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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

しない。 群ようこ

第10回 後回し

更新日:2018/04/11

 私がいちばん魅力を感じ、いちばん怖れている言葉は「後回し」である。後回しほど心のゆとりをもたらし、その一方でのちのちえらいことになる恐ろしい言葉であるのは間違いないのだ。
 今までどれだけ、物事を後回しにして、えらい目に遭ったことだろう。そもそも私はきちんと物事を処理するのが苦手な性格で、几帳面かだらしがないかと聞かれたら、明らかにだらしがないタイプだ。OLのときから仕事はきちんとやらないと、会社にも同僚にも迷惑がかかるので、それなりに優先順位を考えて処理していたが、プライベートはぐずぐずだった。といっても所有品の整理についていえば、まだ所有している物が少なかったので、整理整頓ができなくても、それほどのダメージはなかった。多いのは本くらいのもので、それも大型本棚に縦横に詰め込んで、床に本が置いてなければ、それなりに部屋は整ってみえた。
 しかし今はちょっと気を許すと、紙関係のもの、たとえば郵便物、書類、手紙、雑誌、買い物をしたときのレシートなどが、すぐに溜まってしまう。郵便物は平日ほぼ毎日届くし、書類は毎日ではないが、出版契約書、一部は日本文藝家協会に委託しているが、それ以外の著作権使用のための許可願い、発行明細書、振込明細書などが届く。手紙は一週間に三、四通、雑誌は週刊誌、掲載誌、各版元がご厚意で送ってくださる雑誌類で、月に二十五冊以上になる。雑誌類だけでこれを一年間放置したら三百冊を超え、そのうえ自分の楽しみで買う本や雑誌もあるから、それを放置していたら、すぐに部屋が満杯になるのは目に見えているのだ。
 そこで毎日、紙類は後回しにせずに、その日のうちに処理をする。雑誌類も読みたい記事だけを切り取っておき、本体は一週間分まとめて資源ごみの日に出す。契約書、許諾書などもそのつどサイン、印鑑を押して返送する。振込明細書、レシートも税理士さんに渡さなくてはならないので、毎日、レシートをファイルに貼り、振込明細書はクリップでまとめておく。それでも現在、うちの食卓兼仕事机の上は雑然としている。辞書、仕事の途中にちょっと手に取る本、連載、書き下ろしのテーマなどを書きとめたノートなどを置いているが、それが置きっぱなしというのが大きな問題である。書類の整理で疲れ、机の上の物品を、仕事が終わったあとに元の場所に戻すというのができず、後回しになっている。正直にいえば後回しどころか、手つかずなのだ。
 もうちょっと使いやすいようにしなくてはと思うのだが、最近は仕事に追われていて、その暇もない。暇があってもやらなかったのだから、もう自分でも呆れるばかりである。ただ忙しいと理由づけができるので、罪悪感が薄れるのだ。
「えーと、あれ、どこにあったっけ」
 と探すのが時間の無駄なので、必要な文房具、辞書、本は目の前に置いておく。すると探す手間が省けるので、時間は明らかに短縮できる。しかし散らかっているのは事実なので、それを見るたびに、
「あーあ、何とかしなくちゃ」
 と反省する。しかし手を伸ばせばいつでも何でも手に取れる状態は捨てがたい。
 来客があるとあわてて食卓の上のものを一切合切、段ボール箱に詰めてベッドルームに置いておく。すっきりとした食卓の上を見ては、やっぱりこういうほうがいいなとは思うのだけれど、少しずつ段ボールの中から必要なものを取り出して、机の上に置いているうちに、段ボール箱は空になり、机の上は元のように物でいっぱいになるのだった。
 それでも年々、歳(とし)は取るのだから、こちらも少しずつ減らしていかなくてはならない。二十年近く前に、文房具の整理用にオーダーで作ってもらった引き出しが、便箋、封筒、ハガキ、カードといったものでいっぱいになっている。他の文房具も収まるように、引き出しも整理する必要がある。やらないともうだめだ。これをすれば机の上の文房具はすべて収まるはずなので、後回しにせずに実行しなくてはいけない。

 後回しはそのときは時間を作ってくれるけれども、時間は永遠にあるわけではない。十時間しかない枠のなかで、二十のしなくてはならない事柄があったとする。均等に一時間のなかで二の作業をすればきちんと終わるけれども、後回しにした結果、二時間で三しかできなかったら、あとの八時間で十七やらなくてはならない。そのときはできると思うのだけれど、絶対に八時間ではできない。それからこぼれたものが、また新たな二十のしなくてはならない事柄と結びつき、時間が経つにつれてますます忙しくなっていく。だからある時点からは、一時間に五つも六つも事柄をこなさなくてはならなくなり、体力の限界を超えるので、へとへとになってしまう。そこまでまたやる気が失せて、しなくてはならない事柄が増えていくという、悲しいエンドレスが続くのだ。
 書類、雑誌の処理だけは毎日していても、実際には、上には何ものっていない美しい整った食卓にはほど遠い状態になっているのが情けない。かつては通販の段ボールもためこんでものすごい状態になっていたが、こちらもそのつどつぶして週末の資源ゴミに出すという習慣がついたので、問題がなくなった。どれだけ自分に習慣づけられるかがポイントなのだろう。
 そのときの特集によっては購入している雑誌があるのだが、そこに登場する主婦の方々は、ハウスキーピングに長(た)けていて、読むたびにびっくりしていた。家族がいるので室内の物の数は少ないというわけではないが、それなりにきちんと片づけられている。どうしてこんなに家の隅々まで、整理整頓、掃除が行き届いているのだろうかと読んでみたら、毎日の作業を学校の時間表みたいに、すべてスケジューリングしているのだった。掃除、買い物、片づけなど。買い物も家族がどれだけ物を食べるかを把握し、買い物をした直後に、下ごしらえを済ませておく。冷蔵庫にあるものを扉を開けずにわかるようにしておき、中身をいつも把握している。掃除も使い勝手がいい掃除道具を自分で作ったり、効率よく掃除をする順番を決めて、それに従って日々、スケジュールをこなしていく。
 それを最初に読んだとき、私は自分ではとうていできないし、そういったことができるのは特別な家事好きの人だろうと思っていた。ところがあらためてこういったスーパー主婦の家事ぶりをみると、これがいちばん効率がいいのではないかと考えるようになった。彼女たちには「後回し」が一切ない。体調が悪いときもあると思うし、様々な事情ですべてがこなせないときもあるかもしれないが、その後回しをした分は全体のほんの少しなので、いくらでも修正可能なのである。やるべきことのほとんどを後回しにする、私のような人間とは大違いなのである。
 そのなかでいちばん私ができないなと思ったのは、夕食後、家族全員の食器、調理道具を洗った後、シンクの水分をすべて拭き取り、キッチンの床も拭くというところだった。私はひとり暮らしなので、洗う食器も調理道具も、家族がいる人に比べれば何分の一かの量だ。しかし夕食後、食器や調理道具は洗うものの、とてもじゃないけどシンクの水分まで拭き取る根性はない。キッチンの床にはマットを敷いていないので、水などが飛んだ場合は、そのつど使い捨て布で拭いている(調理中なので手ではなく足を使用)。毎日、一日の最後に床を拭くなんて、とてもじゃないけどできない。調理器具や食器をすべて洗い終わった時点で、
「もういやだ。のんびりしたい」
 という気持ちが爆発しそうになり、リビングルームのソファに逃げるのである。そこでもう一押し、シンクと床を拭けば、うちのキッチンはぴっかぴかになるだろう。しかしそれができない。誰かその一押しができるような方法があれば、教えて欲しい。

 私が紙類の処理以外で、唯一、習慣化できたのは、大家さんがマンションの風呂場をリフォームしてくれてから、風呂から上がる前に風呂場の水滴を拭き取ることだけだ。これはずっと続いている。私の場合、しなくてはならないことの、ごくごく一部しか習慣化していないが、これが面倒くさいとか、いやだと考える暇もなく、当然のことと体が動くようになるには、どうしたらいいのか想像もできない。
 衣類の処分も後回しになる場合が多い。ある程度まではぽいぽい捨てられるのだが、そこから減らすのが辛(つら)い。よくダイエットで、あと一キロを減らすのが大変といわれるが、それと同じような感覚だ。勢いでどっと減らしてひと息つくと、やったという満足感のほうがまさって、まだ減らさなくてはいけないという使命がどこかにいってしまう。
 これだけ減らしたのだから、もういいじゃないかと甘やかして、後回しにしたら最後、減らしたくなくなる。私の経験上、後回しにしたら、一度減らしたのだから、これでいいじゃないかと思うけれど、初めてこの量の服を見た気持ちになって、処分することが必要なのだ。あれこれ物を処分した結果、私は衣類の処分がいちばん得意かもしれないと思うようになった。ほとんど家にいるし通勤もなく、年齢的なものもあるかもしれない。
 後回しをやめれば、あとで自分が楽になるとは重々わかっていながら、いつまでたってもできない。いままで何も考えずにやっていた事柄を、意識して変えていく、また習慣化していた事柄にまた新たに加えるのは、結構、大変だ。シンクを拭くのも、意を決して二日続けてみたが、三日目には面倒くさくなってやめてしまい、一週間に一度、まとめてがーっと磨いている。しかしこれでさえ、
「ああ、面倒くさい」
 とぶつくさいいながらやっているので、推して知るべしである。
 やりたくないときに無理にやろうとするとストレスがたまるので、やりたくなったときにしようと後回し。たまにぽっとやりたくなるときがあるので、そのときにまとめてやると、思いの外作業が大変でぐったりする。こまめにやれば何の問題もないのに、それができない人間はどうしたらいいのだろうか。全部、後回しじゃないのだからいいじゃないかとも思うのだが、せめてあとで、「ああ、面倒くさい」と自分に文句をいわなくてもいい程度の後回しにしなくてはと思っているのだ。

次回は4月25日の更新予定です。

著者情報

群ようこ(むれ・ようこ)

1954年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業。
広告会社などを経て、「本の雑誌社」勤務の傍ら、1984年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。
同年に同社を退職し専業作家となる。
小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『ネコと昼寝 れんげ荘物語』『優しい言葉 パンとスープとネコ日和』『ついに、来た?』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『衣にちにち』『かるい生活』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

群ようこの単行本情報

『ほどほど快適生活百科』

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2018年2月26日発売

定価 1,400円+税

衣食住、健康、仕事、趣味、お金、人間関係、エイジング。
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