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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

狩猟

更新日:2016/05/11

  知り合いの狩猟家に誘われて、三月某日、某山中にシカ狩りに出かけた。彼の秘密アジトで一泊して、翌日、汗がしたたり落ちるほどの眩しい陽ざしのもと、半日ほど林道沿いを探索する。ようやく発見したのはシカではなくてイノシシだった。狩猟家が斜面の上から銃声を一発とどろかせると、百メートルほど先の雪上で肺腑を抉られた野獣がひっくり返っていた。まるまると太っ……ていたのかどうかよくわからないが(野生のイノシシを見たのはじつは初めてなので)、まあ、たぶん普通程度に太っている雄のイノシシで、体重は……何キロぐらいあったのだろう? とにかく、だいの男が四人がかりで雪のうえでロープを引っ張って近くの川まで下ろし、そこで内臓だけ切り出して、肉は車にのせて狩猟家の自宅まではこんだ。
 日本で狩りに参加したのは初めての経験だったが、北極では何度か野生動物を撃ちとめて旅の食料にしたことがある。初めて大きな麝香牛(じゃこううし)を撃ちとめたときは、かなり精神が動揺した。あんな巨大な生き物を、いくら空腹で身がよじれそうになっているからといって、自分に殺す権利があるのだろうか。そんな自問に決着をつけられないまま、引き金をひいた。それから何度か野生動物を撃ちとめる機会があったが、結局、あれは自慰行為と同じで、最初に感じたような悶々とした罪悪感は、次からはきれいさっぱりなくなってしまったのだった。よく言われるような、狩猟採集民族が狩猟行為をつうじて自然にたいしていだく敬意とか感謝の念も、正直いってない。動物を撃つ。解体する。肉を大量に食う。死ぬほど食う。旨い。死ぬほど旨い。そしてとっても身体が温かい。ただそれだけである。このときのイノシシ狩りのときも、私は撃ちとめた喜びで(自分が撃ちとめたわけではないが)サルのような雄叫びをあげて斜面を突っ走っていた。
 解体後は分け前として前脚を一本まるまるいただき、それを小さなザックに強引に収納した。蹄(ひづめ)がどうしても収まらなかったため、まあいいかと思い、そのまま帰ろうとしたが、狩猟家が「それでは東横線の乗客から不気味な目で見られることは避けられない」という趣旨のことを言って、ちっちゃな巾着袋をかぶせて不用意に飛びだした蹄を隠してくれた。
 娘が喜ぶと思って急いで帰宅したが、野生のイノシシの前脚は二歳の子供には食べ物には見えないようで、毛の残った蹄のあたりを指さして、「何これ? 何これ?」と連呼していた。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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