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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

デジカメ遍歴

更新日:2016/02/10

 私がいつも使っているカメラは一眼レフではなく、いわゆる高級コンデジと呼ばれるタイプの小型カメラだ。私は写真家ではないので写真集を作ったり個展を開いたりするわけではない。撮影した写真はせいぜい単行本の口絵やカバー、雑誌のグラビア、ブログの記事、それに講演会のスライド等で使う程度なので、軽量でかさばらず、登山や探検の行動中でもパッとポケットから簡単に取り出すことができて、かつ、ある程度の画質が確保される小型カメラのほうが使い勝手が良いからだ。
 ところが、私には物持ちが非常に悪いという一面がある。カメラもまたその例外ではない。というかカメラこそ、私が真っ先に壊したり紛失してしまったりする道具の代表格なのだ。
 ここ数年のカメラ遍歴をちょっとここに紹介してみよう。
 初めて高級コンデジを購入したのは、それまで勤めていた新聞社を退社したときなので、二〇〇八年のことになる。選んだのは、細かな機種名は忘れてしまったが、リコーのGRシリーズだった。リコーのGRカメラは、まだフィルムカメラ時代だった〇二年にヒマラヤの峡谷地帯を単独で探検したときに使用し、非常に満足度が高かった記憶があったので、初めてコンデジを購入するときも同じシリーズを選んだわけだ。しかし、このカメラはあまり長持ちしなかった。購入した年の夏、ネパールの雪男捜索隊に参加したときにキャラバンで何度か雨に晒(さら)したことが悪かったのか、帰国する頃にはモニターの画像がどうも不鮮明になってしまい、山仲間にほとんどただ同然で売却してしまった。
 その後、しばらくはキヤノンのG10を使用していた。私にとってこのカメラの最大の利点は頑丈でバッテリー容量が大きいことだった。ちょうど、このカメラを使っていた頃から北極圏を旅することが多くなったが、マイナス四〇度の極寒状況でも上着のポケットに入れてさえおけばバッテリーの放電に悩まされることもなく、バッテリー四つほどで六十日間の徒歩旅行中の撮影を間に合わせることができた。G10は途中で一度買い換えて、その後もしばらく使っていたが、一二〜一三年厳冬期に極北カナダを旅したときにテントのなかで思いっきり結露させてしまってからはレンズの調子が悪くなり、今後は同じキヤノンのG12に買い換えた。
 このG12から私のカメラに関する不運がつづいている。G12は一四年のグリーンランド遠征で使用し、画質に関してもバッテリーに関してもまったく不満はなかったが、帰国直後、山手線内でベビーカーから吊るしていた鞄に無造作に放りこんでいたところ、紛失してしまった。鞄のチャックが全開となっていたので、もしかしたら気づかないうちに掏(す)られたか、あるいは駅での降車時に電車とホームとの間の段差でよろけてベビーカーを転倒させそうになったときに落としたのかもしれない。いずれにせよ、警察やJRの落し物係に照会したが発見できず、私のGR12は四カ月ほどの短い寿命を閉じた。
 次に購入したのが一四年夏、ソニーRX100M3という現在も非常に人気の高い機種だ。このカメラは、ずばり極夜の探検用に購入したものだった。私は一五年冬から太陽の昇らない極夜の時期に長い徒歩旅行を計画していた私は、G12の紛失後、つぎの極夜の探検でどのカメラを使おうか散々悩み、何度も池袋のヤマダ電機に足を運んでは決断できずに帰宅するということを繰り返した。G12も悪くなかったので買い直すという選択肢もないではなかったが、すでに私はキヤノンのカメラを使い飽きていた。結局、最後は暗所撮影に強いということと、あとはソニーという近年デジカメ界で話題となっているブランドを使ってみたいというミーハー心から、八万円前後する高額機種にもかかわらずRX100M3購入を決断したのである。
 このカメラの最期は無残なものだった。昨年春にグリーンランドに渡航した私は、極夜探検の準備のために二カ月ほどカヤックで氷海を旅していた。その途中で満潮時の潮汐線(ちょうせきせん)を見誤り、寝ている間にカヤックが沖に流されるという事態に見舞われた。海の音が異様に近くで聞こえて目を覚まし、慌ててドライスーツとライフジャケットを着こんで海に飛び込み、泳いでカヤックを回収することができたが、陸にあがった直後にずぶ濡れになったライフジャケットのなかにRX100M3を入れたままだったことに気づいたのである。
 極夜の撮影のために購入したRX100M3は、結局、本来の目的であった極夜で使われることなくたった一年で壊してしまった。
 つい先日、私はRX100M3に代わる新しいカメラを購入した。同じソニーのカメラを購入してもよかったのだが、ちょっと縁起が悪いし、私は飽きっぽいので別のメーカーのカメラにすることにした。シグマのDP2というマニア向けっぽい機種にすることをほとんど決めていたが、ビックカメラで現物を確認したところ、到底ポケットに収納できないことがわかり断念。ビックカメラの店員の丁寧な案内を参考に、RX100M3よりもイメージセンサーが大きくて暗所撮影に強く、かつ小型で簡単にポケットから出し入れできるリコーGRIIを選択した。つまりリコーのGRという初心に戻ったわけだ。
 今度のカメラはいつまで使うことができるやら……。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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