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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第13回 [2016年某月某日 雨のカーテンにくるまれて]

更新日:2016/08/24

「レインシャワー」という言葉を、いちばん最初に聞いたのは、いつだったか。
「レインシャワーっていいですよね」と言ったその表現が、いかにも素敵なファンタジーの世界に導くようで、まだ経験したことがなかった私は、へえ、と一瞬立ち止まった。そして、今飛んでいったきれいな蝶はどちらに行ってしまったのだろうと、しばらく、きょろきょろと見回すような、そんな気持ちになった。
 それからしばらくして、たまたま、滞在先のホテルに「レインシャワー」がついていることがあった。使ってみると、本当に、空から雨が降ってきているような、そんな感触があった。
 レインシャワーは、天井についていて、そこから水が降ってくるのだけれども、普通のシャワーよりも、水滴がやさしく、ゆったりと頭に落ちてくる気がする。水圧で「ぶつかってくる」感じではなく、ふんわりと降りてくるのである。
 目をつぶって、髪の毛を洗っていたりすると、水滴が、天からの恵みであるかのようにさえ感じられる。昔の人が、干天を見上げて恨み、雨を希(ねが)って、やがて、ぽつり、ぽつりと降ってきた時の踊りだしたくなるような根源的な歓びが、レインシャワーには、タイムカプセルのように、閉じ込められている。雨と人間の関わりの、初源を確認できる。ガラスとコンクリとスティールに囲まれた、近代文明の中で。
 雨の中を歩く、というイメージが、いつも、私の心の中にはある。
 ピーター・ポール・アンド・メアリー(PPM)の代表曲と言えば『パフ・ザ・マジック・ドラゴン』。一方、それほど知られてはいないかもしれないけれども、朝の雨の中、行先もなく歩く人のことをうたう『アーリー・モーニング・レイン』も好きだ。
 朝降る雨には、どこか優しさがある。これから一日が始まるという本来「希望」の時間帯だからこそ、「雨」がもたらす意外なコントラスト、心の落ち着きが、私たちをやさしく包んでくれる。胸にどんな悲しみを抱えていても、雨は、それを癒やしてくれるのだ。
 雨には、空間の中に、もうひとつ、空間をつくり出す、そんな作用がある。カーテンのように、私たちの周りを包み込み、そして、より広い世界との間に、ワンクッション置いてくれるのだ。
 雨は、だから、私たちの自我のあり方を変容させる。自我を、むき出しの世界から守ってくれる、コクーンのような存在でいてくれるのだ。
 そう考えると、本当は、人生の日常の中でも、いつも、適切な分量の雨が降ってくれていればいいのにと思う。
 雨は、一種のまろやかな「感覚遮断」である。外からのさまざまは見えている。聞こえている。その上で、リアルタイムで反応することを求められるのではなく、敢えて自分の中に閉じこもり、いろいろと探り、再構成し、やがて晴れ上がり、浮かび上がる、そんな心の余裕を与えてくれるように思うのだ。
 言葉の習得には、「沈黙の期間」と呼ばれる時間の流れがある。母語でも、第二言語でも、それを習得する者は、一見何のアウトプットもせずに、ただ受け取っている、そんな時期があるのだ。
 しばらくの間、ただ見たり聞いたりするだけで、自分からはほとんど出力しない。だから、外から見ていると、果たして学習しているのかどうか、わからない。
 それがある時期になると、突然、堰(せき)を切ったように猛然と話しだす。まるで、静かに降っていた雨が、いつの間にか溜まっていて、生命の勢いを得て流れだすかのように。
「沈黙の期間」においては、しばしば、「自身との会話」が観察される。学習者が、他人と話す前に、自身と言葉を交わす行動をとるのだ。まるで、世界との関わりを持つ前に、リハーサルをしているかのように。
 かつて、哲学者のヴィトゲンシュタインは、たった一人にしか通用しない「私的言語」の可能性を検討し、それを否定した。私的言語自体は存在しないかもしれないが、言語習得における「沈黙の時間」においては、心が外に向き合う前に、自身の中に意識が向かう、そんな危うく、そして幸せなフェーズが経由される。
 情報化が進んだ現代において、私たちは皆、小さなプライベートな空間を必要としている。現状よりもはるかに多くの私秘性を本来必要としている。
 だから、いつも、それとは気づかないようなかたちで、雨が降っていればいいのにと思う。
 実際に雨の中を歩くときには、その強度は重要な因子である。理想的には、夏の夕暮れなどに、ぽつぽつと、傘を差す気にもならないほどの、細かいやさしい雨が降っていれば良い。
 そして、雨の中を歩きながら、私たちは、いつも晴れ上がりを待っている。虹は、雨上がりに固有の一つのやさしい奇跡である。虹は、多様性の象徴であり、自我がそれを包む繭(まゆ)をやぶって、他者と関わる際の、一つの応援歌でもある。
 私たちは、雨というクッションがあって初めて、他者や世界とやさしく関わることができる。
 すべての人の人生に、適切な規模の雨がありますように。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
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