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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第41回 [2017年某月某日 街路樹は柳]

更新日:2017/10/25

 私が通っていた高校は、世田谷の学芸大学駅から歩いて十五分くらいのところにあった。
 駅前の商店街を抜けて、静かな住宅地に入る。その中をゆったりと辿っていくと、やがてかつては大学の敷地だったという美しい校舎に至った。
 確か、途中に材木屋さんがあって、たくさんの木材が並んでいたのが、景色の流れの一つのアクセントになっていたのを、今でもありありと思い出す。
 学校に行く一番の近道はこの道だったが、もう一つ、別の行き方があった。そちらの方は、当時、「恋人たちの道」と言われていた。
 在校生のうち、カップルたちが、少し遠回りのそちらのルートを通って学校と駅の間を行き来していると言われていた。そんなことに縁遠い私は、噂で聞いているだけのことだった。
 ある日、ふと思い立って、放課後、その「恋人たちの道」の方を通ってみた。生徒たちがたくさんいる「通常ルート」に比べると、随分と人影が少ない。早足で歩いていると、本当に、前方にゆったりと歩いている男女の一組がいた。制服で、自分の学校の生徒とわかったのである。
 その二人を見た時、私は、自分が何か悪いことをしているような気持ちになって、慌てて目を伏せた。そして、次の十字路で横道に逸れて、「恋人たちの道」を離脱した。
 話はそれだけで、その後、在校中、私は二度と「恋人たちの道」を通ることはなかった。卒業後、不思議なことに、記憶の中でその道が次第に視覚的に変化していった。学芸大学の駅から、その道がずっと見渡せていて、その両側に緑あふれる木があるような、そんな気持ちがしてきたのである。
 おそらくは、ユーミンが、松任谷由実さんではなく、荒井由実さんだった時代のサード・アルバムの中にある、屈指の名曲の影響なのだろう。恋人とかつて通っていたその道も、今では電車から見ているだけというその歌詞に、私は、何故か、学芸大学の駅から学校へと続く、「恋人たちの道」のイメージを重ねてしまっている。
 ゲーテは「詩的真実」ということを言ったが、人間には、「記憶的真実」というようなものがあるような気がする。かつての経験が、長い時を経て、記憶の中で、あるふしぎな形を取り始める。その「記憶的真実」の方が、実際にそうだったその日々の経験よりも、やがて、自分の人生の中で、ありありと感じられるようにさえなる。
 ユーミンの名曲の中では、通った道の両側にあるのは、柳の木だった。
 私は、昔から、街路樹は柳でなければいけない、という気がしている。
 かつて、東京の銀座の街路樹は柳だった、という話は、いろいろなところで聞いたことがある気がするし、映画などでも見たことがあるように思う。前回の東京オリンピックの頃から柳は徐々になくなっていってしまったようである。
 柳の魅力は、風に揺れるその風情で、あの、だらんと垂れ下がった葉っぱには、やさしさや癒やしがある。
 自分が歩く道には、柳があって欲しい気がするし、その方が、ゆったりと歩けるような気がする。だから、最近では随分と少なくなってしまったけれども、きわめて稀に柳の街路樹がある通りに出会うと、本当にうれしい。
 高校時代、私が学芸大学の駅から通っていた道にも、「恋人たちの道」にも、柳の木はなかった。ただ、ユーミンの名曲の歌詞に誘われ、私の脳の中の記憶的真実の中で、柳がゆったりと揺れているような、そんな気がしているだけのことである。
 子どもの頃から、ずっと、いつかは柳の木のある家に住んでみたい、と思っていた。どうやら、その発想のルーツは、『赤毛のアン』にあるらしい。
『赤毛のアン』シリーズで、ギルバート・ブライスと婚約した主人公のアン・シャーリーが、サマーサイドという街に下宿しながら先生をやる巻の原題は、直訳すると『柳風荘のアン』と言う(邦題は『アンの幸福』)。
「柳風荘」と名付けられた下宿には、当然のことのように大きな柳があって、その柳のある下宿でアンが青春時代の最後を過ごす、というイメージが、子どもの頃から好きだった。
 高校になると、英語で『柳風荘のアン』を読んでいたが、ある時、この作品のタイトルには、「柳」の代わりに「ポプラ」を使ったものもあることを知り、ショックを受けた。
 確か、作者のルーシー・モード・モンゴメリの母国のカナダでは『柳風荘のアン』だったのが、アメリカで出版される時には「ポプラ」になったのではなかったか。
 アンが、下宿先の愉快な世話人、レベッカ・デューと騒動を起こすその舞台には、やはり、どうしても柳の木がなければならない気がする。
 ひょっとしたら、学芸大学駅から高校に行くまでの道には、本当に一本くらいは柳の木があるかもしれないから、今度、機会があったら、通学する恋人たちの邪魔にならないように、こっそり見に行きたいと思う。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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