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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

野生の襲撃

更新日:2016/07/27

 以下は六月下旬の話。
 夏が来た、と思うのはまだ早いだろうか。しかし、暑い。もはや十分に暑い。暑すぎる。死にそうだ。皇居でランニングとかしていると本当に熱中症になるんじゃないかというぐらい蒸し暑い。これで三十度ちょっとというのだから、真夏になって三十五度以上の日がつづくとどうなるのだろう。去年はグリーンランドにいたので、日本の夏は二年ぶり。久しぶりに夏が楽しみだなぁなんて五月末段階では呑気なこと言っていたけど、こんなに暑かったっけ? はたして夏を乗り切れるだろうかと不安になる……。
 このように梅雨のなか休みにふりそそぐ太陽の陽射しは灼熱の剣となって私の胸を焼き焦がし、山よりも海へと誘(いざな)うのだった。
 湘南の海を訪れたのは約二十数年ぶり二度目。だが、ほとんど覚えていないので事実上初めてといっていい。
 朝起きてあまりの暑さに突如思い立った海水浴だったため、家を出たのはすでに十一時前後だった。鎌倉駅で昼飯を食べようと思ったが、アジサイの祭りか何かあるらしく、やたら混雑している。非常に空腹だったが、あまりの暑さに早く海に出たいという気持ちがまさった。それに海に行けば海の家とかあるだろという話にもなって、クソ暑い陽射しのなかを、あちこち走り回って言うことを聞かない娘を強制的に肩車して、スタスタと海岸へ向かった。しかし海に着いてみると海開き前で、海の家はまだ工事中である。しょうがないので海岸べりにあるローソンでそばとおにぎりなどを買いこみ、砂浜に座りこんで、まずは腹ごしらえすることにした。ローソンの前で、トビが多いので食事をかっさらわれないように気を付けてくださいという旨の注意書きの看板を見かけたが、そんな間抜けな人間がこの世にいるとも思えず、少なくとも自分の問題だとは認識しなかった。
 娘に鮭おにぎりの包装をほどいてあげると、旨そうに頬張りだした。私のほうはいくらのおにぎり、妻はそばの入れ物をあける。
「おいしいー!」と娘が嬉しそうな声をあげた。
「本当? いくらもあるけど、食べる?」
 そんな会話の最中だった。ヒュンッと目にもとまらぬ速さで薄茶色の飛行物体が目の前を横切ったかと思うと、娘の右手にしっかりと握られていたはずの鮭おにぎりが見事に消失していた。
 まったく何が起きたのかわからず、目ん玉に見事な点をつくり呆然自失する娘。私はゲラゲラと笑った。
「トビに持っていかれたんだよ。いやー本当に食われるんだなぁ。貴重な体験できてよかったじゃん」
「トビ?」
 二歳半の娘はまだトビという言葉を知らず、彼女の世界にまだトビは存在していない。トビと聞いても、ハテナ? と顔をしかめるばかりでキョトンとしている。面白いなぁと思った瞬間、またヒュンッとトビが今度は私の右手のいくらおにぎりをかっさらった。思わず、「うわっ、やられた」と声が漏れる。妻はすごーいと持ち前のノー天気さを発揮して、なんだか楽しそうだ。
 気づくと私たちの頭上には十羽以上のトビたちが、海にできる鳥山のように悠然と飛び交い、私の手に次のコンビニ飯が握られるのを虎視眈々と狙っていた。まわりの海水浴客たちも、なんだかあの親子連れがトビたちの格好の餌食になっているぞ、彼らの頭上に夥しい数のトビが集まっているぞと、ざわざわしはじめた。ここでトビごときに引き下がっては探検家の名折れ、とまでは考えなかったが、なんだか慌てふためいて醜態を見せるのも恥ずかしかったので、私は何食わぬ顔で今度はそばの包装を開いた。トビは肉食だから鮭といくらはやられたけど、そばなら大丈夫だと思ったのだ。実際、隣の妻はトビにやられるでもなく平然とそばをすすっている。
 なんとかトビにやられずに汁と薬味を入れて、私はそばをすすりはじめた。
「それ食べるー」と娘が欲しそうにした。
「納豆巻きがあるから、それを食べな」
 余裕をかましてそう言った瞬間、三度、ヒュンッという滑空音が聞こえた。稲妻のような速さで何かが飛んでいったと思った刹那、顔をあげると目の前の娘が頭からそばまみれになっていた。さすがにわけがわからずに大声で泣く娘。後ろでクスクス笑うボインのお姉さん。
 思わぬ野生動物の襲撃であった。グリーンランドの氷海でセイウチにやられて以来だ。恐るべき湘南。恐るべき材木座海岸。

*写真は後日おとずれた鵠沼海岸です。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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