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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第39回 [2017年某月某日 例えばごくありふれた緑の田の中を]

更新日:2017/09/27

 スティーヴ・ジョブズのスタンフォード大学の卒業式でのスピーチはよく知られている。
「ハングリーであれ。愚かであれ」
 ジョブズの言葉は、今後幾年にもわたって若者たちをインスパイアし続けることだろう。
 このスピーチの中で、ジョブズは、人生において「なすべきこと」を見極めることの大切さを強調している。
 もし、今日が「生涯の最後の日」だとしても、今やっていることをするかどうか?
 この答えが、「ノー」であることが続いたら、君の人生は問題を抱えている、そうジョブズは言う。
 力強い言葉である。
 私たちの多くは、生活のため、あるいは惰性で、本来自分がやりたいことと違うことを続けている。もし人生に限りがあるとすれば、今日が、「生涯の最後の日」だとしたら、一体何をするのか?
 このような問いを自らに課すことで、自分の人生を見つめなおすことができる。
 おそらくは、ジョブズは何度もそのような問いを自らに投げかけてきたのだろうし、そのことで、自分の人生を磨き上げてきたのだろう。
 時間は、誰にとっても平等に経過する。時々刻々と人生の様相は更新され、二度と全く同じ状況は生じない。
 そして、いつか、私たちの人生の時間は終わる。どんな人にとっても同じように。人生とは、「生涯の最後の日」のための準備である、という言い方もできるだろう。
 ジョブズの言うように、「生涯の最後の日」がいつか来ることを意識しつつ人生を生きることは、大切なことに違いない。問題は、その結果として、どんな人生を送るのか、ということである。
 以下で書くことは、きちんと言葉を尽くさないと誤解されると思うのだが、大切なことだから、記しておきたいと思う。
 最近つくづく思うのは、人生のすべてはおそらく「無意味」だということである。
 正確に言えば、すべての意味は「文脈」に依存している。たとえ、ある文脈の中で、ある人の人生が成功し、輝かしいものであったとしても、そのことで、その人の人生が特別なものになるわけではない。
 すべての人生が特別なものであり、そしてすべての人生が特別ではない。人生には結局「今、ここ」の積み重ねしかないのであって、平凡な人生も、非凡な人生も実は区別はないと実感するようになった。
 そんなことを思うのも、たくさん歩いたからかもしれない。
 もちろん、スティーヴ・ジョブズの人生は立派なものである。アップル・コンピュータを創業し、マッキントッシュを世に送り出した。アップルを追い出されると、今度はコンピュータグラフィックスで映画を作る「ピクサー」を創業した。アップルに戻って、「iPhone」のような革新的な商品を再び世に送り出した。
 そんなジョブズに憧れる若者がたくさんいることも理解できる。その人生は波瀾万丈で、ドラマに満ちている。自分も第二、第三のジョブズになりたい、という若者がいることは、心強いことである。 
 その一方で、この地球に住む七十億人のすべてがジョブズになれないことも、事実である。プロサッカー選手を夢見るすべての少年が、ワールドカップに出られるわけではないし、作家を志望するすべての若者が、文学賞を受けるわけではない。
 それでは、「そこに至らない」人生が、「そこに至った」人生に比べて価値がないものである、というようなことがこの世にあるだろうか? あるとしたら、それは、そのような「差別」をする人の妄想、ないしは勘違いの中にあるのだろう。
 人生は、すべて、平等である。「今、ここ」の積み重ねという意味において、変わりがない。どんなに成功した人生も、平凡な人生も、有名な人も、無名な人も、総理大臣も、女子高生も、みな「今、ここ」の積み重なった意識の流れにおいて、同じである。
 これは、きわめて平凡な真実だが、しかし往々にして忘れ去られていることである。教科書の一ページ目に書いておくべきくらいの、大切な人生の原理ではないか。
 私は時々思う。スティーヴ・ジョブズが仕事の手を止めて、目の前にあるコーヒーカップを見つめている意識の流れは、平凡な会社員生活を送り、窓際族に追い詰められたおじさんがコーヒーに一息つく、その「今、ここ」と基本的に同じであると。
 人生は何をやっても、結局同じことである。しかし、だからこそ、ベストをつくすべきなのではないか。究極的には無意味だからこそ、頑張る。そんな考え方が、一番ストレスがないように思う。
 歩くことは、成功とか失敗とか、格差とか、さまざまな文脈に絡め取られてしまった、人生の表面的な「評価関数」から、私たちの生の「今、ここ」の本質を取り戻す。私たちは、息づいている自分の生の二度と戻ってこないかけがえのなさに気づく。
 今日が「生涯の最後の日」だとしても、私は変わりなく歩くだろう。
 例えば、ごくありふれた緑の水田の中を。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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