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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第55回 [2018年某月某日 人工生命を考える]

更新日:2018/05/23

 アインシュタインの相対性理論が出来上がる過程では、「エーテル」があるのかどうかが大問題になった。これは、科学史上の興味深い事実である。
 光が伝播していくとして、それはどのような「媒体」の中を「進んで」行くのか? 光が伝えられていく仮想の媒体として考えられたのが「エーテル」であった。
 本稿の目的は、物理学の歴史を振り返ることではない。だから、詳細は略するが、エーテルの存在は1887年に行われた「マイケルソン・モーリーの実験」により否定され、そして1905年、アインシュタインの相対性理論の出現により、完全に過去のものになった。
 光は真空中を伝播していくのであり、エーテルという存在を仮定する必要はない。洗練された現代物理学の視点からみれば、エーテルはいかにも原始的で、迷信のようなものにさえ見える。
 一方で、「光なんてどうにかして伝わっていくんだろう」と考えて、それ以上追求しないいい加減な立場に比べると、エーテルを仮定してその整合性を考えることは、一歩前進とも言える。
「お化け」を消すためには、いったんは「お化け」を仮定しなければならない。逆に言えば、「お化け」というかたちで対象化できていない状態の方が、よほど、「お化け」に無意識にとらわれてしまっているのでないか。
 私たちの「生命」もまた、「お化け」のようなものなのだろうか。
 人工知能の発達により、人工生命を考える必要性がより増して来ている。
 人工知能は人間の文明をさらに進めるだろうが、その一方でさまざまな危険も指摘されている。とりわけ、人工知能が軍事技術と結びついたときに、予測不可能な事態に陥る可能性がある。
 たとえば、現在においても、ドローン(無人機)による攻撃は盛んに行われている。ドローンが敵地の上空を飛んで、カメラで地上を監視する。それを遠隔地にいる軍人のオペレーターが見ていて、標的となる人物が特定できたら、ミサイルを発射するのである。
 ドローン自体ははるか上空にあるため、監視されている人物はそれに気づかない。また、ミサイルはレーザーによって誘導されるため、きわめて正確に目標に達する。この一連の過程を人工知能が遂行するようになったら、どうなるか。
 現状では最後のトリガーは人間が引いている。もし将来、人工知能が標的の人物を認識し、自動的に攻撃するようになったらどうなってしまうのか。誤爆の有無にかかわらず、人道的、倫理的に深刻な問題を惹起することは見やすい。
 人工知能が核兵器システムに取り込まれたらどうなるのか。例えば、敵国が核兵器搭載のICBM(大陸間弾道弾)を発射した兆候が捉えられたら、即座に反撃すべきか? 現状では大統領などの最高司令官が判断するが、そのすべてのプロセスを人工知能に任せたらどうなるか? 偶発的な全面核戦争が起こる可能性がより増すだろう。
 人工知能に安定性を持たせるためには、「人工生命」に接続させるのが良い。人工知能には、自己保存本能がない。長い進化の過程で埋め込まれた、生態学的バランスという安全装置がない。人工知能をより安全にするには、生命のような有機的なバランスをもった人工生命にするのが良いだろう。 
 しかし、ここで問題になるのは、「生命」とは、現状では「エーテル」のような「お化けだ」ということだ。かつては「生気論」が唱えられ、生物には無生物にはない特別な何かが宿っているのだと考えられた。そのような立場は否定され、生物もまた、物質でできた分子機械にすぎないというモデルが常識になっている。
 生物と無生物の間に、絶対的な境界はない。ウィルスのように、生命と言えるのかどうか、その中間にある存在もある。では、生命とは一体何なのか? 自己保存や増殖などいろいろな定義からのアプローチがあるが、第一原理的な解決はまだない。
 果たして、「生命」は、かつての「エーテル」のように、突き詰めていけば消えてしまう「お化け」のような存在なのか。人工知能が発展する今、「生命」とは何かということの見直しは、不可避であるように思われる。
 アインシュタインが「エーテル」を乗り越えて相対性理論に至るためには、時間や空間について暗黙のうちに前提にされていることを改めて問い直さなければならなかった。相対性理論の成立は、いわば、究極の「メタ認知」(自分自身を外から眺め、認知すること)だった。
 生命もまた、メタ認知の対象にならなければならない。私たちの意識をデータ化してコンピュータに移すことは可能なのか。ネットワーク上のデジタル情報もまた、生命だと言えるのか。これらの問いは次第に「SF」から「現実」の領域へと移ろうとしているが、それに答えるためには「生命」という「お化け」の正体を見極めることが不可欠だ。
 水の中にいる魚が水を意識しないように、現に生命たる私たち人間には、生命について、どうしてもわからないことがある。
「エーテル」や「生気論」のような「お化け」をいたずらに迷信だと片付けることなく、むしろ「お化け」を積極的に認めて、それを見極めることが必要だ。
「お化け」を消すためには、私たちはまずは「お化け」を見極めなければならない。
 生命を理解するためには、一度、非生命の不気味な沈黙の側に立たなければならない。水に親しむためにはいったん水を出なければならない。
 生命という「お化け」が、二十一世紀が熟し始めた今も、文明の中をさまよい続けている。私たちの住む部屋の中に「お化け」はいつまでいるのか。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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