集英社 知と創意のエンタテイメント 学芸・ノンフィクション

文字サイズを変更

  • Facebook
  • Twitter

文字サイズを変更

Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第64回 [2018年9月某日 シルヴァプラーナ湖の三角岩]

更新日:2018/10/10

 哲学者フリードリッヒ・ニーチェが「永劫回帰」の思想にたどり着いたのは、スイスにあるシルヴァプラーナ湖だったと、ニーチェ自身が『この人を見よ』の中で書いている。
 シルヴァプラーナ湖の標高は1800メートル近く。高原の空気の中で、ニーチェは「永劫回帰」という考え方にたどり着いたのである。
 私たちの身体も、周囲のさまざまなものたちも、それを構成する物質が有限であるならば、また、宇宙の時間が無限であるならば、いわば順列組み合わせによって、私たちの人生で起こったことは、すべて再び繰り返されるという計算、ないしは見通しになる。
 そこには本質的な進歩も堕落もなく、「最後の審判」もなく、ただ、この地上の生が、かたちを変え、違った姿で永久にめぐり、戻ってくるだけのことである。
 この発想を、ニーチェは、根本的な生の肯定の文脈の中で着想した。「神」が死んでも、人間は生き続けるのだった。永遠に流れる時間の中で。
 その後、この宇宙の年齢が「ビッグバン」から約137億年だということがわかった。宇宙の将来のシナリオについて、「ビッグバン」の逆の「ビッグクランチ」の可能性が唱えられたりした。宇宙の成り立ちについての理解は変化し、深まってはいるものの、生が本質的に繰り返すものであるという「永劫回帰」の思想そのものは枠組みとして有効であり続けている。
 もちろん、ダーウィンの進化論の中で、種が次第に生まれていくメカニズムはある。しかし、進化論的な時間ですら、宇宙の時間全体から見れば、繰り返すサイクルの一つだとも言える。
 一つの着想が、世界や自分たち自身についての見方を一変させる。私たち人間は、「永劫回帰」の後の時間を生きているのである。
 ところで、ニーチェの「永劫回帰」の着想には、どこか、高地のさわやかな空気がまとわりついている。地上の雑踏とは程遠い、清澄な気配がある。
 高地では、昼間に星が見えるというようなことをどこかで読んだ記憶がある。人と人とが、まるで星と星のように隔たりながら絆を結ぶのが、ニーチェの「星の友情」。哲学者の視点に、高地の空気が響き合う。私は現地に行ったことがないのだが、シルヴァプラーナ湖は、「永劫回帰」という発想を得る場所としては、おそらくは好適なのだろう。
 一つのインスピレーションを得るということと、それが得られた場所の間には、どのような関係があるのだろうか。
 釈迦が菩提樹の下で悟りを開く。空海が海と空をみはるかす洞窟で修行をして、明星が口に飛び込む。ニュートンが、りんごの実が落ちるのを見て万有引力を着想する。
 そんなふうに、人類の歴史を変えるようなインスピレーションが降りてきた場所に、私たちは特別な意味を見出しがちである。しかし、本当のところ、着想と場所の間には、どのような結びつきがあるのだろう。
 それは、単なる偶然だったのだろうか。起こってしまえば必然なのだろうか。後世の人たちにとっては、それは一つの「記念碑」なのだろうか。ある事件が、その場所で起こったということを、ただ記憶にとどめておきたいという願望ゆえだろうか。それは、自然から見れば、あるいは「神」の視点からすれば何の根拠もない、一つのセンチメンタルな妄執に過ぎないのだろうか。
 シルヴァプラーナ湖畔、ニーチェが「永劫回帰」の着想を得た場所には、三角形の岩があるのだという。
 その日、ニーチェは湖のほとりを散歩していたのだろう。哲学者は歩みを進めていく。それまでに考えていたさまざまなことが、脳の中に蓄積されている。お互いに有機的に結びついている。
 ニーチェの脳の、ディフォルトモードネットワークが活動して、情報を整理する。もちろん、その時代には、ディフォルトモードネットワークの存在も、機能も知られていない。しかし、脳がアイドリングした時に活動を始め、記憶を結びつけ、着想を生み出すこの回路は、確実に哲学者の脳の中で情報処理を進めていたろう。
 そして、哲学者がシルヴァプラーナ湖の三角岩のところに来た時に、ついに、「永劫回帰」の着想が得られる。
 それは、一つのイメージだったのだろうか。あるいは、音楽的な連想だったのだろうか。着想は、どれくらい、明確に言語化されていたのだろう。
 哲学者は、その時、息をのんだのだろうか。立ち止まったのだろうか。感動に打ち震えたのだろうか。鳥はさえずっていただろうか。
 哲学者は、鳥のさえずりを聞いただろうか。
 歴史の中で、その瞬間は通り過ぎ、ただ、私たちはニーチェの残した文字を手がかりに、その時を想うだけだ。
 人間精神にとって、ある特別なことが起こった場所に私たちが思いを馳せるのは、「永劫回帰」という大海の中での、せめてもの手がかりを求めてのことなのだろう。
 ひとりの人生の中のささやかな着想においても、シルヴァプラーナ湖の三角岩のような場所があるように思う。
 私たちは、「永劫回帰」という大海に錨を下ろす。
 一人ひとりにとっての、記念すべき時。
 その瞬間、鳥はさえずっていただろうか。
 自分の人生の平凡なある一日に、たまたま訪れた高原の空気の中で、私は静かに海底を探る。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 渡辺淳一恋愛小説セレクション【全9巻】
  • 集英社国語辞典[第3版]
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金のお知らせ
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金募金状況とご報告

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.