知と創意のエンタテイメント 集英社 学芸編集部

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Nonfiction

読み物

馬の帝国 星野博美

第11回 「モロッコ行(2)」

【後編】

更新日:2021/03/24

生ハムの不在

遠くにシャウエンの町並みを見ながら、モロッコスタイルの朝食。©星野博美

 シャウエンで投宿したのは、オンサー門から近い、4~5部屋しかないプチ・ホテル。朝はホテルの屋上で、シャウエンの町を見下ろしながら食べるという贅沢な時間を過ごした。
 モロッコの朝食はすばらしい。バターにチーズ、はちみつ、ドライフルーツ、モロッカンサラダ、目玉焼き、山盛りのオリーブ、しぼりたてのジュース、ナッツ入りヨーグルト、そしてミントティー。帰国したら、日本で再現したいメニューだ。
「あ、そうだ、生ハムはないんだよな」と唐突に思い出す。先週までいたスペインではほとんど国民食のような存在だったハモン・セラーノが、ジブラルタル海峡を渡った途端に姿を消した。モロッコの食には何の不満もないのだけれど、舌の上でとろけるような生ハムの食感だけは、ほんの少し懐かしかった。
 生ハム好きな自分を棚に上げるようだが、スペインにいると、「スペインの人はハモン・セラーノが好き過ぎではないのか?」と感じることがあった。
 ハモン・セラーノは、白豚の後脚を塩漬けにし、気温の低い乾いた場所に長時間吊るして熟成させる。バルやカフェに入ると、そのまんまの形をした豚の脚がドンと吊るされるか、あるいはカウンターに鎮座しており、注文するとその場で見事な手さばきで薄く切って提供してくれる。それが生ハムを新鮮に扱う最善策であることはわかっているのだが、ものすごく肉食感があってけっこうグロテスクな光景でもあり、慣れるまではドギマギしたものだ。
 場所や時代によって濃淡はあるにせよ、かつて約八世紀弱にわたってキリスト教徒と共存してきたイスラーム教徒とユダヤ教徒は、周知の通り、豚食を禁忌とする人たちである。その歴史を考えると、加熱しない豚の後脚をその場で削って食べることは、他の二教徒に対し、かなり挑発的な行為に映る。生ハムを食べるという行為そのものが、まるで、キリスト教徒であることの意思表明のように感じられるのだ。
 スペインの悪名高き異端審問所は、キリスト教徒らしからぬ行為をしたという目撃証言や巷の噂話までもネタに、モリスコやコンベルソ(キリスト教に改宗したユダヤ教徒)を摘発したことで知られる。その「キリスト教徒らしからぬ行為」のわかりやすい代表格が、豚を食べないことだった。

『宮廷画家ゴヤは見た』
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提供:ベルテック

 異端審問の非情と異常性を描いた映画『宮廷画家ゴヤは見た』(監督ミロス・フォアマン、2006年)に、こんなシーンがある。裕福な商人の娘、イネス(ナタリー・ポートマン)が友人たちと居酒屋で食事をした時、給仕された豚肉料理の香りを嗅いだだけで露骨に嫌な顔をし、一口も口にしなかった。それを、客に混じって市民を監視する異端審問所の潜入捜査官が見逃さず、イネスの家に異端の疑いで異端審問所への出頭命令が届く。そして激しい拷問の末、イネスは15年もの間、牢に監禁されることになってしまった。
 映画の中では、イネスがキリスト教に改宗したユダヤ教徒であるかどうか、はっきりとは言及されない。実家が極めて裕福で、父親も兄たちも学識の高さがうかがえること、またユダヤ系アメリカ人であるナタリー・ポートマンが演じていることで、見るこちら側は「おそらく裕福なコンベルソなのだろう」と想像するのみだ。
 映画はフィクションだが、豚食が生命に関わる問題だった時代が、スペインでは存在したのである。異端の嫌疑をかけられずに暮らすためには、人目につく場所では積極的に豚を食べるのが肝要。ハモン・セラーノをせっせと食べることは、ひょっとすると、キリスト教徒であることをアピールする行為の名残なのかもしれない。

モーロの末裔

 屋上のテラスを吹き抜ける風があまりに気持ちよく、朝食を済ませたあとも席を立たず、ミントティーを飲み続けていた。
 その朝は、若い東洋人のカップルが一組いた。宿泊客の中で彼らが一番遅く起き、慌てて朝食にやってきた。彼が早く起こしてくれなかったことに、彼女が腹を立てているようだ。彼女のほうが圧倒的に立場が強そうなカップルだ。
 モロッコのミントティーは、濃いお茶にありったけのミントを入れ、砂糖をふんだんに入れて飲むのが流儀だ。そのほろ苦い甘さが、暑さによる疲労がたまった体によく効き、すっかりはまってしまった。これは日本に帰っても再現したい、ミントを植えてみようか、などと思ってレシピを検索してみると、茶葉はなんと、中国の緑茶だという。中国である! しかもモロッコは世界一の緑茶輸入国だというから驚きだ。つまり、傍からはモロッコ食文化の柱のように見えるミントティー文化も、それほど古くからの習慣ではないことになる。少なくとも、アンダルシアからモリスコが渡ってきた時代にはなかった飲料だ。
 お茶がモロッコに伝わったのは18世紀はじめで、当初は主に薬として用いられ、お茶を飲用できるのは役人や金持ちに限られていた。はじめは高価だったお茶も、次第に値を下げていき、都市住民から農村市民へと広がり、20世紀はじめには山岳部の住民にまで広がるようになったという。
 19世紀、モロッコに入る茶葉の輸入を独占していたのはイギリスだった。清から買いつけた中国製緑茶を、英領ジブラルタルを通じてエッサウィーラやカサブランカに搬入したという。ジブラルタルの占領は、こういう時に役立つのだ! 中国、イギリス、茶葉というと、英領植民地・香港を生み出した阿片(アヘン)戦争を思い出してちょっと嫌な気持ちになるが、イギリスがモロッコのミントティー文化の誕生にまで関与していたとは、いやはや、驚いた。

ミントティーでモロッコ、イギリス、香港、中国がつながった。©星野博美

 さきほどのカップル、彼女の機嫌もようやく直ったようだ。シャウエンには中国からの旅行者が多いので、彼らも中国から来たのだろうと思いきや、洩れ聞こえてきたのは意外にも広東語である。阿片戦争を思い出したせいもあって急に香港が懐かしくなり、思わず声をかけると、案の定二人は香港から来たカップルだった。
 二人は医者で、年に一度、こうして大型連休を利用して自由旅行に出るのだという。驚いたことに、二人はふだんは中国の広州に住み、広州の病院に勤務していた。香港の優秀な人材が、経済成長著しい中国の大都市に引き抜かれていく。私が知る香港や中国は遠い昔なのだという現実を、シャウエンで思い知らされた。
 バックパックを背負ってチェックアウトしていく彼らを見送り、再びテラスでミントティーを飲んだ。宿のマネージャー、ムハンマドが食器を片付けに上ってきた。「まだいていいですか? 気持ちがよいので」と声をかけると、「好きなだけどうぞ!」と言ってくれた。私がスペイン語を勉強している最中だと話すと、「じゃあ君の勉強のためにスペイン語で喋ろう」と、しばしティータイムに付き合ってくれた。
 38歳のムハンマドは生粋のシャウエンっ子で、通いのマネージャー。昨晩は夜勤のためホテルに寝泊まりしたが、ふだんは城壁の外の新市街に家族と住んでいる。ここのホテルのオーナーはカサブランカに住む投資家で、滅多にシャウエンには来ない。
 ムハンマドは、色白で黒髪、スペインのアンダルシアを歩いていたら、何の疑いもなくスペイン人と思われそうな風貌をしていた。少なくとも、ベルベル人っぽくはない。
「僕はアラブ人だよ。この町には、ベルベル人はあまりいないね」
「この町はレコンキスタでスペインを追われたモリスコによって作られたのでしょう?」と尋ねると、「そうだよ」と即答し、「僕もスペインから来たモリスコの子孫だよ。多分ね」と付け加えた。
「ルーツについて親に何度も尋ねたことがあるけど、『ずっと昔からここに住んでいる』と言うだけで、その前のことは詳しくわからないんだ。だから、確証はない。でも多分、アンダルシアから来たんだと思う。特に母のファミリーがね。母はよく、スペイン人と間違えられる」
 それからムハンマドは不思議な話をしてくれた。
「この仕事を始めて間もない頃、必要にかられて、英語を勉強した。しかし英語がなんとも肌に合わないというか、苦痛で仕方なくて、まったく上達しなかった」
 そう謙遜しても、彼の英語は旅行業で十分に通用するレベルだったが。
 そんな折、スペインからの旅行者がこのホテルに滞在した。彼らはムハンマドをスペイン人と勘違いし、スペイン語を話し続けた。当時スペイン語はまったくわからなかったが、耳に心地よく、遠い昔に知っていた言葉のように聞こえたのだという。
「それでスペイン語を勉強しようと思ったわけ。そうしたら、たったの1か月でほぼ喋れるようになったんだ。嘘じゃないよ、本当の話。その時、『この言葉を昔から僕は知っていたんだな』と思った」
 この言葉を昔から知っていた──
 確かめようもないけれど、すてきな話だった。

 モロッコに来てから、たくさんの猫に出会った。ロバにも時々出くわした。しかし、馬をまだ見かけていない。
 そろそろ動物が恋しい。
 この地の風土と気候に適した動物に会いたい。
 そんな出会いを求めて、次回は南へ向かうことにしよう。

著者情報

星野博美(ほしの・ひろみ)

ノンフィクション作家、写真家。1966年、東京生まれ。『転がる香港に苔は生えない』(文春文庫)で第32回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『コンニャク屋漂流記』(文春文庫)で第63回読売文学賞「紀行・随筆」賞受賞。主な著者に『島へ免許を取りに行く』(集英社文庫)、『戸越銀座でつかまえて』(朝日文庫)、『今日はヒョウ柄を着る日』(岩波書店)、 『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)、『みんな彗星を見ていた─私的キリシタン探訪記』『謝々! チャイニーズ』『銭湯の女神』『のりたまと煙突』(いずれも文春文庫)などがある。最新刊は『旅ごころはリュートに乗って――歌がみちびく中世巡礼』(平凡社)。

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  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
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令和2年7月豪雨被災お見舞い

このたび令和2年7月豪雨により各地で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。また、被災地等におきまして、避難生活や復興支援など様々な活動に 全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く謝意と敬意を表します。一日も早く 復旧 がなされますよう衷心よりお祈り申し上げます。

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