集英社 知と創意のエンタテイメント 学芸・ノンフィクション

文字サイズを変更

  • Facebook
  • Twitter
  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 渡辺淳一恋愛小説セレクション【全9巻】
  • 集英社国語辞典[第3版]
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金のお知らせ
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金募金状況とご報告

Nonfiction

読み物

しない。 群ようこ

第9回 クレジットカード

更新日:2018/03/28

 またまたクレジット会社の不正使用検知システムにひっかかり、二枚持っているうちの、一枚のカードが使えなくなった。前に利用停止になったときは、明らかに誰かに使われそうになったのを、カード会社のおかげで、悪用されないで済んだ。しかし私のカード番号が誰かに知られたのは間違いなく、カード会社からは、新しい番号のクレジットカードが発行されて、それをしばらく使っていたのだが、またひっかかったのだ。
「あー、面倒くさい。もう、やだ」
 新たに番号を変えたものを渡されたとしても、きっといたちごっこで、これから何回、こういうことをしなくちゃならないのだろう。クレジットカードなど、持つのをやめてしまおうと本気で思った。
 その場で自分でカードを使うのではなく、通販でカードを使ったので、私は不正利用されるはめになった。海外ではスキミングされる危険性があるけれど、まあ日本で私が購入するような店は、そういった危険性もないので、カード支払いをしても問題はない。通販をしている一部の会社にセキュリティの甘さがあり、危険があるのはわかった。しかしそれは利用者側からは判断ができない。
 カードを使わないことで困るのは何かというと、キャットフード、トイレの砂、自分では運搬できない物を通販で購入するときのみである。うちのネコの好みのものは、近所では売っていないので、通販でまとめ買いをする必要がある。そのときにクレジットカードではなく、銀行振込にすればいいのだが、そのたびに銀行に出向くのと、振込手数料もばかにならないので、ちょっと困っている。ネコを看取った後は、カードなんかなくてもいいと思っているのだが、本当になしで生活できるのかを考えてみた。
 たとえば私よりもずっと高齢の方のなかには、クレジットカードを持っていない人も多いだろう。そういう人たちは現金払いの生活で、まったく問題がないわけである。ということは私もできないはずはないのだが、不正使用への心配と同時に、便利さも知ってしまっているのでその狭間(はざま)で悩むのだ。

 先日、経済をわかりやすく説明してくれるテレビ番組を見ていたら、最近は現金不可の店が出てきたらしい。クレジットカード、電子マネーのみが利用可で、それによって閉店後のレジと現金の照合の時間が、以前は四十分かかっていたのが、現金不可のおかげで三分ほどで済み、格段に短くなったという。オーダーもタッチパネルなので、人件費も削減でき、これからこのような店舗が増えていくことだろう。
 私も学生時代に書店のレジ係のアルバイトをずっとしていたので、閉店後の精算の大変さはよくわかる。早番と遅番が交替する際に、一度、レジを締めるのだが、遅番のたった三時間の勤務でも、金額が合わない場合は、三十分近くかかった。それが十分の一以下の時間で済むのであればとても助かる。
 同番組で街を歩いている人々に、電子マネーについて聞いたところ、私と同じく現金じゃないと安心できないという人が多かったが、ほとんどの人がスマホを持っているし、簡単で安全に使えるようなシステムになっていけば、これからは電子マネーが主流になるだろう。私と同世代の六十代が、どれだけスマホを持っているかをインターネットで調べてみたら、五五パーセントだった。携帯は何も持っていない私のような人が、八パーセントほど。残りがガラケーの所有者である。六十代がこれだけスマホを持っているのだから、この先、世の中にクレジットカードや電子マネーのみ使用可、現金不可の店が増えていったら、高齢者も電子マネーを使わざるをえない。
 番組では二〇二〇年の東京オリンピックを機に、外国人の訪日が激増することもあり、セルフレジや一〇〇パーセントキャッシュレスを政府でも目指しているといっていた。たしかに現地通貨への両替も不要で、すべてがカードで支払い可能になれば、便利なことこの上ない。カード等を使うと、現金のときよりも二〇パーセントくらい多く消費してしまうという話は、ずいぶん前に聞いたことがある。国としては金利を下げて預金をさせないようにして、カードや電子マネーでなるべくたくさん、国民の消費を促して景気をよくしようという魂胆に違いない。一方、銀行に預金がないと、企業などへの融資がスムーズにいかないので、その頃合いが難しいらしいが。
 私はそのような意識はまったくなかったが、ただ電車に乗るためだけに使っていた、切符がわりのPASMOも、実は一部の店では支払い可能な電子マネーだった。昔は券売機で切符を買い、駅員さんに切符を切ってもらって駅の中に入り、駅で降りるときに切符をまた駅員さんに渡すという手順だったのに、今は改札を通るときには、何も考えずにカードをかざし、ピピッと音をさせて駅の中に入る。それを何も疑わずにやっている。残高をチェックして足りなくなったらチャージする。それは何度も私はやっていた。それを考えると、現金ではない支払いに対しても、短期ではあるが借金になるクレジットカードよりも、不安や怖れを持たなくてもいいかもしれない。
 その番組で私が心を動かされたのは、カード、電子マネーを使うと、小銭をたくさん持たなくていい点だった。
「うーん」
 私はうなった。小銭はおばちゃんにとって、大きな問題だからである。若い頃のように、ささっと硬貨を指でつまんで出せればいいのだが、どういうわけか自分の意思とは裏腹に、指が思い通りに機敏に動いてくれず、レジの前であたふたする。あまりにあせって百円と五十円を間違えて出したり、ひどいときには百円と一円を間違えて出し、
「す、すみません」
 とあわてて財布の中を探る。一円足りなくても物は買えないので、小銭も大切なのだが、本当に小銭の処理には困る。なるべく小銭をためないようにはしているが、スーパーマーケットのレジが混んでいるときに、あれこれ財布の中の小銭を探していると、後ろに並んでいる人に迷惑になりそうなときは、絶対、その分の小銭はあるのはわかっているのにお札を出しておつりをもらう。
 そうなると当然また小銭が増える。そのために私はふだん使っている長財布とは別に、小銭用の財布を持っているくらいだ。余分な小銭はこれに入れておいて、少額の買い物のときに、こちらの財布を持っていって、小銭を使い切ったり、長財布の小銭が少なくなったら補充している。しかしカード、電子マネーになったら、財布もいらなくなるし、小さなカードケースだけがあればいい。
「これって、物を減らすことでもあるなあ」
 再び私はうーむとうなった。いつもにこにこ現金払いは、所有するものが増えることでもあったのだ。
 また現金不可になると、個人の金の動きがすべて記録に残るので、地下で取引されている謎のお金をあぶり出すことができるという。脱税などもできなくなる。それはいいことなのだが、世の中すべてクリーンにしてしまうと、それもまた弊害が起きるような気がする。個人が購入したものをすべて第三者が把握できるのは、恐ろしいことである。よいこと悪いこと内緒のことなどがあって、世の中は動いていく。すべてが明白になって得をするのは個人ではなくて国なのだ。

 どうして私は現金払いを優先するのかを考えてみた。私が若い頃は、たとえばアルバイト代は、支給日に封筒に明細書と共に、現金が入っていた。働いている人の給料も、給料袋に入れられて支払われていた。そのような手渡しシステムの会社がほとんどだったと思う。それによって給料日に、明らかにふだんよりは多い現金を持っている会社員が襲われたりする事件も多くて、防犯上は望ましくなかった。
 私が学校を卒業して入社した広告代理店は、四十年以上前で給料は銀行振込だった。他の会社に就職した友だちのなかには、まだ給料が手渡しの人もいた。アルバイト代を現金でもらっていた経験しかなかった私たちは、金額が書かれた明細だけをもらっても、あまり働いた気がしなかったが、先輩には、
「現金でもらうと、すぐ使っちゃうから振込のほうがいいんだよ」
 といわれて、そんなものかなあと思っていた。社員のボーナスが奪われた三億円事件があってから、企業は給料等の現金の手渡しを見直し、徐々に銀行振込に切り替えるところが増えたという噂もあった。それによって、夫が事前に自分の小遣いを抜き取った、開封した給料袋を妻に渡すことができなくなり、多くの妻に喜ばれたとも聞いた。
 昔はお父さんから、給料が入った封筒を手渡されたお母さんと、子供たちが、
「お父さん、ひと月、お疲れ様でした」
 と御礼をいう姿も見られた。現金は人間ががんばって働いた証しであり、家族は感謝し、一家の大黒柱もこれだけやったという充実感を味わえた。金額の多寡は人それぞれだが、自分がやったことを目視できたわけである。
 私はそういった経験から、現金を大事にしたいと感じるのだと思う。お金に執着しているわけではなく、自分が様々な思いをしていただいたお金を使って、必要なもの欲しいものを購入する。それを実感したいのだ。
 私は高校生のときに、「アンアン」でカルティエのスリーゴールドのトリニティリングを見たとき、
「絶対にこの指輪が欲しい」
 と思った。当時、大卒初任給の二倍以上の価格の指輪なんて、高校生にとっては夢のまた夢だったが、大人になったら貯金して買うと、そのページを破いてファイルしていた。
 その指輪は三十歳になったときに、やっと買えた。自分には不釣り合いな宝飾品ばかりが置いてある店内に入り、おずおずと指輪が欲しいというと、店員さんが親切に応対してくれて、やっと指輪を手にいれることができた。クレジットカードは持っていなかったので、一万円札を十枚払って指輪が入った赤い小箱が手に渡されたときの、緊張感と喜びはそれまでに経験したことがなかった。自分が働いて払ったという充実感があった。
 それに比べると、カード読み取り機にかけたら、百円でも百万円でもそれで終わり。物が手に入るのには変わりはないが、高揚感にはいまひとつ欠ける。現金を使うということは、それを支払って何かを得るということなので、買いたいものには罪はないが、それを仲介する役目の立場の、感じの悪い店員や人には払いたくない。どうせ買うのなら感じのいい人から買いたい。それがキャッシュレスになった場合、感覚が薄れるのは間違いない。感じが悪いと思いつつ、まあいいかでカードを渡してしまいそうな気がする。そういうことを気にしない人ならば関係のない話だが、私は相手を見て、自分が働いて得たお金を支払いたいと思うので、こういったところが気になるのだ。
 ただし現金をちらつかせるのは、スマートではない。カジュアルな店で現金を支払うのは問題ないが、それなりの店で財布を開けて、お札の数を数えて支払うよりも、カード一枚をすっと出したほうが感じはいい。しかし店によっては現金で支払ったほうが喜ばれる場合も多く、こちらはケースバイケースで考えるしかない。
 これからキャッシュレスに向かうのは間違いない。私は今後もスマホを持つ気はないので、電子マネーに付随するサービスのアプリは使えない。がんばったとしても、主に交通費用に使っていて、ついでに買い物ができるPASMO、クレジットカード一枚、デパートの顧客カード一枚の三枚を持っているだけで精一杯である。それ以上に複雑なシステムになったら、もうついていけない。物事は急速に進んでいくから、東京オリンピックと同時に現金不可の店が多くなる可能性はある。私がおばあちゃんになる頃、とても近い未来だが、現金はなくなっているかもしれない。そのときあたふたしないために、現金にまつわる情緒的な問題は置いておいて、この現実には徐々に慣れていかなくてはいけないのだろうなと考えている。

次回は4月11日の更新予定です。

著者情報

群ようこ(むれ・ようこ)

1954年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業。
広告会社などを経て、「本の雑誌社」勤務の傍ら、1984年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。
同年に同社を退職し専業作家となる。
小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『ネコと昼寝 れんげ荘物語』『優しい言葉 パンとスープとネコ日和』『ついに、来た?』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『衣にちにち』『かるい生活』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

群ようこの単行本情報

『ほどほど快適生活百科』

発売即重版!!

2018年2月26日発売

定価 1,400円+税

衣食住、健康、仕事、趣味、お金、人間関係、エイジング。
悩み多き暮らしのあれこれを、今より少し快適に、楽しくするためのルールとヒント。

通販は「寸法計測」で失敗知らず/シーズンごとの「お出かけセット/保存食は作らない/ネコと私の定番の香り/苦手な仕事との向き合い方/テレビよりラジオ派/家族であっても別人格/ため息のエンディング・ノート 他全100項目収録!

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.