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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

台風

更新日:2016/11/9

 今年の夏はとことん台風につきまとわれた。
 はじまりは台風七号、ちょうど南会津山塊に長期の漂泊登山を開始しようと予定していた、まさにその日にこの台風はやってきた。入山直後に大雨で停滞というのも嫌なので、登山は二日遅らせることに予定変更した。入山してからは、つい先日上陸したばかりなので、しばらく台風は来ないと高をくくっていた。ところが、沢を遡行しはじめて四日目、テントの中でラジオを聞いていると、今度はさらに勢力の強い台風九号が東北地方を直撃するというので愕然とした。その日のテン場は通常の天気なら問題なかったが、背後の斜面が急傾斜になっており大雨になった場合、落石がちょっと不安だ。しかし上流に行ったところで、もっといい幕営地が見つかるともかぎらない。寝袋のなかで散々悩んだが、やはり上流でより完全な幕営地を探すことにして早めに出発、一時間後に落石も増水も土砂崩壊も心配ない完璧な幕営地が見つかり、無事やり過ごした。
 ところが台風との付き合いはこれで終わらない。入山九日目に、さらに勢力の強い台風十号が東北地方を直撃する恐れがあると知ったときは、さすがにゲンナリした。このときの漂泊登山は広大な南会津の山々をゆっくり時間をかけて、その日の気分にしたがって自由に歩き回ることで、いわば自然と合一するのが目的だったが、本音を言えば二回の台風直撃は避けたいところだ。もはや自然との合一はどうでもよくなり、漂泊せずに足を速めて、予定より二日早い十二日目に最終目的地の会津駒ヶ岳に登頂、強風が吹き荒れるなか、そそくさと下山した。
 さらに山のつぎは海である。沖縄を舞台にした新刊本のお礼に回るため、九月二十四日から家族と一緒に沖縄県宮古島地方にある離島伊良部島(いらぶじま)に旅行することにしていた。まあ、お礼回り名目ではあるが、実際はバカンスを兼ねたもので、伊良部島のブルーラグーンで泳ぎまくることが真の目的だった。ところが出発の前日に突如、沖縄南方に台風十七号が発生。最悪なことに、ちょうど私たちの滞在中に宮古島地方を直撃するらしいのだ。
 まるで私の行き先を突き止めるかのように次々と発生する台風たち。もはや呪われているとしか思えない。
 取材先への挨拶もあるので予定を変更するわけにもいかず、そのまま伊良部島に向かったが、滞在二日目の夜からやはりひどい暴風雨となった。翌朝、ホテルのフロントで待機していると、つむじ風のような突風でドアがバタンとしまり、その衝撃でガラスが粉々に砕け散った。娘が驚いて逃げ出し、ホテルの従業員も、こんなことは初めてですと唖然とする。その日の夕方に飛行機に乗れたのは不幸中の幸いだったが、予定していた島でのバカンスはつむじ風と一緒に吹き飛んだ。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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