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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

最北の村へのヘリ

更新日:2020/03/25

 ほぼ世界最北の先住民集落であるグリーンランドのシオラパルクには、もっとも早いスケジュールでも日本から最低三日はかかる。
 まずデンマークの首都コペンハーゲンを目指し、そこで一泊。翌日、機内サービスのいきとどいたグリーンランド航空機にのりかえ五時間ほどかけてカンゲルスアック国際空港にむかい、そこで小型プロペラ機にのりかえグリーンランド中部の中心地イルリサットで二泊目となる。翌日、ふたたびプロペラ機に乗機し、ウパナヴィックという漁師町を経由したあと、いよいよ人類が住まう地としては地球最北端であるグリーンランド北西部地域に入域となり、飛行機はその中心集落であるカナックに着陸する。カナックからシオラパルクまでは約五十キロ。冬になり海が結氷すると地元の人は犬橇で往来するが、通常の外国人旅行者は犬橇は所有していないので、必然、ヘリコプターを利用することになる。
 コペンハーゲン、カンゲルスアック、イルリサット、ウパナヴィック、カナックと途中、五つの空港を経由する長旅だ。
 最低三日と書いたが、細心、慎重な性格の私は、途中の天候悪化でフライトがキャンセルという事態にそなえ、一応余裕をみて五日の行程をくんでいる。実際にフライトがキャンセルという場合は頻繁にあるが、とりわけキャンセルになりがちなのが、最後のカナックからシオラパルクに向かうヘリコプターで、これはキャンセルになりがちという表現の範疇を大きくはみだし、ほとんど予定通りに飛ばないと考えたほうがよい。
 とにかく風や視界不良など、わずかな状態の悪化で翌日に延期となる。搭乗地であるカナックの天気がよくても油断ならない。ヘリコプターは通常、カナックではなく百キロ南にある米軍チューレ空軍基地に待機しており、このチューレの天気が悪いとカナックまでやってこない。ヘリは水曜と金曜の週二回の定期便で、私はいつも水曜の便を予約しているのだが、天気の関係で木曜、金曜と延期され土日にはいってしまうと、今度は操縦士が休日となり月曜までまたなくてはならなくなってしまうのだ。
 このようなわけでカナックではヘリが飛ばず五日間待機、ガーン! などという悲惨な事態がしょっちゅうあり、冬にシオラパルクに向かう旅人のあいだでは〝カナック沼〟とよばれおそれられている。
 なお、今年は奇跡的にヘリは予定通り運行となり日本から五日でシオラパルク入りすることができた。はじめてかもしれない。僥倖である。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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