所有者だったレジャー施設も営業を中止、いつの間にかライトアップも消えていた。観音様の所有者は二転三転し、現在は某宗教団体の所有に移っているらしい。
 すっかり訪れる人もまばらになった観音像。私の目には、斜陽化した石炭産業から脱却し、なんとか観光地化に将来を託し、結局うまくいかなかった故郷の迷走を体現しているように見える。三十年前は、なんでこんなものを……と小バカにしていたが、今はどういうわけか逆に愛おしい。たまに実家に帰った時に散歩で近くを通りかかるが、今となっては立派な町のシンボルに思えてくるから不思議だ。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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