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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

来訪神①

更新日:2021/03/10

 どこの国もそうだと思うが、シオラパルクでも年末年始はイベントで大忙しである。まず極北の村ならではの冬至のお祝いがある。今年の冬至は十二月二十一日で、この日が一年でもっとも暗い。その暗い日がなぜ目出度いかというと、この日を境に地平線の下に沈みきった太陽がじわじわと地平線にもどってくる、つまり極夜の夜明けが近づくからである。そこで村人は集会所に集まり、パーティーのようなものを開くという(私はコロナの汚染地域から来たということで、気をつかって接触をなるべく避けていたので参加しなかった)。
 それからクリスマスがある。イヌイットは今ではキリスト教徒だから、これは一年でもっとも目出度い日だ。家のなかをクリスマスツリーや各種のデコレーションで飾りつけ、鶏肉をオーブンで焼いた西洋風の料理を家族で楽しむ。
 年末は中国から輸入された花火が連日、バンバン打ちあがる。何やら数年前に仕入れた品物が余っていたとかいうことで、今年は店で、ちょっとした花火大会で使われてもおかしくないくらい大きな花火が百円とか二百円とかで在庫処分されていたらしい。それで村のみんながこぞって大量に購入し、競うように打ちあげたわけだ。
 大晦日はミッタットといって仮想した人が棒で地面をたたきながら各家庭を訪問して、喜捨をもとめる風習がある。顔を隠し、背中を丸め、棒をつつくところなどを見ると、死んだ老人が黄泉の国からやって来たという伝承なのかもしれない。ミッタットは無言で突っ立っているだけ、袋をぶら下げているので、そこにお菓子とか煙草とかを入れてあげるとのそのそ立ち去ってゆく。
 一応、誰なのかわからないという設定だが、今回来たのは明らかにウーマ・ヘンドリクセンという若者である。ウーマは私の家に頻繁に遊びに来る若者で、私は、この二時間ほど前に「カクハタ、俺と一緒にミッタットやろうよ」と誘われていた。面倒なので断ったが。
 翌元旦、玄関の前室に置いてあるバケツ型便器に座り、朝のお勤めをしていると、目の前に二十キロ入りのドッグフードがあるのに気づいた。はて、今年はまだ十五キロのものしか買っていないはずだが、なんだろう、これは? 誰かが置き忘れたとも思えず、ウーマ・ミッタットの贈り物としか思えない。七千円もするのに、なんと気前のいい来訪神であろうか!
 大晦日に各家庭を回るところなどは、ミッタットってなまはげっぽいな、と思ったが、なまはげより、どちらかといえば笠地蔵に近かった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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