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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第28回 [2017年某月某日 テンポ設定が重要なのだ]

更新日:2017/04/12

 時間は、どんなに抗おうとしても、とりかえしのつかないかたちで流れていってしまう。
 時間を巻き戻すことができず、「明日」はすぐに「今日」に、そして「昨日」になってしまうとすれば、私たちにできることは、たとえば、「テンポ設定」なのではないだろうか。
 テンポは、音楽において重要である。同じ音楽でも、どのようなテンポで演奏するかによって全く違った印象になってしまう。
 クラシック音楽の録音をパッケージしたCD、古くはLPには、演奏時間が重要なデータとして記されていることが多い。マニアたちは有名な指揮者やオーケストラによる録音を評する時にしばしば演奏時間を重要な指標とする。通例に比べて速いテンポ、遅いテンポは、それぞれ、音楽に対する独特の姿勢を示すことが多い。
 音楽は生命であり、生命は音楽である。
 テンポは、私たちの生理の一番奥深いところに潜んでいて、私たちの生命を刻み、身体を変化させる。
 だからこそ、私たちは生きる上でのテンポ設定を重視しなければならないのだ。
 テンポは、仕事の遂行においても重要な役割を果たす。
 どうにも気が進まない仕事はある。単純作業の繰り返しだったり、面倒に感じられたり。あるいは、そもそも、意味がわからないけれども取り敢えずはしなければならないことだったり。
 そのような時に、適切なテンポ設定をすると仕事が進むことは多い。10分でやってしまおう、素速く片付けてしまおうとあらかじめ時間に関する取り決めをしてしまうことで、嫌で仕方がなかった仕事が、なんだか楽しくなってしまうのだ。
 逆に、比較的時間に余裕のある時には、音楽を聞きながら、あるいはゆっくりとお茶を飲みながらだらだらと仕事をするのも楽しい。一輪の花が活けられて、ガラス窓から白い光が差し込んでいるような部屋だとさらに良い。猫がひだまりで寝てでもいれば最高である。
 食事におけるテンポ設定も大切である。
 いそがしい時には、コンビニでおにぎりとドリンクを一つ買って、歩きながら済ませることもある。ずいぶんと慌ただしいけれども、それで命がつながるありがたさには変わりがない。
 牛丼やそばなどのファーストフードは、入店して注文し、料理が出てくるまでの早さが命である。たいてい空腹で入るから、目の前に置かれたものはあっという間に平らげてしまう。店に入ってから出るまで10分もかからないことが多いだろうが、それで別に慌ただしいとも感じない。
 逆に、たのしい会食は、18時に始めて気づいたら22時というようなこともしばしばある。いくら話しても足りない。レストランの人も、料理やお酒を運んでくるタイミングを、芸術的に調整してくれる。
 ファーストフード店における10分の食事と、レストランでの4時間をかけた会食のどちらが良いのかと問われればどちらも大切だとしか言いようがない。いずれにせよ、本質的なのはテンポ設定である。食べるという行為には変わりがないとしても、テンポ設定によってその体験は大きく変貌する。
 テンポはその人に固有の生理であるから、そのことを他人に強制されると苦しかったり腹が立ったりする。
 日本では、「新興」の、店名や内装をいかにも「企画」しました、という風情の居酒屋などで、予約や入店時に「2時間制でお願いします」などと言われることがある。そのような店には二度と行かない。客がどんなテンポで食べたり、飲んだりするかということを店側が管理しようという姿勢が気に食わない。
 何かをするタイミングも、ほんとうは自分で決めたい。今すぐここで何かをしろ、と言われるのは多くの場合苦痛である。
 英語では、「in your own time」(あなた自身のタイミングで)という素敵な表現がある。
「これをなさって頂きたいのですが、それをいつなさるかは、ご自身のタイミングで決めていいのです」という相手の生理の固有性に対する配慮が感じられるから、私はこの言い回しが好きだ。
 テンポやタイミングが大切なのは、ウォーキングやランニングも同じである。ウォーキングしている時に走り出してもいい。あるいは、走っている時にゆったりと歩き始めてもいい。
 いつ走って、いつ歩くか。エキササイズの生理は、自分で決めて良い。そのテンポ設定の自由こそが、エキササイズをストレスなく長く続ける秘訣である。
 必ずこの距離をこの時間で走らなくてはならないとか、ここからここまでは走り続けなければならないなどといった指示は、アスリートでもない限り苦痛だ。空間移動のテンポ設定やタイミングは、自分の自由でいい。
 歩いてもいいし、走ってもいい。いつ歩きだしてもいいし、走り始めてもいい。人生全般において、時間の生理は自分で決めて良い。テンポ設定こそが、人生という芸術の核心である。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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