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Nonfiction

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ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第88回 [2019年9月某日 夏を夏と感じるのは]

更新日:2019/10/09

 時代の空気というものもあるのだろうけれども、このところ、よく、「没落」だとか「衰退」というような論調、ものの捉え方を目にする。
 例えば、人口減少の下で経済成長する事例はない。これからの日本は衰退するばかりである、というように。
 そんな時、私は、「本当かなあ」と思ってしまう。全体として衰えていっても、一部では盛んなものもあるだろうし、逆に、時代が成長していたり発展していた状況でも、個別には勢いがないものもあっただろうと感じるからである。
 時代状況というものを、「衰退」とか「没落」といったわかりやすい言葉で把握すると便利なのだろうけれども、それは知的な不誠実さでもあるのかなと感じる。
 明治維新のように一見輝かしい時代を一方的に明るくとらえるのが不正確であるように、沈滞しているように見える今の日本を一面的に捉えるのもいかがなものだろう。
 今の日本の中でも、希望はたくさんあるのだろうし、そもそも時代が人の精神に与える影響は限定的なものであろう。「時代精神」(ツァイトガイスト)という言葉は、何らかの集団的事象を前提にしている。しかし、それは、「時代=精神」を含意するのではない。
 むしろ、時代と個々の精神はいつもずれている。中国で『論語』のようなすぐれた思想が出たのは、社会に理想があったからではなくて、むしろ現実が理想から遠かったからであろう。世界は一体ではない。むしろ、海の表面が荒れていても下の方の水は静かだったりするように、時代とともに激動するトレンドとは少し離れたところでものごとを見ることが大切なのではないか。
 9月の上旬に、私は、列車に乗っていた。窓の外には、いかにも夏らしい空が広がっていた。
 不思議だなあと思った。太陽の光の強さのピークは、夏至で終わっている。それからもう2ヶ月以上経って、そろそろ秋の風も吹き出そうかというこの時期になって、かえって、「夏」ということが、その精髄が、真に迫って感じられるのはなぜなのだろう。
 もちろん、大気の中に太陽の放射熱が蓄えられるという物理的理屈はある。だから、太陽の光の強さのピークから少し遅れて暑さの頂点が来る。一日を考えてみても、太陽が一番上に来る正午ではなく、午後2時頃に一番気温が高くなる。
 作用が遅れてくるということがある。明るい成長の時代の真っただ中に、成長することが理解されるわけではない。停滞の時代にこそ、成長ということが何なのかわかる。青春の最中にいる人は、案外青春とは何かがわからない。
「青春とはある特定の時期を指すのではなく、むしろある心の状態なのだ」(Youth is not a time of life; it is a state of mind;)で始まる有名なサミュエル・ウルマンの詩は、何歳になっても心の持ちようで若くいられる、という「アンチエイジング」の文脈でとらえることもできる。むろんそれは有意義なことだし、多くの人が勇気づけられるだろう。
 青春については、別の見方もすることができるような気がする。
 やはり、「青春」という事象は、いろいろと迷い、悩み、出会い、別れ、傷つき、そして成長するティーンエイジャーの頃から20代の初めにかけてで起こり、そして終わってしまうのである。その後の人生の中では、「青春」は、あの頃に起こったのと同じようには、決して訪れないのである。
 しかし、青春の真っ只中にいる人には、かえって、青春のありがたさ、尊さ、その意味がわからない。毎日を夢中で生きているだけで、自分に何が起こっているのか、その全体像もつかめはしない。だから、せっかく自分に降り掛かっていることを、受け止めることができない。
 青春が終わった後の長い人生の中でこそ、むしろ青春の意味はわかってくる。私たちの人生は、かけがえのない青春の残照のような光の中で進んでいくのである。太陽がピークを過ぎた頃にかえって空気が熱を帯びてくるように、青春もまた、それが生物の時としては過ぎ去ってしまったその後で、私たちの人生を照らし続けるのである。
 そのようなことは確かにあるのだから、個人についても社会についても、繰り返し起こるのだから、「今は成長の時期だ」「これからは衰退だ」というようなことを、そう安易に決めつけてはいけない。
 そもそも、ある事象の本質は、それが終わった、あるいは終わりかけた時に初めて分かるのではないか。
 いわゆる、ヘーゲルの「ミネルヴァのふくろうは黄昏に飛び立つ」という有名な命題も、そんなことと関係しているのかなと思う。
 いつも、事態が先に起こる。そして、そのことの理解は、ずっと後で、ゆっくりと立ち上がっていく。高度経済成長の意味を噛みしめることは、「衰退」の時代にこそ可能になる。
 もっと普遍的な事象についても同じことだ。「生命」にせよ、「意識」であれ、「知性」にしても、それはすでに起こってしまっている。そして、その後で、人類はヨタヨタとそれを理解しようとしている。
 ある程度年を重ねた一人ひとりの人生で、青春はすでに起こってしまっている。だが、そのことの意味を理解するのは一生の仕事だ。
 私たちは、青春の残照の中で、かつて起こったことの意味をゆっくりと噛み締めながら振り返っていけばいい。忙しい日常の中で、時折手をとめて、しみじみと思い出せばいい。そのようにして初めて、ミネルヴァのふくろうはようやく青春の空を飛ぶことができるのだろう。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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平成30年北海道胆振東部地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く復旧がなされ平穏な日々が戻りますよう、心よりお祈り申し上げます。

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熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
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