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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第80回 [2019年某月某日 黄金と雑事と]

更新日:2019/06/12

 青年期には、「今すぐ全てを」という情熱によくかられたものだけれども、それは振り返ってみれば大抵は愚かな衝動だった。
 浮世離れした願望の実現をドイツロマン派の「疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)」風に望んでも、そんなことは起こりえない。
 だから、そんな無茶なことを願うことはもうとっくにやめてしまったけれども、そして、そうなることを人は「成熟」と呼ぶのかもしれないけれども、ここのところ、ふと、「今すぐ全てを」ということの意味について考えることがある。
 この世のさまざまなことは終わりがない「オープンエンド」だから、そもそも「今すぐ全てを」と言っても、それは完結することではない。終着点に到ったら、むしろ死んでしまうわけで、生きている以上、永遠の未完成だ。
 それにもかかわらず、「今すぐ全てを」という言葉で求めていたのは、実は「完成」ではなかったと思う。
 むしろ「プロセス」。そのプロセスの中での、ある状態。今思えば、私は、「純粋さ」をこそ求めていたのだ。
 以前、本の取材で、「たたら製鉄」を経験した時、私は黄金のほんとうの由来を知った。
 黄金は、元素としての「金」(Au)のことだと思いがちだが、そうではない。
 鉄もまた、熱して光り輝けば黄金色になるのだ。
 つまり、黄金とは、ある熱せられた状態のことを言うのであって、元素としての金は、単に、それを固定しているだけなのである。
 どんな素材でも、熱を込めて、温度を高めていけば、「黄金」に至る。
 そう考えれば、黄金の素材は至るところにある。
 私たち一人ひとりも、また、黄金の素材になりうる。
 そんなことを、「今すぐ全てを」という思春期の妄執を思い出すと連想する。
 つまり、あの時私が求めていたのは、心の中の黄金だったのだ。
 すっと集中して、純粋なものだけが残り、自分の存在がそれと同一化するという意味での「黄金」を、「今すぐ全てを」という言葉で表現していたのではないか。
「黄金」の中に、「全て」がある気がしていたのだ。
 この世は雑事にあふれている。
 朝起きてから、夜眠るまでの間、細々としたいろいろなことに追われている。
 ごはんを食べる、洗いものをする、トイレにいく、歯を磨く、洗濯をする、着替える、メールを見る、メールに返事をする、ネットを見る、ネットに書き込む、歩く、走る、階段を上る、ドアを開ける、ドアを閉める、電話を受ける、電話をかける、人に会う、人にさようならと言う、ごはんを食べる、トイレにいく、水を飲む、顔を洗う、鏡を見る、歩く、走る。階段を上る。
 日常の細々とした行為の中で、私たちは、ふと、「黄金」にあこがれる。
 それが何であるかということは、人によって違うのかもしれない。有り体に言えば、「本当に興味のあること」、「心にかかっていること」、「子どもの頃からの夢」、「そこはかとない願望」、「自分の魂の一番奥底にある叫びのようなこと」。
 日常の雑事に紛れる中で、そのような自分の一番の関心事に寄り添える時間が、たとえ5分でも、10分でもあれば、それだけで魂は支えられるような気がするし、つないでいけるような気がする。
 一方、そのような核心に寄り添うことが、生活時間の100%になることは、どうもありそうもない。世の中はそのようにはできていない。
 さまざまなことに気をとられてしまうことが悪い、自分に責任があるというよりは、つまりは世界はそのようにできている。一見無駄ないろいろなことが散らばって結びついて全体として有機体となっていて、その中に私たちの自我が浮かんでいる。雑事が全て集まって世の中ができている。だからこそ「回って」いく。
 どんなに純粋で価値があるように見えることでも、それだけでは世の中は成り立たない。誰かが、どこかで、つまりは自分が、いつの日も、そのような雑多なことを引き受けることで成立している世の中がある。
 誰でも、胸に手を当てれば、ああそういうことかと思い当たることがあるはずだ。
 だからこそ、その雑多なものの山に埋もれて、私たちは「黄金」にあこがれるのではないかと思う。
 年を重ねると次第に雑多なものが増えてくるのではなく、青春の時代から、試験だとか、進学だとか、進級だとか、就職だとか、バイトだとか、恋愛とか、そのような雑多なことは溢れていたのであって、だからこそ私たちは「今こそ全てを」とあこがれたのだと思う。
 その時々にちらりと垣間見える「黄金」の光に魅せられて、私たちの精神は動いていく。
 純粋に黄金の世界に行くことは、おそらくこの地上で生きることとは相容れない。
 だから、私たちは、生きている限り永遠に、「今すぐ全てを」とあこがれつつ、それを果たすことができないという引き裂かれた存在でいるしかないのだ。
 そのようなことがわかって、血肉化されたときに、人はかえって永遠の青春を生きる術のようなものを手に入れることができるのだろうと思う。
 黄金の影は、いつも自分たちの心の中にあって、生命を導いていく。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

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