知と創意のエンタテイメント 集英社 学芸編集部

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Nonfiction

読み物

失踪願望。

第1回 カニカマ、骨折、コルセット

更新日:2021/07/07

4月12日(月)

 わが家は坂の途中にあり、中古の家を買った。縦に長く地下一階から四階まであり、その上に屋根裏部屋と屋上がある。台湾人が住んでいて様子検分のときにきたら総大理石づくりでトイレ、洗面所なども大理石でドアがない。中国のホテルのトイレもドアがないことが多かったからそんなに驚きはしなかった。ただ全館大理石というのはあぶなっかしいのであれやこれや改装し結果的に石の床は全部はがし、すべて木の床にした。

 階段も木だ。この春、ふとんをはこんでいたらすべって一階ぶん落ちてしまった。落ちる途中に空中でかかえている布団と自分とをいれかえて布団の上に落下すれば安心だなと一瞬思ったが思っただけで瞬殺で落下。布団をバックドロップした形になった。ギブアップしたのはぼくのほうで単なるシリモチよりもそうとうに痛い。一週間経っても痛みはひかない。事務所のワタリさんに頼んで胴にまくコルセットを買ってきてもらった。

4月20日(火)

 コルセットで行動のところどころの痛みはなんとか軽減されたが、体験的にこれは骨をどうかしたな、という感覚があった。これまでの人生で骨折は三回。高校時代ぼくは柔道部にいた。いつも同じ顔ぶれとの稽古では強くなれない。学校の近くに警察学校ができて当然柔道部がある。週に一、二回そこまでいってもんでもらった。全国からやってきた警察学校の生徒にとっては恰好のぶっとばし相手がやってきたのだ。イヤハヤぼこぼこにぶっとばされた。

「巻き込み技」というのがある。全身を使って大きな投げ技をかけたとき自分が投げ飛ばした相手にのしかかっていってダメージを大きなものにする。高校では禁止されていたが、そこではおかまいなしだった。学校の柔道部ではぼくがいちばん背が高かったのでよく目立つらしく山賊みたいな警官修業のあんちゃんに必ず強烈なその技をしかけられた。
 あるとき柔道というより相撲の「櫓投げ」に近い猛烈技をくってぼくの肩の骨がぐしゃりとなった。全治三カ月。
 その次は高校卒業後のクルマの事故。四十日間絶対安静だった。
 四十すぎてブラジルのパンタナールで牛追いのカウボーイをやっているときに走っている鞍ごと回転してアバラを折った。

4月26日(月)

 テレビでは三度目の緊急事態宣言が出されたと騒がしい。
 昨夜は夜更けに強引に起こされてしまった。なんだなんだ、と思ったらテレビの映画が騒いでいる。ゾンビものだった。あのゾンビってちっとも怖くないですね。欧米はキリスト教信仰が多いから死してもキリストとともにいつか蘇る、という根強い信仰がある。だから土葬がまだいたるところで行われている。日本みたいに火葬してしまうとよみがえりに不便だからゾンビは土のなかで半分ぐらい腐敗したところを呼び起こされるからあんなふうにみんなしてわらわら怒っているのだ。いくら怒ってもわしらぜんぜん怖くないもんね。

5月7日(金)

 腰の痛みは続き、とうとうかかりつけの医者にいって相談したら「それだけ経って痛みがひかないのはおかしい」ということになり「全身の骨のレントゲンを撮りましょう」ということになった。全身を撮るにはMRIしかない。脳は二回やったことがあるのだが、なんだか十センチぐらいの暴力的な小人がいろんな武器を使って頭のまわりをガンガンやるやつだ。まあそれはいいのだが、ぼくには閉所恐怖症というものがある。全身を撮るとなるとツタンカーメンが入っていたようなもののなかに入っていかねばならない。手足は押さえられ脱出はできない。ああ。

 かかりつけの医者が前に買ったのよりも薄くて柔軟でよく腰や背中をしめつけてくれるサポーターを見つけてきてくれた。本当にいい医者だ。

5月8日(土)

 いろいろあろうとも原稿の締め切りがやってくる。そういう職業なんだからしょうがない。椅子まわりに小さなザブトンをめぐらせてすわり腰まわりをガッチリ固定して書くようにしている。三十分ぐらいはまあもつが、そのあと三十分はベッドに横たわらないと駄目だ。このまま横たわって原稿締め切りのない国にいきたい。そこにはいろとりどりの花が咲きみだれ白鳥がとびかいマストドンがはしりまわり(ん、ジュラシック・パークか)。

 ひところぼくは昭和のギンザのクラブには出版社にけっこう連れていってもらったがキャバクラというところには一度も行ったことがない。テレビなどでみるとクラブよりも派手なキラキラドレスのおねえちゃんがザリガニみたいにわんさといる。あんなところに迷いこんだらじじいの背骨は折れ曲がり生きて帰れそうにないな、と実感した。

5月9日(日)

 大相撲夏場所がはじまった。この中継があるから鬱屈した気持もなんとか誤魔化せる。中継は午後一時からやっている。三段目ぐらいの番付だ。中学校を卒業したばかりのあんちゃんや、もう中年になってしまって髷も満足に結えない力士などがたたかい人生そのものが交差する。ずっと見ていると夕方六時までやっている。原稿が辛いのでぼくも六時まで見ていてそのあと怪我をした力士のようにタンカに乗せられて知らないところに失踪したい。

 テレビのある部屋のソファでまた寝てしまった。夜更けに喉のかわきで目が覚める。テレビではモノクロの映画をやっていた。引きつけられるように最後まで見てしまった。途中でなんの映画かわかった。はじめて見るのにわかってしまったのだ。『雨月物語』だ。
 戦乱の荒れ地。オンボロ屋敷に養母と美しい女がいる。たおやかにあやしく動いている。恐ろしい。ゾンビの集団はたった一人の戦国美女にまけるのだった。

5月12日(水)

 相撲中継が終わると妻がいるときは夕食の用意ができていてなんだか申し訳ない。食事の前にかならず飲む。いまはバーボンウィスキーのJIM・BEAM、ただしライ麦で作られたもの。これを二、三日に一本飲む。食事しながら一時間から二時間いろんな話をする。古女房との会話時間としては長すぎるんじゃないか、と古友達がいう。

 新刊『幕張少年マサイ族』(東京新聞)ができあがってきた。まるで付録のようにしてそのあと出る文庫本の校正刷りができあがってくる。

5月19日(水)

 全身のレントゲン写真ができあがってきたので医者のところにいく。等身大のわがガイコツを見られるのかと思ったら怪しいと思われる患部だけだった。「圧迫骨折ですね」と医師は言う。当初からそう言っていたのだ。四回目だ。
 背骨を構成する骨のひとつひとつはコンビーフの缶に似ているらしい。そのひとつのはしっこが潰れているというのである。それだけで全治二カ月か三カ月という。この先生とぼくは同じ歳なので微妙にいたわりのココロを感じて尊敬している。

 同時に調べた血液検査の結果もあがっていた。肝臓、糖尿病、問題なしと。あれだけ毎日(一日も欠かさず)あびるように飲んでいるというのになんというありがたきしあわせ。以前からあんたは肝臓は強い、と言われていたんだぜえ。今夜はのむぞう。


見よ、これがマゼラン海峡のデカガニだ(チリ/2002年)

5月20日(木)

 この春、ある日急にカニカマが食べたくなった。これまで真剣に食べたことがなかったのだ。買い物に出ている妻に電話して「時代はついにカニカマだ」と叫び、ついでにいろいろ買ってきてもらう。初めて眼前で見たがカニ以上にカニっぽい。食味、食感ここまでカニに似ているとは。午後、集英社の才媛Tと電話で打合せ。カニカマの感動を話す。

5月25日(火)

 編集Tからくわしいカニカマレポートが届いた。
 いろんなメーカーが作っていて第一号は一九七二年(昭和四七)に石川県七尾市のスギヨの「かにあし」であったという。一九七四年(昭和四九)、太陽漁業(現マルハニチロ)から「カニ棒」がでてきて創成期のデッドヒートが始まる。カニカマはスケトウダラやイトヨリダイなどのすり身に食味にカニのエキスなどを加えてつくられているらしい。東京の紀文食品からは「マリーン」、新潟の一正蒲鉾からは「オホーツク」、ニッスイは「海からサラダフレーク」、神戸のカネテツから「ほぼカニ」、ともうおおさわぎ。

 しかしこのカニカマ合戦。欧米のほうがひっぱりだこで世界では年間五十万トンも動いているそうだ。こうなるとカニの永遠のライバル、エビはどうなんだ。T女がすぐに調べてくれた。調査の結果、あった。あるいは「あった」模様だ。ニッスイの「プリッコえび風味かまぼこ」、東洋水産「えびマヨネーズ風味かまぼこ」、小田原鈴廣「シーフランク エビ」など。エビといったらイセエビで、あれは曲がった胴体を食うものだが、その再現は難しく、近頃はアジアのほうから本物のエビが安くはいってくるのでエビさんは腰を伸ばして「どうなってんだ」と怒っていたらしいが勝負あったというところらしい。

 エビといったら八丈島の、漁師のカズさんに連絡すると断崖絶壁の下、水深五メートルぐらいのところに開いている奥行六メートルぐらいの水中トンネルにもぐってすぐ六、七尾の生きた威勢のいいやつを送ってくれる。まだダイビングをはじめたばかりの三十代にぼくはこのエビ穴に食い意地だけで潜って死にそうになった。まだスクーバのライセンスもとっていなくて漁師の突撃潜水についていったら完全なパニックになり九五パーセントの確率で死んでいたところだった。子供の頃から無鉄砲なことばかりしている。

 悔しいので翌年オーストラリアの日本列島と同じくらい大きな珊瑚礁グレートバリアリーフにダイビング船で毎日もぐるクルージングを一カ月やってかえってきた。それから世界のいろんなところを潜ったがマゼラン海峡では足幅左右一メートルはあるデカガニを手掴みでいくらでもとれる。セントーヤといってチリの人はみんな好きだ。これはタラバガニ科ということになっているが、本当はタラバガニではなくヤドカリが変態成長したものらしい。あの遺伝子を日本の進んだ水産科学が利用してタラバガニに近いニセタラバを作ったら儲かりまっせ。

5月28日(金)

 このところ出版予定のゲラがいっぱい送られてくる。力をこめて三年がかりで挑んでいた「漂流者は何を食べたか」が漸くコロナあけに出ることになった。コロナあけっていつだ。

著者情報

撮影/内海裕之

椎名 誠(しいな まこと)

1944年東京生まれ、千葉育ち。東京写真大学中退。流通業界誌編集長時代のビジネス書を皮切りに、本格デビュー作となったエッセイ『さらば国分寺書店のオババ』(’79)、『岳物語』(’85)『犬の系譜』(’88/吉川英治文学新人賞)といった私小説、『アド・バード』(’90/日本SF大賞)を核としたSF作品、『わしらは怪しい探険隊』(’80)を起点とする釣りキャンプ焚き火エッセイまでジャンル無用の執筆生活を続けている。著書多数。小社近著に『遺言未満、』。

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