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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

しない。 群ようこ

第3回 化粧

更新日:2017/12/27

 化粧には人並みに興味があった。学生の頃は今と違って気軽にちょこっと買えるような、プチプラの化粧品は少なく、アルバイト代のなかから、化粧品を捻出しなくてはならなかった。となると私の場合、学費は自分で払っていたので、絶対にはずせないのが学費であり、その次が本、レコード。その次がいつか外国旅行にいくための貯金、その次が衣類で、化粧品は必需品ではなかった。当時はまだ紫外線ケアもうるさくいわれていなかったし、すっぴんの女子学生もたくさんいた。藝術学部という性格上、化粧をしている男子学生もいた。みなそれぞれしたいようにしているのを見ていて、女だからといって、化粧をしなくてもいいと思っていた。でも興味は持っていたのである。
 どんな本を読んで、どんなレコードを聴いていたかは、鮮明に思い出せるのに、二十歳まではどういうふうに化粧をしていたかを思いだそうとしても記憶にない。口紅を塗る習慣ができたのは、相当、後になってからなので、白粉(おしろい)とリップクリーム程度だったと思う。興味があるといいながら、私にとって化粧は生活をするために必要な事柄のランキングのなかで下のほうだった。
 二十歳のときに、母親の学生時代の友人のつてで、アメリカのニュージャージー州に行く話が持ち上がり、三か月過ごした。一ドルが三百円の時代なのに、日本にいるとデパートでうやうやしく売られている外国製の化粧品が、スーパーマーケットで大量に安価で売られているのを見て、あれこれ買って試していた。主に普及品のレブロンのリキッドファンデーションと、コティのパウダーを使っていた。しかしポイントメイクはしないままで、華やかにするというより肌の保護のためだった。
 とはいっても、きれいな色を見ているのは好きなので、日本に帰ってからは新宿の高野に行って、ロンドンの化粧品「BIBA」を買っていた。特にBIBAのカラーパウダーには色数が何十色もあって、アイシャドウ、頬紅として使えた。五百円玉よりひとまわり小さい黒の蓋つきのケースで、黒地に金色のBIBAのロゴマークが格好よかった。国産では帝人パピリオから、若い女性向きに価格を抑えて発売された、陶器の花柄の蓋がついた「JACO」が好きだった。ブルーのマニキュアを見たのは、JACOが最初だったと思う。この容器入りのリップグロスも好きだったけれど、塗るよりも持っているのが楽しみになっていた。

 ところが就職すると、広告代理店の営業部に配属されて、上司からきちんと化粧をしたらどうかといわれてしまった。地塗りの分はアメリカで大量購入したものがまだ余っていたので、実家から通っていたおかげで多少余裕があった財布から、足りない化粧品を買い揃えた。あらためて日本での化粧品の値段の高さにうんざりした。
 当時はデパートの化粧品売り場のお姉さんたち、化粧品店のおばさんたちの売り方が強引で、私はただマスカラが欲しいだけなのに、
「その眉はなに? ちゃんと描かないとだめよ」とか、
「もっと目を大きくはっきりとさせたほうがいいわよ」
 など、こちらのコンプレックスをぐいぐいと突いてくる。化粧品売り場に行くたびに欲しかったものがやっと買えた喜びと、不愉快な思いを両方抱えて帰ってきた。高野では商品を勝手に選んでレジに持っていく方式だったので、ますますBIBAの化粧品が増えていった。
 いちおうフルメイクができるように調えたものの、家に帰るのは夜中の十二時過ぎ。そして朝は七時半に家を出る生活で、フルメイクでの出勤は苦痛以外の何ものでもなかった。学生時代からしている人は、化粧をするのに慣れているが、私は地塗りはともかくポイントメイクの仕方がわからない。二重まぶたの人だと、二重の部分にアイシャドウを塗ればよいとわかるが、一重まぶただと、どこまで塗っていいのか見当がつかない。眉毛もしっかり描きすぎると、「博多俄(はかたにわか)」のお面みたいになるし、頬紅を塗るとおてもやんになった。もともとくちびるの色が濃く、塗らなくてもごまかせるので、薄い色つきのリップクリームだけで済ませていた。手抜きができるところは、とことん手抜きしていて、化粧はとても下手だったと思う。マスカラは落ちて目の下が黒くなるし、それをいちいち気にしなくてはならないのも面倒くさかった。
 仕事のためにフルメイクができるアイテムを買い揃えたものの、その広告代理店は半年でやめたので、ポイントメイクをするための化粧品の使い途(みち)がなくなった。眉墨や頬紅、アイシャドウ、マスカラを、勤めている母親にあげたら喜んでいた。失業者で家でごろごろしているときは、もちろんすっぴんだったが、外に出るときは地塗りだけはしていた。これまでのスティック、リキッドのファンデーションではなく、パウダータイプが一般的になってきたので、在庫のリキッドがなくなると、国産のパウダーファンデーションを使うようになった。白粉がパウダーファンデーションに変わっただけで、眉も描かなかったし、頬紅もつけなかったし、口紅も好きじゃなかったのでつけていなかった。
 私は自分が化粧に興味があるのに、厚化粧をしている人が嫌いだった。自分をよく見せたいのはわかるが、厚化粧にしたら逆効果な女性たちが、年代に関係なくいた。もっと薄くてもきれいなのにと思うのに、厚塗りで暑苦しかった。コントロールカラーの塗りすぎなのか、顔色が緑色だったり、灰色の人もいた。そういう人に限ってアイメイクも強烈だった。今は薄づきで肌のトラブルをカバーするファンデーションがたくさんあるが、当時はまだ品質が追いつかず、ついカバーしようと多めに塗ってしまうと、ものすごく塗った感が強くなる物がほとんどだったのだろう。
 興味がありすぎて、様々な化粧品関係の本を読んでいたら、化粧品会社の裏側の話とか、肌に与える害などが出てきて、
「化粧をし続けていいものか」
 と考えたこともある。玄米を食べ続けて便秘が治ったのはいいが、二十代半ばから敏感肌になってしまい、肌に合う化粧品を探すのに苦労するようになった。しかし地塗りをやめてすっぴんで過ごすことは私にはできなかった。日焼けの問題があったからである。化粧品が化学物質のかたまりというのはそうなのだが、そうかといってオーガニックの化粧品が肌のためにいいかというと、そうではないというのは、後年、身を以てわかったことである。オーガニックのもののほうが、トラブルが起きる可能性が低いだけで、完全に大丈夫というわけではない。だめなときはだめなのだ。ただし私の場合は、地塗り関係の化粧品の場合、なかにはだめなものもあったが、日焼け止め効果の指数であるSPF値が低いもののほうが肌には負担がなかった。数値が30を超えるとちょっときついので、25くらいが限界。SPF値50の化粧品が多く出回っているなか、肌質に問題があると化粧品を選ぶのも大変なのである。
 四十歳までは化粧をすると、メイクテクニックもないし、逆に老けて見えるので地塗りだけだった。ところがあるときから、化粧をすると若く見えるようになった。それから私は化粧をしたほうがよいのだと考えるようになった。地塗りに加わったのは口紅だった。使えそうな商品の中から選んでいるので、色も気に入ったものが選べるわけではなく、
「まあ、いいか」
 で使っていた。たまに名の通ったブランドのものも買ってみたが、つけるとぶつぶつができたり、くちびるがひどく荒れたりした。少しはましになったが、今でもその傾向があるので、どんな化粧品でも使えるわけではない。それもまた、化粧を楽しめない理由になっている。
 口紅の後には、眉毛を描くのが加わった。口紅を塗らないと、顔がぼけるようになっていたのに、何年かのうちに、口紅を塗っても眉毛を描かないと顔がぼけるようになった。そして下ぶくれの私の顔には、顔の下側にポイントを置くより、上に置いたほうがよいのではと、私なりに考えたのである。広告代理店に勤めているとき、ペンシルタイプの眉墨を使うと、どうもべったりとした立体感のない眉の「博多俄」になったので、パウダータイプを使うようになった。眉がはっきりすると、口紅をつける必要がなくなったような気がして、またリップクリームのみになった。

 そして年を重ねるにつれて、やっぱり口紅がないとだめになったので復活し、顔のたるみのカバーと血色を補うために、頬紅を使うようになった。アイライン、アイシャドウ、マスカラは使わなかった。目のちっこい私には、何よりも必要なはずなのだが、私はそれらがいちばん苦手だったのだ。一時期、軟らかいペンシルタイプで、まぶたに沿ってラインを引いていたこともあった。たしかに目は自分なりにはっきりとしたけれど、そのうちアイラインを引くと、ほうれい線が目立つような気がしてやめた。マスカラはもともと目が弱いのでなるべくつけたくなかったのと、三十代のときに高名な男性ヘアメイクアップアーティストにメイクをしていただいたときに、
「群さんはそのまぶたと下向きのまつげがいいのだから、無理にマスカラをつけて、上げる必要はないよ」
 といわれて、それを守ってきた。長年のコンプレックスをはじめて褒めてもらった時でもあった。
 還暦までは地塗り以外の化粧をしてみたりやめてみたりの繰り返しだったのだが、寝起きに鏡を見て、
「何、これ」
 と自分の顔を見て愕然(がくぜん)としたことが何度もあった。おばさんならまだしも、鏡の中にいるのがおじさんだったりすると、さすがの私もどうしたものかと悩んだ。それに追い打ちをかけるように、加齢によってただでさえちっこい目が、ますます小さくなってきた。人気の若い俳優が、どういう女性が好みかと聞かれて、
「朝、起きたときもきれいな人」
 といっているのを聞いて、私は彼に対して何の感情もなかったが、殺意さえ覚えた。そんな女性は、オードリー・ヘップバーンくらいしかいない。しかし彼はその後、きれいな女優さんと結婚した。きっと彼が望んだとおりの人なのだろうなあとうなずきながら、朝起きると性別すら変わっている我が身を思い出してため息が出た。
 アイラインを引いてみたら、ほうれい線が目立ったのは、あれは中途半端だからではないかと思い当たった。ほうれい線をしのぐほどのアイメイクだったら、そうはならないのではと想像した。テレビに出ている、私よりも年上の女性方を見ると、アイラインをくっきりと引いていて、なかには目をぐるっと濃いラインで囲っていたりする。あれは下手をするとマンガみたいな顔になるので実行は難しい。最近はおばさん向きのメイク指導もあって、やはり顔の下半分より上半分にポイントを置くこと、口紅は艶のあるものがよいという。私が持っている肌に合う口紅は、すべて艶がないものだったので、
「へええ」
 と思いながら画面を見ていた。
 それに触発されて、平たい顔にすこしでも凹凸をと、パウダータイプのハイライターを購入し、使用説明書を見ながら顔面につけ、その顔で人に会ったら、
「今日、顔がむくんでますね」
 といわれた。私の実感では顔はまったくむくんでいなかったので、ハイライターの入れ方がへたくそだったのだと思う。これにより平たい顔を無理に凹凸があるように見せるのは無駄だとあきらめ、ハイライターは封印した。
 もとがもとなので、これから顔面でホームランを打とうとは思ってはいないが、連続三振は避けたい。せめてポテンヒットで一塁に出られるくらいにはなりたい。試しに一度しっかりとフルメイクをしてみようと、私は近所のドラッグストアに行って、プチプラのアイライナー、アイシャドウ、マスカラを購入し鏡の前に座った。アイライナーを太めにしっかりと引き、ぼかせば目が強調され、かつ自然に見えるとのことだったが、前にやったように、まぶたの際にアイライナーを一本引いたくらいでは、私の目はどうにもならなかった。ある程度、目が大きく見えるまで引いてみようとしたけれど、その太さは私の想像を超えていき、恐ろしくなって、
「だめだ、こりゃ」
 とあきらめた。目をつぶったときに、まぶたの端から最低五ミリ幅のラインを引き、その上にシャドウをのせてぼかさないと効果がなかった。
 人間は目を開けっ放しでいるわけではなく、まばたきをする。目を閉じるたびに裏方の五ミリ幅のラインが見えるのは、
「あたし、がんばって目を大きく見せてるんですよーっ」
 とアピールしているようで、とても恥ずかしい。マスカラをつけてみたが、さすがに品質がよくなって目の下にはつかなくなったものの、私には違和感しかなかった。
 以前、幅七ミリのグレーのアイラインを引いている、私と同じく一重まぶたの人を見たことがあった。最初は気がつかなかったのだが、彼女がまぶたを閉じたときに、それがわかってしまい、申し訳ないけれど、
(ええ、あんなに太くラインを引いているのに、あの程度の目の大きさなの)
 と驚いてしまった。てっきり彼女は目の化粧などしていないと思っていたからだった。
 私もそれと同じだった。たしかに何もしていないよりは、目ははっきりとはしたが、労力と結果が明らかに伴っていなかった。
「相当、塗りたくらないとだめだな」
 太いアイラインを描いたうえに、アイシャドウでグラデーションをつけ、つけまつげを重ねづけしたりすれば目が大きく見えるのかもしれないが、それは私らしい顔ではない。まつげエクステというものもあるらしいが、そこまでして目を大きくみせたいとも思わない。とにかく塗れば塗るほど、私が私らしいと思う顔から遠ざかるので、私がいちばんすべきことかもしれないけれど、アイメイクはするのをやめた。落とすときにとても苦労してまぶたが痛くなったり、まつげが何本か抜けるし、クレンジング剤も目にしみるので、それらは化粧品が入っている箱から放出した。

 そして更年期、還暦を過ぎた今は、五十代のときはそうでもなかったのに、しみがあちらこちらに浮き出てきた。守っていた女性ホルモンが、ほとんどなくなって、皮膚の下で虎視眈々と表面に出ようと狙っていた奴らが、どっと表面に出てきたらしい。日焼け止めは必ず塗っていたし、日射しが強くなると帽子や日傘でカバーしているつもりだったが、それでもちょっと対処の仕方が甘かったようだ。
 それでもこのしみを人工的に取ろうとはまったく考えていない。だいたい還暦を過ぎたら、こうなるのは当たり前なのである。私の場合は美白ではなく、新たにコンシーラーを導入することで解決した。といってもしみを全部隠すわけではなく、気になる部分のみに使う。還暦を過ぎると、しみひとつ見えないように、地塗りをきっちりしすぎると、不自然な感じがする。気になるところだけちょっと隠して、あとは薄くというのがいいような気がしている。
 ある時期から紫外線の影響がいわれるようになって、それからずっと日焼け止めを使い続けていたが、その日焼け止めってどうなのよ、と疑問を持ちはじめ、やがて私には必要がないのではと思うようになった。その理由は、まず肌に合う日焼け止めを選ぶのが、とても難しい。なるべく刺激が少ないものをと、SPF値が低いものを選んでも、物によってはかぶれてしまう。やっと合うものをみつけても、二年、三年と使っているうちに合わなくなってきて、また新しく探さなくてはならない。それを二十年以上繰り返してきた。これまで私が使ってきたものの成分を調べた結果、紫外線吸収剤が入っていない日焼け止めにほとんど含まれている、安全といわれているある成分が、私には合わないとわかった。これでベビー用の日焼け止めでもかぶれた理由が理解できた。
 オーガニック系の化粧品で、BBクリームがあると知って、肌に刺激がないかもと期待して、私に合わない成分が入っていなかったので買ってみた。カバー力もパウダーファンデーションよりはあるので、これ一本で済めばいいと思ったのだが、塗ったとたんに皮膚の感じで、
「これはだめだ」
 とわかり、半日で洗い落とした。しかし、今までできたことがないような、謎の大きな吹き出物がほっぺたにできた。この年になると傷の治りもとても遅いので、いつまでたっても治らず、
「塗らなきゃよかった」
 と後悔した。私のような肌質には、パウダー系のように肌の上にのせるだけのもののほうがよく、オイルが含まれているような、リキッド、クリーム系のファンデーションは向かないようだった。
 考えてみればパウダーファンデーションにもSPF値が表示してあり、聞いた話によると、日焼け止め効果は塗ったもののSPFの合計ではなく、そのうちのいちばん数値が高いものの効果しかないらしく、それならば顔に塗ると圧迫感があり、取るのも苦労する日焼け止めはやめてしまおうと決めた。パウダーファンデーションも、長い間使っているうちに、肌の具合が悪くなってくるので、こちらも成分をチェックしながら、使えそうなものをあれこれ試している。
 よく行くデパートに入っていた、敏感肌にも使えるという海外製品の化粧品売り場に行って、美容部員のおばさまに事情を説明すると、
「うちの商品でトラブルが起きたことはありません」
 と胸を張っていわれた。色味もチェックしてもらって買って帰り、二、三回使ったらやっぱりかゆくなってしまった。海外メーカーでも日本で作られている製品もあるので、日本仕様になっているのかもしれないが、現在使っているのは、国産のメーカーのミネラルパウダーファンデーションで、コンシーラーと下地用のシルクパウダーをつけた後につけている。最近、このファンデーションを使うと、あれっという感じになってきているので、もしかしたらこの先、また肌に合わなくなる可能性もなきにしもあらずだが、そうなると新たに地塗り用化粧品を探す旅に出なくてはならない。肌の問題については、これがよい、これはだめというのは今だけのことですべて流動的なのである。
 眉墨は一本にペンシルとパウダーが内蔵されているもの。頬紅は気に入った色があってずっと使い続けていたのだが、私が気に入ったものは必ずなくなるという定説の通り、廃番になってしまった。ファンデーションを見つけるよりは楽なはずだから、同じ系統の色でまた探そうと思っている。口紅は今まで使っていなかったものをと、有名ブランドの赤い色を買ってみたが、色は大好きなのだけれど落とした後に、いつまでもくちびるに色素が残るのが気になって使わなくなり、処分してしまった。
 このところずっと使っていた口紅も、頬紅と同じく、愛用していたものが廃番になったので、残り少なくなっているものを大事に使っている。先日、この口紅を塗って帽子をかぶって外に出たら、くちびるが痛くなったので、ファンデーションと同じメーカーの、日焼け止め効果があるという口紅を購入してみた。これを重ね塗りしたら同じ条件下でも痛くならなかった。くちびるにも日焼け止め効果のあるものが必要なのかもしれない。還暦を過ぎると、極端にいえば毎日、肌の色や状態が変わるような気がするので、気に入った色に固執しないで、肌に合うもののなかで新たな色を試してみるのもいいなと考えている。
 現在、手元にあるメイクアップ用の化粧品は、
*ファンデーション下地用のシルクパウダー
*ミネラルパウダーファンデーション
*コンシーラー
*アイブロウペンシル
*頬紅
*口紅三本(ベージュ系、モーヴ系と、夏用の日焼け止め効果のあるレッド系)
*リップクリーム
 となっている。ファンデーションについては、新しいものを探しはじめたほうがいいような……。これを塗らないほうが確実に肌の調子がよくなってきた。
 基礎化粧品も問題なのだが、保湿は大切だと思いつつ、クリームなどを使うと吹き出物ができてしまうので、最近はワセリンを使っている。以前もワセリンを使ったことはあったのだが、普通のクリームと同じように塗っていて、
「こんなにべたべたするのはいやだ」
 と使うのをやめてしまった。ところがあるとき、使う量は胡麻(ごま)ひと粒くらいを手のひらにのばし、それを顔面に押しつけるようにしてつけるというのを読んで、驚愕したのである。そりゃあ何十倍もの量を塗りたくっていたのだから、べたべたするはずだと自分に呆れ、胡麻ひと粒を守ったら、ちょうどいい具合になっている。
 化粧水も合わないものが多いので、ドラッグストアで売っている、スプレー式の温泉水にしている。ファンデーション類は石けんのみでも落ちるものだが、念のために石けんの泡にホホバオイルを三滴くらいまぜて洗っている。オイルは冬場の乾燥するときにも使っている。
 持っている化粧品はポーチひとつにすべて収まる量だが、肌に艶が出るファンデーションがあると聞くと、試してみたいと心は揺れる。しかし私のような肌質の人は、今使っているものに問題なければ、新しいものに手を出さないのがいちばんいいらしい。効果がある物は必ずといっていいほど私の肌に合わないので、トラブルが出ない現状を維持することが大事であり、化粧は自分が考える身だしなみ程度で十分と納得させているのだ。

次回は2018年1月10日の更新予定です。

著者情報

群ようこ(むれ・ようこ)

1954年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業。
広告会社などを経て、「本の雑誌社」勤務の傍ら、1984年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。
同年に同社を退職し専業作家となる。
小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『ネコと昼寝 れんげ荘物語』『優しい言葉 パンとスープとネコ日和』『ついに、来た?』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『衣にちにち』『かるい生活』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

群ようこの単行本情報

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