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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第46回 [2017年某月某日 そこにしかない、特別な喜び]

更新日:2018/01/10

 最近、スマートフォンを用いて、写真や動画を撮ることがすっかり日常になった。
 特に、いわゆる「ユーチューバー」として、動画を投稿する習慣ができてからは、「素材」として、2秒くらいの短いムービーを撮ることが増えた。
 撮影対象は、ちょっとした風景。空の表情や、木々の様子など、何気ないありさまを収めるのが好きだ。
 そんな中、気づいたことがあった。歩いていて、鳥が飛んできたり、電車が走ってきたりして、「あっ、この瞬間が素敵」だと思うことがある。ところが、スマホを取り出して、カメラアプリを立ち上げているうちに、過ぎ去ってしまうことが多い。鳥は飛び去ってしまったり、電車の位置が変わってしまったりして、心が動いた光景とはもう別物になっている。
 それでも、撮らないよりはマシだと撮影するが、何とはなしにもの足りない。もちろん、決定的瞬間の後の時間にもそれなりの味わいがあるし、時には、そちらの方が良かったりもするのだけれども、あの、心に残る鮮烈な瞬間は、永遠に過ぎ去ってしまって、もうここにはない。
 あっ、これを撮りたい、と思って準備した時には、もうそれはない。この問題を解決するには、ずっと撮影を続けているしかない。ドキュメンタリー番組のカメラなどは、だから、ずっと回し続けているのだという。いつ決定的なイベントが起こるのか、あらかじめ予想ができないからである。
 しかし、個人が生活している中で、ずっとカメラを回し続けていることは、難しい。ひょっとしたら、将来的に、いわゆる「ライフログ」の技術が進んでそのようなことが可能になるかもしれない。そのような時代が来ない限り、はっと心が動いたその瞬間を記録し損なうという事態は、続くだろう。
 後悔は日々尽きない。
 あの時、鳥が水辺に降り立った、その瞬間を記録しておきたかった。
 山手線が新幹線と並んで高架上を走るところを動画で残しておきたかった。
 そのような「撮り逃し」を重ねるうちに、私はなんだか不思議な気分になってきた。スマホで録画できているかどうかということは、実は、大した問題ではないのではないかと思えてきたのである。
 たとえ、撮影が間に合わないとしても、私の脳は、ありありとその様子をとらえている。その鮮明な印象を認識している。
 残念なことに、意識というものの成り立ちとして、時々刻々と見ているもののごく一部分しか、言語で記述できるようには認識できず、記憶もできない。従って、私に鮮明な印象を残したその決定的瞬間も、私は、あっと言う間に「忘れて」しまうだろう。
 しかし、この忘れるという事象は、決して、脳の中に何らの痕跡も残らないということを意味するのではない。むしろ、そのような映像が脳内で処理されると、痕跡は確実に残る。神経細胞のネットワークの中に、間違いなく刻み込まれている。ただ、その痕跡を、あの時こうだったというかたちでは取り出せなくなるというだけの話である。
 映像記録に撮らなくても、私たちが日々経験していることは、脳の回路に刻み込まれている。つまりは、脳の中に「ビッグデータ」として収納されている。
 今急速に発展している人工知能においては、どのようなデータをインプットするかが鍵だと言われている。研究者、技術者によっては、生物に擬して、「食わせる」という表現を使うことがある。
 その意味では、私たちは、日々、自分の脳に感覚情報を「食わせて」いる。写真や映像で記録されるかどうかは本質ではない。朝起きてから、夜寝るまで、さまざまな情報を脳に「食わせる」ことで、回路が耕されていく。
 決定的瞬間を記録し損なうことは残念だが、脳の機能としては、もう充足している。その鮮烈な瞬間を経験しただけで、必要十分なデータが脳内にインプットされているのだ。
 そして、その記憶は、落ち葉がやがて腐葉土になるように、次第に整理され、熟成され、私という人間を作っていく。
 思い返せば、小学校の遠足で磐梯山に登った際、見事な風景を見た気がする。南の島で、サンゴ礁の端まで行った時に、赤黒い落ち込みに戦慄した。コスタリカで、オオハシのペアが飛んでいった時、そのクチバシの色が鮮やかだった。
 これらのどの瞬間も映像や写真では記録はされていないが、脳への入力としては、もうこれだけで尽きている。
 その場所にしかない光景。その時にしか感じられないこと。
 人生は一回性の繰り返しで、私たちは二度と同じ場所、時に戻らない。
 万物は流転する。
 それで良いわけだが、ライフログのように、あたかも人生の全てが記録できるかのごとき技術的幻想が撒き散らされる現代でもある。だからこそ、かえって、「今、ここ」に没入することのかけがえのなさが輝くのだろう。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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