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Nonfiction

読み物

馬の帝国 星野博美

第4回 「馬とスキャンダル」

【後編】

更新日:2020/07/29

ユラの短い競技人生

 国際馬術連盟(La Fédération Equestre Internationale、略称FEI)のサイトでは、チョン・ユラの競技会成績や騎乗馬の経歴を見ることができる。
 ユラが出場した国際試合は全部で36試合。国際舞台初登場が2014年9月20日で、最後の試合が2016年9月23日。彼女は2017年1月2日未明、デンマーク警察に不法滞在の容疑で身柄拘束され、同年5月31日に韓国へ強制送還されているので、その後は試合に出ていない。国際舞台ではまる2年間という、ほんの短い競技生活だった。
 リストを漠然と眺めながら、声が出そうになった。
 初登場が2014年9月20日……。団体金メダルを獲得した、仁川(インチョン)で開催された、あのアジア競技大会なのである。高校卒業の際にも偽文書を発行してくれた韓国馬術連盟(KEF)との関係を想像すると、韓国代表選出の時点ですでに何らかの圧力が加わっていたのではないか、と疑いたくはなる。
 その後は13か月空き、2015年10月9日にフランス・ビアリッツの大会で復活。この間に18歳で出産したのか……。アジア大会の時点ですでに妊娠していた可能性がある。つまり国際試合に出場した期間は実質1年なのだ。FEIの出場試合歴で彼女の人生の足跡をある程度追えるとは、奇妙な話である。2015年には15試合、2016年は19試合に出場した。

愛馬の遍歴

2014年、仁川アジア競技大会に出場したチョン・ユラと愛馬Royal Red 2。【Avalon/時事通信フォト】

 次に、同じリストをもとにユラの愛馬に注目してみる。
 2016年時点で彼女が登録した騎乗馬は、Vitana V、Salvator 31(旧名Salcido)、Royal Red 2、そしてRausing 1233の4頭。アジア大会の団体戦はRoyal Red 2で出場しているので、おそらくこの馬がユラのもともとの愛馬で、その他の3頭がサムスンから買い与えられた馬だと思われる。ちなみにVitana Vの前の所有者は、2012年ロンドン五輪で、馬術競技団体7位に入賞したスペイン代表のモーガン・バルバンソン選手(2018年より国籍をフランスに変更)。この売買については「Eurodressage.com」という馬術ウェブサイトが「スペインのグランプリ・ライダーであるバルバンソンのVitana Vが韓国に売られた!」という記事にしている(2016年2月15日)くらいなので、そこそこ目を引くニュースだったのだろう。
 ユラは強制送還後の2017年7月12日、サムスン・グループのイ副会長の裁判に、検察側証人として電撃出廷し(母親の専属弁護士が制止したにもかかわらず)、サムスンから与えられた度を越したサポートについて爆弾発言を行った(以下、韓国の中央日報の英語版ウェブサイト「Joong Ang Daily」と総合娯楽英語ニュースサイト「Koogle TV」、いずれも2017年7月13日記事から訳す)。
 2015年から2016年にかけて、サムスンはSalcido、Vitana V、Rausing 1233の3頭の馬をユラに買い与えた。
「2020年東京五輪に向けたトレーニングのための支援だと思いました。母からは『あなたの馬とみなして乗ってよい』と言われました」
 ユラは2015年、母親から命じられてSalcidoの名をSalvator 31に変更した。FEIのウェブサイトでは、馬の所有歴を誰もが閲覧できるので、サムスンの存在が浮上することを避けるためだと思われる。
「『なぜ馬の名前を変えなければならないのか』と母に尋ねました。『サムスンがあなただけをサポートしていることがわかると事態が複雑になる。サムスンが言うことには従わなければいけない。疑問は持つな』と言われました」
 続いてユラは、いきなり馬を交換させられた。Vitana VとSalcidoを手放し、VladimirとStashaの2頭と交換。一連の贈収賄疑惑が韓国で発覚する直前の出来事だった。
「なぜそんなことをするのかとカンペラーデ・コーチに電話で尋ねました。コーチによれば、私の母とサムスン電子のパク・サンジン社長、ファン・ソンス前取締役がコペンハーゲンで会ったそうです。馬を交換する前日のことでした」
 さらにユラは続けた。
「母は『サムスンから馬を替えろと命じられた』と言っていました。サムスンがその件について知らないなんて、ナンセンスです」

ユラの哀しみ

 高級馬をめぐる一連の流れを追っていると、サムスン・グループがずいぶんと馬の世界に詳しいことに驚く。
 慶應義塾大学大学院に留学経験を持ち、スマートないでたちに温厚な性格で、ほとんど私生活を明かさないことで知られるサムスンのイ副会長であるが、もともと馬術競技との関わりが深い。趣味はゴルフと乗馬で、1980年代後半から1990年代前半にかけては馬術競技者として、様々な国際試合に出場していたという(「Japan Times」ウェブ記事、2017年1月3日)。韓国の財閥の人間たちが、乗馬を通して人脈を強固にしている様子が透けて見える。韓流ドラマでたびたび乗馬シーンが登場するのも、あながち虚構ではないと見える。
 私はいまこの原稿を、出産明けのチョン・ユラが2015年11月6日、ポーランドのザクシュフで出場した試合の演技をYouTubeで見ながら書いている。騎乗馬は、アジア大会で彼女に金メダルをもたらしたRoyal Red 2。たてがみを編みこんで美しく整えた、チェスの駒のような、見事な栗毛のセン馬(去勢された牡馬)である。この時のスコアは68.333で3位。2日後にユラは同じ馬で68.708と、スコアを上げた。
 彼女が最も高い得点を上げたのが、国際舞台デビューを果たしたアジア大会団体戦で、69.658。翌日が69.579。彼女の試合成績をスコアの高い順に並べなおすと、上位4位までが彼女の愛馬、Royal Red 2との演技なのだ。
 ところが2016年に入るとRoyal Red 2はほとんど乗られなくなり、サムスンから与えられた3頭の馬での試合が続く。皮肉なことに、最も低いスコアを出したのが、2012年ロンドン五輪の団体戦で入賞経験のあるVitana Vで、この馬では結局3回しか試合に出なかった。信頼関係を築くまでには、時間が足りなかったのかもしれない。
 馬術は、人馬一体となった演技の正確性と芸術性を競い合う競技である。馬と人間とのコミュニケーションと信頼関係が最も重要だ。ユラの国際試合での実績を見る限り、サムスンからのサポートが度を越したものになるにつれ、皮肉なことに成績は下がっていった。
 不正にお膳立てされた環境で競技生活を送ったユラを弁護する気持ちはさらさらない。しかしそれでも、強制的に馬の名前を変えさせられたり、突然馬を交換させられたりしたことに憤りを感じ、必死で抵抗した様子はうかがえる。勇気を出してイ副会長の裁判に出頭したのも、その思いだけは伝えなければという、アスリートとしての良心ではなかっただろうか、と私は思いたい。
 そして若い馬術競技者にそんな思いを強いた、乗馬をたしなむイ副会長が、馬が本当に好きな人間とは到底思えない。
 ザクシェフでのびのびと愛馬Royal Red 2にまたがる彼女の姿が、私には悲しく映って仕方がない。
 電撃出廷から約4か月後の2017年11月25日、ソウル・江南区にあるユラの自宅マンションに暴漢が押し入った。ユラと2歳の息子、ベビーシッターは無事だったものの、ボディーガードの男性が腰と背中をナイフで刺された。この男性は、ユラがデンマークで逃避生活を送った時にも同行した、馬匹(ばひつ)管理士。44歳の犯人は、2400万ウォン(約216万円)のカード負債があり、「チョン・ユラの家には金があるに違いない」と、犯行に及んだという。
 韓流ドラマ好きの人間には、よくドラマの中で発生する口封じの犯行のように映るが、真相はわからない。

 こうした馬をめぐる政治スキャンダルを追っていると、やはり馬術には近づかないほうがよさそうだ、という気持ちでいっぱいになる。少なくとも韓国において、馬術競技のイメージは地に堕ちた。馬術競技を見てはらわたの煮えくりかえる人も、いまだに多いだろう。
 しかしチョン・ユラ個人に対して、私はあまり糾弾する気になれないのである。
 お膳立てされ、何をやらかしても母親が尻ぬぐいをしてくれて、道が開ける。もちろんそれは究極の堕落なのだが、裏では「母親のおかげだ」と陰口を叩かれ、強欲な大人たちに囲まれ、精神のバランスを保つのは容易でなかったはずだ。

 彼女は実は、肩から両方の二の腕にかけていくつかタトゥーを入れている。それは紳士淑女的スポーツの代表格とみなされる馬術競技において、タブーともいえる行為だ。競技会用の正装をしている時には隠れて見えないそのタトゥーが、金と権力でがんじがらめにされた人生に対する、彼女なりの必死の抵抗のように、私には見えてならないのである。

 彼女は、心から楽しんで馬に乗ったことがあるのだろうか。

著者情報

星野博美(ほしの・ひろみ)

ノンフィクション作家、写真家。1966年、東京生まれ。『転がる香港に苔は生えない』(文春文庫)で第32回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『コンニャク屋漂流記』(文春文庫)で第63回読売文学賞「紀行・随筆」賞受賞。主な著者に『島へ免許を取りに行く』(集英社文庫)、『戸越銀座でつかまえて』(朝日文庫)、『今日はヒョウ柄を着る日』(岩波書店)、 『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)、『みんな彗星を見ていた─私的キリシタン探訪記』『謝々! チャイニーズ』『銭湯の女神』『のりたまと煙突』(いずれも文春文庫)などがある。

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