集英社 知と創意のエンタテイメント 学芸・ノンフィクション

文字サイズを変更

  • Facebook
  • Twitter

文字サイズを変更

Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第99回 [2020年2月某日 とっととそれをやってしまえば]

更新日:2020/03/25

 最近「加速主義」という言葉を、ネットなどでしばしば見かけるようになった。
 もともとは経済学や社会学上の概念で、あるシステムや体制を変えようと思ったら、それに反対するよりも、むしろその運動の方向性を加速して実現してしまうのが良いという仮説である。例えば、資本主義の矛盾を乗り越えるためには、資本主義に直接的に反対するよりも、資本主義の内部力学を促進してしまって、いわば行き着くところまで行かせてしまった方が、その「次」の体制に行く準備が整う。大まかに言えばそのような考え方であると理解している。
「資本主義」という大きな枠組みに限らず、例えばある政権の終焉をもたらす上でも、その政権の性質、志向性を加速して実現してしまえば、かえってその矛盾や問題点が露わになって終了する。そのような含意で議論されているようである。
 社会とか体制とか、そのような視点を離れても、「加速主義」は面白い考え方だと思う。
 人生というものを眺めてみると、予感だとか、たくらみだとか、そのようなものを胸に抱いている時間は愉しく、また頼もしくも感じる。
 いつかはこれをやってやろう。
 そのうちにあそこに行こう。
 チャンスがあったら、あの人に会おう。
 徐々に、目標に近づいていこう。
 そんな夢や希望、もくろみは、私たちの人生の機微であり、日々の情熱の種でもある。
 ところが、やっかいなことに、卵と一緒で、希望やたくらみは長く胸に抱き続けていると腐ってくることがある。自然界のものは、一瞬たりとも立ち止まらない。春になると花芽が出るが、つぼみはふくらんだままでいるということはなくて、必ずやがて花が開いて、そして散ってしまう。
 ふくらんだまま止まっているつぼみはない。それは開いて生命を全うしてやがて散って土に還る。そうすることで、また翌年、新しい生命の芽生えがある。
 もし、つぼみがつぼみのままでいつまでも枝にとどまっていたら、その樹は生命のサイクルが止まってしまうことになるだろう。
 人間もまた同じである。夢があるならば、さっさと実現してしまえばいい。いつかそのうちにというのではなく、明日にでもその場所に行ってしまえばいい。そのうちに会いたいと微睡(まどろ)んでいるのではなく、すぐにその人に会ってしまえばいい。
 そうすることで、生命の回転が始まる。そして、「次」の位相が訪れる。
 私たちは、人生でついうっかりしてしまう。一つの目標の向こうには、またさらに別の目標があるということを忘れてしまう。
 どんな目標も、実は大したことではない。生命そのものの大きさに比べたら、何ということもない。だから、どんな目標でも、大げさに考えすぎない方がいい。そこに到達すれば、景色が変わるのだ。
 山登りであれば、あの頂点までと頑張って登ってみる。山道をはあはあいいながら登攀し、その間は見上げる頂点が世界のすべてのようにさえ思えている。
 ところが、頂点に立ってみると、なんのことはない、自分が目指していたのは世界の中に数多ある頂きの一つに過ぎなかったということがわかる。頂点で周囲を眺めると、景色が変わる。ある意味では、見る風景を変えるためにこそ、私たちは頂きを目指すのだと言っても良い。
 心理学では、「歴史の終わり幻想」(end-of-history illusion)というものが知られている。誰でも、社会や自分というものはもうこれからは変わらないのだという幻想を抱く。もはや成長しないでずっとこのままだと思いこむ。ところが、実際には人間は変わる。
 大きな物語としては、冷戦の終わりにフランシス・フクヤマが『歴史の終わり?』という論文を書いた。資本主義対社会主義の対立は、資本主義の勝利に終わった。体制間の競争は終わった。だから、人類は歴史の終わりに到達したのだと記した。ベルリンの壁が崩壊した当時には、それなりの説得力があった。
 ところが実際には歴史は終わるどころか、次から次へと新しい対立軸、問題点が出てくる。変化はずっと続くだろう。
 一人の人間の人生も同じである。もう完成形だと感じる、これからは自分の感性や価値観はそんなに変わらないと思う。それが「歴史の終わり幻想」である。実際には、人は変わる。旅は続く。一つの頂きを極めても、単にさらに広大な土地が見えてくるだけのことである。だとしたら、もったいぶっていないで、たくらみのふくよかさに酔っていないで、とっととそれをやってしまえばいい。
 人工知能によって時代の変化が加速し、不確実性が増している世界において、「加速主義」は一つのエートスなのかもしれない。それは、決して慌ただしく急かすリズムではない。むしろ、生命固有の力学を邪魔しないというだけのことである。無理をする必要はない。むしろ、のびやかに踊ればいいのである。
 人生には、一体いくつ句読点があることだろう。峠の道を回り込んだ時に全く違った景色が見える、その昂奮と感動をもし信じることができるのであれば、自分の内なる生命のリズムを、周囲や時代に対する忖度なしに飛翔させてしまって良い。自分の人生における「歴史の終わり」はない。あるとしても、それは何度も訪れる。
 だとしたら、いくつもの歴史を経験してしまえばいい。白亜紀から新世紀まで、にぶく光る昨日からまばゆい輝きの明日まで、たくさんの地層を自分の中に蓄積してしまえばいいのだ。
 

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 開高健 The Year
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

Shueishagakugei

謹んで令和元年台風災害のお見舞いを申し上げます。

度重なる台風により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、避難生活や復興の支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、
一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ
  • 第五回 集英社 熊本地震災害被災者支援募金 募金状況とご報告
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金のお知らせ
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金募金状況とご報告

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.