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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第16回 [某月某日 裏道のディフォルト・モード・ネットワーク]

更新日:2016/10/12

 人生には「表通り」と「裏通り」の両方があるとして、そのどちらを歩いて行きたいだろうか。
 大抵の人は、表通りの方を歩いて行きたいと思うだろう。
 表通りには、たくさんの人が行き交っている。流行の最先端があり、儲かっている店がある。放っておいても、情報があれこれと入ってくる。そのような表通りを行けば、それだけ楽しい、と感じることも多いだろう。
 一方、裏通りには、表通りほどの人がいない。開いている店も、それほど儲かっていない。少し、流行遅れの感もある。情報は、あまりない。そして、楽しいというよりは、むしろ、落ち着きがある。要するに、表通りほどの「華」がない。
 裏通りを行く人は、表通りを行く人を、羨むこともあるだろう。そして、できれば、表通りを歩きたいと思うことだろう。というわけで、表通りと裏通りを比較すると、前者の方が良い、というのが、世間の常識ではないだろうか。
 しかし、私は、こうも思う。見方を変えると、裏通りの方が、歩いている時間の流れの「質」がより生命にやさしい、という側面もあるのではないか。表通りは、あまりにも、「効率」、そして「機能」に串刺しされてしまっている。自動車が行き交って、騒音が激しいこともしばしばである。何よりも、多くの人が表通りを歩く中、それとは異なる裏通りを歩く、ということにユニークさがある。
 だから、私は、時に、敢えて裏通りを歩く。人生においても、実際の町並みにおいても。多くの場合、裏通りを歩くことの方が、表通りを歩くことよりも、深く広い恵みを与えてくれるように思う。
 裏通りには、個人がひっそりとやっているお店があったり、軒先に植木を置いている家があったりする。時には、猫が歩いている。小さな空き地があって、雑草が生えていたりする。都会の真ん中にこんなものが、というような、小さな神社もある。
 何よりも、裏通りには、ゆったりとものを考える自由がある。裏通りには、取り立てて見るべきものがない代わりに、一つの落ち着いた「風景」がある。その中に身を置いて、時間の進行を自分の内側にしみこませていくと、表通りでは得られない、自分の「深堀り」が可能になっていく。
 脳の中には、特定の課題を遂行するのではなく、アイドリングしている時にだけ活性化する、「ディフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる一連の回路がある。何かに忙しくては、活性化しない。むしろ、暇で、やることがないからこそ、活性化するのである。
 ディフォルト・モード・ネットワークの役割については、近年研究されているところであるが、記憶を整理することが一つの働きではないかと考えられている。脳に入ってくるさまざまな経験を整理することで、新しい発想が生まれやすくなる。心がすっきりする。ひらめきや、創造性が促進されるのである。
 記憶だけでなく、感情のさまざまなひずみ、偏りも整理され、バランスが回復すると考えられる。いわば、脳が「マッサージ」されるようなプロセスである。現代人は、さまざまなストレスを感じて、生きている。そのようなストレスを、整え、まとめ、解消していく。そんなストレス軽減の役割を、ディフォルト・モード・ネットワークが担うのである。
 このような、大切な役割を果たすディフォルト・モード・ネットワークは、表通りよりも、むしろ裏道りでこそ活性化する。表通りには、刺激が多すぎる。流行の最先端の店や、話題のレストランなどがあると、ついついそちらを見てしまう。そのような、華やかさがない、地味で控えめな裏通りだからこそ、ディフォルト・モード・ネットワークが活性化する余地が生まれるのである。
「表通り」よりも「裏通り」の方が、かえって、自らの内面を深堀りし、ストレスを軽減し、結果として、心を整え、生命そのものに向き合える。これは、人生においても、同じではないだろうか。
 人生の表通りを歩く人は、注目を浴びて、華やかな仕事をこなすかもしれない。どこに行っても人に囲まれ、賞賛され、期待される。そのような人生も、楽しいだろう。
 しかし、そのような人も、時には、裏通りを歩くのが良い。誰にも見られず、顧みられず、期待もされず、放置されて、ただゆったりと、一歩ずつ、距離を刻む。そのような時間の中でこそ、初めて立ち上がる、心のゆとり、光がある。
 いつも裏通りを歩いているという人も、悲観する必要はない。そこにこそ、浮わついた栄華ではない、生きる実感があるのだ。
 人生を振り返った時に、表通りの時間と、裏通りの時間の、どちらが愉しさとともに想起されるだろうか。少なくとも、表通りだけの人生は、つまらないだろう。
「酒の中にこそ真実がある」(In vino veritas)というラテン語の警句がある。お酒で心がリラックスして、ほんとうの話が出るという意味である。
 同じように、「裏通りにこそ真実がある」と言えるだろう。裏通りをゆったりと歩いてこそ、出会えるほんとうの自分があるのだ。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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