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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

海豹狩り用の衝立

更新日:2020/12/23

 ここ数年、グリーンランドに行く直前にかならずおこなうのが海豹(アザラシ)狩り用の道具の作製である。海豹狩りは呼吸孔を利用しておこなわれる。呼吸孔というのは、氷の下をおよぐ海豹が文字通り呼吸をするために利用する穴のことで、冬の間はここに網をしかけたり、待ち伏せしたりして猟をする。
 春になって温かくなると、しかし狩りの仕方は一変する。なぜかというと、氷の下にいた海豹は呼吸孔をひろげて氷上にあらわれて昼寝をするようになるからである。
 この昼寝海豹はグリーンランド北部語ではウーットと呼ばれ、これをねらった猟もウーットという。ウーット狩りをするには氷上で時折首をもたげて警戒する海豹に百メートル以内に接近しなければならない。できるかぎり近づき、頭部を一発で撃ちぬき即死させないと、傍の穴から海に逃げられてしまうためだが、何しろ周囲一面真っ平らな氷原でさえぎるものがないので接近は容易ではない。そのためこのような人工的な遮蔽物を用意して、それに身を隠してじりじり接近せねばならないのである。
 地元イヌイットはカムタッホという、やや複雑な構造の遮蔽物を使うが、カムタッホは組み立てがやや面倒なことと、形状が立体的で持ち運びに不便なところがあるので、私はアルミフレームで衝立(ついたて)を自作して、春の長期旅行ではそれをもちはこんでいる。
 最初に作ったのは、しかるべき位置に銃座をもうけた、本当にただの衝立で、これはこれで悪くはなかった。ただ面積が大きく橇の上に乗せると邪魔なので、二代目は折りたたんでコンパクトに収納できるようにした。アルミフレームにタッハとよばれる白い布をくくりつけるのだが、このタッハにアルミの棒を縫いこんで横幅を確保することで、フレームでつくった本体のスリム化も実現した。これで完璧、と思ったが、実際に使ってみなければわからない。結果的にこの二代目はコンパクトにしすぎたせいで高さが足りず、狙撃のときの準備にごそごそと手間取り、その動きで海豹に感づかれ、何度も逃げられてしまった。
 今回作ったのは二代目を改良した三代目である。フレーム本体を十センチほど高くしたほか、移動のときに必要な取っ手の位置を修整したり、あとはタッハの布の色を完全な白からオフホワイトにしたり、銃口用の穴の形を変えたりなど細部にこれまでの経験を盛りこんだ。
 さて、はたして結果は如何に。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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