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ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第57回 [2018年某月某日 マディソン・スクエア・パークを歩く]

更新日:2018/06/27

 五番街を下っていくのは、随分久しぶりだった。
 限られた時間だったが、仕事で訪れたニューヨーク。
 用件がある場所がそのあたりだったので、五番街をひたすら南へと歩いていった。
 ニューヨークのような街は、もし機会に恵まれるのであれば、定期的に「観測」した方が良いのだろうと思う。
 そうでなければ、何かしらの「スタンダード」のようなものが失われてしまう気がする。
 実際、今回の訪問でも、メトロポリタン美術館の規模に驚いたし(何しろ、普通の日本の美術館の「特別展」のようなものが、同時に館内の数カ所で行われている感覚なのである)、出版にせよ、ミュージカル、映画、音楽、テレビ、すべてにおいて、ニューヨークには人と文化の「精華」が集積しているように思えた。
 鍵になっているのは、富の蓄積と、容赦ない批評の精神だろう。ニューヨーク・タイムズの論調に象徴されるような、時に論評の対象を怒らせてしまうような過酷さがあってこそ、彫琢される質がある。
 ニューヨーク近代美術館(MoMA)には、ピカソの『アビニヨンの娘たち』がある。後のキュビズム誕生への転換点となる重要な作品。MoMAに行くと、この近代美術史上最重要の作品が、周囲に人だかりがすることもなく「その他たくさん」の絵画作品の中にさり気なく展示されている。
 ニューヨークであるということは、つまりはそういうことだ。そして、グローバル化の展開によって、今や、世界の至るところにニューヨーク的「過酷さ」が浸透して行っているのだろう。
 人工知能がそうだ。国家によるお墨付きも、大学のような権威も全く関係ない。世界中の至るところで、時代の最も優れた才能たちが、密かに研究、開発に鎬(しのぎ)を削っている。
 一番すぐれたものだけが残るのが、人工知能の最適化の世界。そして、残ったからと言って、当たり前のようにあるだけ。ニューヨークの街を歩いていて感じるひりひりとした緊張感は、これからの世界のあり方を予告するものだろう。
 ここでは、すべてがさり気なく一瞥され、通り過ぎられる。あのトランプタワーでさえ、足を止める人は少ない。せいぜい、外国から来た観光客たちが、セキュリティ・ガードとうれしそうに記念撮影をしているのを見るだけだ。
 そんなことを考えながら歩いていると、突然、小さな緑の公園が現れた。
「マディソン・スクエア・パーク」という表示があるその公園。
 そんなに大きなものではない。とは言っても、小さくもない。地価が高いマンハッタンにおいて存在するには、小ぶりだが贅沢と言えるほどの大きさ。エンパイア・ステート・ビルディングからほど近く、緑の向こうにその勇姿が見える。
 公園名を見たときに、「あっ」と胸に響くものがあった。
「なぜ、ここに、どういうことか」と心の静かな水面にさざ波が立った。
 私が小学校の頃、なぜか、マジソンバッグというスポーツバッグが大流行した。
 記憶の中からそれを再現すれば、なんとなくもさっとした半月状のもので、色はダークブルーの印象。そこに、「MADISON SQUARE GARDEN」と英字で表記されていた。
 子ども心に、「MADISON SQUARE GARDEN」というものが何なのか、何故それがバッグにデザインされているのかはわからなかったが、とにかく流行していて、私もまた、お小遣いを貯めてそのバッグを買った記憶がある。
 自分でも頬が照り輝いているかと思うほど内心うれしく持ち歩いていたが、冷静に考えると決して実用性の高いバッグではなかった。
 むしろ、本音では持て余していたように思うが、それに耐えることがまた「流行の重み」で良かったのだろう。
 他にも、何故か「UCLA」というロゴの入ったアイテムが流行っていた。今考えればダサいとさえ思える、しかし純粋な、不思議な情熱が社会に満ちた時代だった。
 ニューヨークの五番街で、ふと出会った緑の一画。
 目の前にある「マディソン・スクエア・パーク」は、あの「マディソン・スクエア・ガーデン」とどのような関係にあるのか、いつどこで「パーク」が「ガーデン」に変換され、混じってしまったのか。
 目の前を足早に行き交うニューヨーカーたちにはおそらく全く関心がないであろうそんな問題に、私は一瞬眩惑されていた。
 用件を終えて戻る時、再びマディソン・スクエア・パークを通った。
 セントラルパークに比べると、規模においても「押し出し」においても、見劣りする。
 しかし、そこに居る人は、なんだかホッとしているように見える。
 ひょっとしたら、こんな公園にこそ、ニューヨークの本質があるのではないかな。いや、むしろ、人間の本質と言うべきか。
 小さくてもいい。ダサくてもいい。注目されなくてもいい。そんな安堵の小区画がなければ、人生なんて随分つまらないものではないのか。
 後に調べると、「マディソン・スクエア・ガーデン」とはスポーツやエンタテインメントなど多目的の室内アリーナで、何度か移転して、今はペンシルバニア駅の場所にある。元々は「マディソン・スクエア・パーク」の近くにあったから、この名前があるのだという。
 すべての経緯を振り返って、何故か、私は、ニューヨークに小さな魔法をかけられたような気がしてならない。
 ニューヨークの風にあてられて、グローバリズムの過酷さについて考えていたら「マディソン・スクエア・パーク」に出会った。その連想で「マディソン・スクエア・ガーデン」のバッグを大事そうに持ち歩いていた、小学生の時の自分を思い出した。
 嗚呼(ああ)、できるならば、再び、「マディソン・スクエア・ガーデン」のバッグを持った少年に出会いたい。
 グローバリズムの嵐が吹き荒れる、その片隅で。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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