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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

しない。 群ようこ

第5回 手帳

更新日:2018/01/24

 私はこれまで、何種類か手帳を使ってきた。会社に勤めているときは、特に書きとめておくような自分のスケジュールなどがなかったので、手帳は持っていなかったと思う。まだ記憶力がしっかりしていたので、書かなくても覚えていられたのだろう。その後、書く仕事をするようになってから、仕事先の出版社が、自分のところで出している手帳をくださるようになり、それを使っていた。その後、物書き専業になって、よりしっかりとスケジュール管理をするのが必要になり、当時はやっていた、バインダー式のシステム手帳を購入して使っていた。それまではノート式の手帳がほとんどで、仕様が違うもののなかから、自分が使いやすいものを選んで、そのまま使っていた。しかしシステム手帳は自分の使い勝手がいいレフィルを組み合わせ、自分なりの手帳を作ることができてとても便利だったのだ。
 私の場合は原稿の締切を忘れないようにするのがいちばん重要で、一年間のスケジュール、メモ、住所録などがあれば十分だった。私はシステム手帳にしてもレフィルの枚数は少なかったけれど、編集者と会うと、彼らが持っているシステム手帳の厚さが、八センチほどにふくらんでいるのに驚いたものだった。編集者が担当している作家の数は何十人という単位で、それに準じて装丁に関する装丁者やイラストレーターなどとの付き合いもある。社内、社外の人たちとの約束もあるし、自分の生活のスケジュールもある。それを使い分けようとしたら、あんなに厚くなってしまうのかと驚いた。
 システム手帳が売り出される前は、編集者は書き込むスペースが多い、デスク用のスケジュール帳を使っていたり、B5判のノートに自分で線を引いて使っていたりする人もいた。そういった大判のノートを使っているのは男性が多く、女性は多少の大きさの違いはあるけれど、一般的な大きさの手帳の間にメモや付箋をたくさんはさんで、ぶ厚くなったものを使っていた。きっと男女が持つバッグの大きさとの兼ね合いもあったのだろう。
 システム手帳はしばらく便利に使っていたが、中央にリングがあるのが気になってしまい、再び、出版社の手帳に戻った。何年かそれを使った後、たまたま海外のハイブランドの手帳が使いやすいという話を聞いた。その手帳は革製のカバーの大きさが何種類かあり、手帳本体とは別に、住所録のレフィルが付属しており、別売りで白いページのみのメモとして使えるレフィルもあった。カバーにとりつけられたフックで、細かいリングでとじられたレフィルを固定する作りになっている。何種類かのサイズのなかで、A6判くらいの大きさのものは私の小さい手にも収まりがよく、厚みもほどよくて軽い。カバーはほつれたりしたら修理してくれるというし、大きく破損しない限りずっと使える。レフィルさえ交換すれば、半永久的に使えるのも魅力だった。
 初期投資は相当かかったけれども、カバーやレフィルの手触りがすばらしく、やはり違うと感心したものだった。レフィルはリングでとじられているけれど、それもまったく気にならない繊細さで作られていた。その後、保護した子ネコがカバーに毛玉を吐いてしみになってしまったので、一度、買い替えたが、それからは二十年以上、ずっと同じカバーを使い続けていた。高価なので簡単に買い替えられないという事情もあった。カバー本体は変色したり、角がすれたりすることもなく、年月を追うごとに手になじんで、使いやすくなっていった。最初は仏語、英語のレフィルだけだったのが、途中から日本語表記のものも売り出されて、ますます使いやすくなっていたのだ。

 ところが最初は、三百六十五日使うものだからと、一万円近い高額なレフィルもふんばって購入していた。紙質もとてもよく薄いのに裏移りをすることもなかったので、欠点は価格だけと思いながら毎年末に購入していた。しかし何年も経つうちに、海外のレートが低くなっているのに、一向に値段は安くならず、それどころかじわりじわりと値上がりするようになった。そして一万五千円になったときに、
「これはもうだめだ」
 とあきらめた。私の感覚ではそこまでの手帳のレフィルは必要ないのである。
 また、この手帳に合うレフィルが他に市販されていればいいのにと思って探してみたが、代用品はみつからなかった。
 私がこの手帳の手触りがいいといったものだから、編集者の何人かが、海外出張の折に免税店で購入していた。私はペンホルダーがついていない、シンプルなタイプを使っていたのだが、免税店で購入したうちの一人の男性が、手帳用のペンを落としてしまった。ところがそのホルダーに入るペンをと文具店に行って探したところ、ペンが太すぎて入らないか、細すぎてホルダーから落ちるかのどちらかで、他の市販のペンのどれにも合わない。微妙な直径でペンホルダーが作られているのだった。
「革は伸びるから、ぐいーっとつっこんだら入るんじゃないの」
 といったら、
「僕もやってみたんですが、どうやっても入らないんですよ。うまいこと作ってますよね。その手帳にしか使えないように」
 と嘆いていた。「一度買ったら離しません」方式なのだった。
 本当に他に使えるレフィルはないかとインターネットで探してみたら、みんなこの手帳のレフィルの価格の高さに苦労しているようで、いくつかの代用できるメーカーがわかった。しかし私が第一、第二候補に挙げたものはどれも品切れだし、他のものをと大型文具店に行って現物を見たら、
「うーん」
 といいたくなった。たしかにそれらの価格は十分の一以下なのだけれど、手触りや紙質がどうも納得できなかった。あまりにカバーとのバランスが悪く、私はそのブランドの革製のカバーに代用品をつけて使っているほうが、その手帳を使わないよりも、みっともない気がしたのである。

 それからは手帳探しの日々がはじまった。長い間この手帳の仕様に慣れていたため、使い勝手のよい仕様が自分なりに決まっていた。最低、月ごとの書き込み式ブロックカレンダーと毎日の用件が書き込めるページが欲しい。私はひと月単位で仕事の流れを見るので、手帳の見開きが一週間だと全体の、スケジュールが把握しにくいのだ。住所録とメモのレフィルはこれまで使っていた手帳のものを継続して使うことにしたので、手帳本体になくても問題はない。
 書店、文具店はもちろん、雑貨店に行くと手帳のコーナーに行って、あれこれ手に取ってみたけれど、どれもしっくりこない。書き込み式ブロックカレンダーと数ページのメモページのみの、薄型の手帳も悪くはなかったが、やはり毎日のスケジュールを細かく書き込めるページが欲しい。私は電車に乗って外出するときに、電車の発車、到着時刻、駅の出口番号、現地への簡単な地図などを書き込んでおくので、スペースも必要なのだ。
 再びインターネットで調べてみると、親切にも手帳や書き込み式ブロックカレンダーをプリントアウトできるようにしてくれている方もいる。「よかったら気持ちでいいのでお支払いくださるとうれしいです」という控えめな方も多く、様々なタイプのものが提供されていた。書き込み式ブロックカレンダーを一年分、十二枚をプリントして、ひと月ごとにたたんで手帳に挟み込み、手帳は見開き二週間の薄いものを購入すればいいかとも思ったが、ばらける可能性が大なので、それも使いにくい。
 私は仕事をしている食卓の背後には、毎年、岩合光昭(いわごうみつあき)さんの大判のねこカレンダーを掛けている。書き込み式ブロックカレンダータイプで、そこに締切日や予定を色分けして書き込んでいる。これがあるのだから、手帳のブロックカレンダーはいらないのではとも思ったが、打ち合わせのときに、スケジュール等を聞かれて、あっちこっちページをめくるのが面倒くさいので、ひと月がすぐに見渡せないと都合が悪い。となると、プリントアウトをするかというところに戻り、でもばらけると困るという堂々巡りになってしまった。
 たしかにカレンダーと手帳に同じ内容を書くのは無駄かもしれない。物品の無駄はわかりやすいけれど、こういった自分の作業については、あまり考えたことはなかった。しかし家事はなるべく簡素化しようと考えるのだから、仕事についても同じ感覚でいたほうがいいと思うのだが、手で書くのが好きなのか、カレンダーと手帳に同じ内容のことを書いても、辛いとも面倒だとも感じない。どちらかというとうれしかったりする。しかし無駄かそうではないかと聞かれたら、明らかに無駄な労力なのは間違いないのだ。
 だいたい書店や文具店に並んでいる手帳は、同じメーカーのものが多いので、何軒まわってもあまり差はない。が、いちばんの問題は、老眼で細かい文字が見えにくくなってきたことだ。私はふだん裸眼でも見えるので、外では視力矯正用の眼鏡はかけない。家で仕事をしたり本を読んだり、和裁や編み物をするときだけ老眼鏡を使う。しかしコンパクトな手帳を求めると文字が小さいし、文字の大きさを求めると手帳自体が大きくなる。
「このままもうひと回り小さかったら」「これでもうちょっと大きかったら」となかなか気に入ったものがない。スケジュールが書き込めればいいというものでもないので、デザインも無視できない。いかにもおやじが使うようなデザインのものは敬遠したいし、ファンシーなのも困る。デザインも大きさもよかったので中を開くと、花柄が全面に薄いタッチで描かれてあったり、無駄なお飾りやイラストが多かったりで、数はたくさんあるものの、これっというものが何か月も見つけられなかった。

 ある日、定期購読している雑誌に、新しく手帳を発売すると書いてあった。以前にもその版元から手帳は販売されていた。薄型でシンプルで気にはなっていたのだが、例の手帳をレフィルの価格の高さに不満を持ちつつ使っていたため、購入には至らなかった。ところが今回発売されるのは、それよりもやや大形のもので、ブロックカレンダーが中心になっていた。A5判よりもやや小形で、見開きで年間スケジュールのページがあり、毎月のブロックカレンダーと、その月のスケジュールが、毎日一行で書き込めるページがある。コンパクトにまとめられているので、厚さも五ミリ程度と薄いのだ。ただ難点は、表紙のデザインがあまり好みではなかったことで、ビニールカバーがかかっているということは、本体のカバーは印刷されているのではなく、取りはずしができるのかもと期待して注文してみた。
 届いた手帳を見ると、ブロックカレンダーの枠がひとつ三センチ角と大きく、記入スペースが広めでゆったりしている。端にメモ欄がもうけてあるのも使いやすそうだ。そしていちばんうれしかったのが、想像したとおり、本体のカバーはただ印刷された柄の紙がかけてあるだけで、それをはずすと真っ白な本体が登場した。これで好きなように表紙をカスタマイズできるではないか。
 私はさっそく、マスキングテープが入れてある缶を取り出し、画家のヒグチユウコさんのネコのマスキングテープ、近所の文具店で購入した、実写したネコの顔面がずらっと並んでいるもの、どんこちゃんというネコのマスキングテープを、表紙と裏表紙などに貼り付けて、元のようにビニールカバーをかけた。
「まあ、何とかわいらしい」
 大満足であった。高価なレフィルの十五分の一の値段でこの満足度である。これで例の手帳を使うメリットはなくなってしまった。今までどうして使っていたのかと考えると、使いやすいということはあったが、ハイブランドの手帳を使っている見栄もあったのだろう。しかしこれからはこのシンプルな手帳で十分だ。現在使っている住所録やメモ帳の部分はまだまだ余白があるので、カバーも捨てないで使える。ひとつにまとまった機能が、ふたつに分かれたという部分はあるが、手帳に貼ったイラストや実写のネコの顔を見ると心が和む。手帳を手に取るのが楽しくなってきたのがうれしい。歳を重ねるとうれしいと感じることがだんだん少なくなってくるので、手帳であっても見たらつい頬がゆるんでしまうというのは大切だ。見栄を張ったりするよりも、まず自分がうれしくなるのがいちばん大事になってきたのである。

次回は2月14日の更新予定です。

著者情報

群ようこ(むれ・ようこ)

1954年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業。
広告会社などを経て、「本の雑誌社」勤務の傍ら、1984年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。
同年に同社を退職し専業作家となる。
小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『ネコと昼寝 れんげ荘物語』『優しい言葉 パンとスープとネコ日和』『ついに、来た?』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『衣にちにち』『かるい生活』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

群ようこの単行本情報

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2018年2月26日発売

定価 1,400円+税

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