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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第35回 [2017年6月某日 迷宮への入り口]

更新日:2017/07/26

 最近気になっているのは、人生には無限の奥行きがあるということで、こう書くと陳腐なようだが、しかし、事実なのである。
 しかも、その無限の奥行きは、至るところにある。わかった気になっていると、油断する。しかし、少しでも奥行きの入り口が見えてくると、その向こうに見える遠く深いトンネルのようなものに誘われて、一つ所にとどまるということがなくなってしまう。
 世界の至るところに、そんな「迷宮」がある。
 例えば、小さなことだと、麺の茹で方。
 ラーメンとかジャージャー麺を茹でる時に、袋に「3分」とか「4分」とか書いてある。私は、言われた通りにタイマーをセットはするけれども、茹でている時に、時折一本ずつ麺を箸ですくい上げて、その味の感触を確かめてしまう。だいたい、20秒に一回くらい。
 すると、最初はポキポキしているのが、次第にしんなりしてくる。そうやって数本、続けて「味見」をしていると、一体、最適な茹で上げの時間はどのあたりにあるのか、ということに迷いが始まってしまう。
 麺の袋に書いてある「茹で時間」というのは、あくまでも、メーカーの方々が多くの消費者にとって、まあそれほど外れていないだろう、という一つの目安として書いているのだろう。「好み」によって、それより短くても、長くてもいいのだろう。パスタの茹で方では、歯ごたえがある程度に芯が少し残った「アルデンテ」が有名だが、ラーメンでも、ジャージャー麺でも、他の麺でも、一体どんな茹で方がいいのか。
 一番良い茹で方が、「アルデンテ」なのか、それとも、もっとしっとりしたものなのか、もはやわからない。麺の質や、その食べ方にもよるかもしれない。麺の茹で方一つであれこれと悩むのもへんな話だが、つまりは、世界はそんな「迷宮」への「入り口」に満ちている。
 今年になって、毎日のランニングで走る距離を基本的に10キロに延ばしたので、私はもう一つの迷宮への入り口に気づくことになった。
 夏が近づくにつれて、太陽が強くなり、暑くなる。そんな時、これまでは短い距離を走ることで対応してきた。
 それが、10キロ走るとなると、とても耐えられない。そこで、私は新しい策を編み出すことにした。
 私のランニングするコースの途中に比較的大きな公園があり、その公園には木立ちがある。そこで、暑くて日差しが強い日に走る時には、その木立ちの陰をぐるぐると回ることにしたのである。
 実は、10キロ走ると決めるまでは、それほどまでに日差しに敏感ではなかった。ところが、長い距離を走るようになって初めて、気温が高い日に太陽の光を受けて走るのと、木立ちの陰を走るのとでは、体感気温が全く違うということに気づいたのである。
 人間の認知というものはどうも不思議で、ある文脈、必要が生じないと、その方向の感性まで研ぎ澄まされない。感覚というと受け身のようだが、むしろ必要に応じてアクティヴに「探し」に行くのである。そこに迷宮が現れる。
 強い日差しを避けるために木立ちの下をぐるぐる走っていると、不思議な感覚になってくる。もともと、私は走る際には景色の変化を求める傾向があり、同じコースを何周もするのは苦手である。だから、木立ちの下を走るにせよ、その限られたエリアの中で、できるだけ異なるルートを工夫して走るようにする。
 そのように走っていると、次第に自分が蝶になったような気持ちになってくる。
 木立ちの下には、さまざまな蝶が飛んでいる。黒いアゲハチョウは堂々と飛び(私の走っているその木立ちのあたりでは、全部で6種類の黒いアゲハチョウが飛んでいる)、タテハチョウやシジミチョウもそれぞれのやり方で飛翔している。
 アゲハチョウ類には「蝶道」という特定の飛行ルートがあり、日照や花の位置や幼虫の食草など、さまざまな因子が総合されて決まる。蛹(さなぎ)から羽化した彼らが、初めて経験する世界でどのように飛ぶ道を決めているのかはまさに神秘だが、生物にはそのような驚くべき力がある、としか言いようがない。
 私もまた、木立ちの中を何回も、さまざまなルートを走りながら、自分だけの道を探す。今までランニングの途中で通り過ぎるだけだった木立ちの中の、無限のニュアンスに気づき始める。どうやって太陽光線を避けるか。興味深い植物を見回るか。風を求めるか。自然の万物と交感するか。模索することは尽きることがない。
 木立ちの下をぐるぐる走る。そんな単純なことでも、そこには、奥が全く見えない迷宮への入り口がある。私は小学校の頃からずっと走っているわけだが、そんな「穴」が世界にぽっかりと開いているなんて、今まで気づかなかった。
 麺の茹で方にせよ、日差しを避けての木立ちの下のランニングにせよ、本当に些細なことだが、目を向ければそこには無限のニュアンスがある。そのような認識は、私を喜ばせるとともに当惑させる。
 人生の至るところに迷宮への入り口。そんなことを考えると、なんだかとても頼もしく、一方で切ない気持ちになってくる。
 私たちはそのほとんどに気づきもせずに人生を終えてしまうのであろう。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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