Nonfiction

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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

アザラシ狩り

更新日:2016/06/08

 昨年、グリーンランド北部に七カ月ほど滞在した。北緯七十八度近くにある、先住民集落としては世界最北に位置するシオラパルクという村をベースにして、橇(そり)やカヤックで冬の探検のための食料、燃料などの物資を予定ルートの途中に運んでいた。七カ月間の旅のなかで物資運搬に要したのは三カ月ほどなので、のこりの四カ月はシオラパルクに滞在していたことになる。
 シオラパルクはイヌイットの猟師村で、村人たちは春の間は犬橇で海氷のうえを移動し、また氷が解けて海水が広がるとボートでアザラシやセイウチ、イッカクなどをおいかけて暮らしている。時には遠出してシロクマやカリブーを狩りに出ることもある。
 私も自分の旅の準備や原稿書きなどに追われていたので、村に滞在中は意外と時間がなかったが、それでもやはり、せっかくこんな世界の果てまで来たのだから、一応、イヌイットの文化に触れたいという気持ちがあった。当然、三カ月も居座ったら村人たちとはそこそこ仲良くなるわけで、彼等は時々、私を猟に誘ってくれた。イヌイットはおそろしく気まぐれなので、事前に約束しても、そんなものは全然守らないし、猟に誘ってくれるときも、その日の朝に、気が向いたからカクハタでも連れていくかといった様子で、突然、私の借家にふらりと来訪して、猟行かない? みたいな感じで誘ってくる。そして私は慌てて防寒着を着込んでボートに乗りこむ。
 不思議なことに、私が猟に同行すると、どういうわけか彼らは百発百中で弾を外した。最初はイラングアという若者のアザラシ狩りに同行した。彼はカムタッホと呼ばれる前進用の道具に身を隠しながら近づき、氷の上のアザラシを狙ったが、あえなく失敗。次にピーターという村の電気技師の親父とボート猟に出かけたが、このときも彼は氷盤に寝そべった巨大なアゴヒゲアザラシを撃ち損じた。つぎにヌカッピアングアという男の猟に同行したが、これまたすべてのアザラシに弾が当たらず収穫はゼロだった。皆、次の日や前日には三頭も四頭も仕留めるのに、私と行くときだけ失敗するのである。そのうち、あいつを連れていくと弾が当たらないという風評が広まったのか、誰も私を誘ってくれなくなった。風評被害で私は猟を見られなくなった。
 それでもせっかくなので、ボートからアザラシを撃ちとめるシーンを見てみたい。そう思った私は帰国直前にカーリーというセイウチみたいな体つきのいかつい男に、いくばくかのチャーター料を支払ってアザラシ狩りに連れていってもらった。同行してわかったのは、アザラシのボート猟はイヌイットといえども相当難しいらしいということだった。アザラシは普段、海中に潜っていて、たまに呼吸のために頭を出す。その瞬間に五十メートルとか百メートル離れた、しかも揺れるボートの上に立って狙わなくてはならないので、イヌイット猟師といえどもほとんど当たらないのだ。
 カネを払うと俄然やる気がでるのか、カーリーはこの日、ワモンアザラシとタテゴトアザラシを数頭仕留めたが、そうはいっても確率的には二、三十発に一発命中といった感じで、正直、全然、名人芸という感じには見えなかった。
 村に戻ると、ヌカッピアングアが「カーリーの猟はどうだった? あいつは弾を外しまくっていただろ」みたいなことを言って、ゲラゲラ笑った。おまえだってこの前一発も当たらなかったじゃないかと思ったが、まあ、そんなもんなんだろう。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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