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ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第114回 [2020年10月某日 固有名と意識]

更新日:2020/11/11

 人間の思考というのは不思議なもので、ある考え方が、突然真に迫ってくるということがある。
「固有名」に関する哲学的議論は、高校生くらいから何度も繰り返し読んだり聞いたりしてきたのに、先日、東浩紀さんの本『存在論的、郵便的――ジャック・デリダについて』(新潮社 1998年)の中で、「固有名」の本質は「訂正可能性」だということが書かれているのを見た瞬間、それがとてつもなく重要なことだということが一瞬のうちに了解された思いだった。
 たとえば「ソクラテス」は本を書いたことがないことになっているけれども、これから見つかるかもしれない。あるいは「ソクラテス」は実は女性だったかもしれない。そのような変更、訂正可能性を経ても、「ソクラテス」は「ソクラテス」である。
 東さんが書いていらしたのはそのようなことだったけれども、その数行の文章を読んだときに、初めて、「固有名」をめぐるさまざまなことが自分の中で「これはヤバい」と感じる問題として身体化されたように思った。
 最近出版した自分の本、『クオリアと人工意識』(講談社現代新書)の中で、私は、エピローグで、ほんとうにさりげなく、「意識は実は一つしかない」という考え方に触れた。
 脳の回路から意識が立ち上がるメカニズムの本質を考えると、また、「私」という存在が経験などを通していくらでも変化する可能性があることを踏まえると、「私」が「私」であるということの確実性は実はあやしい。自分とは全く違う「自己意識」だと思っている他人の存在も、自分から連続的に変化させることができる(かもしれない)。
 顔のかたちや、声の様子や、それから記憶や、そのようなものは可変項であって、連続的に変化させることができる。だから、全く別の人格であると考えている他人は、本当は宇宙にたった一つしかない「意識」のあり方のバリエーションであるかもしれない。
「茂木健一郎」という「固有名」を持った私の「意識」が、長い宇宙の歴史の中でたった一度だけ生まれて、せいぜい100年の生の間だけ存在し、死ねば消えてなくなってしまう。そして、二度と戻ってこない。そんな「固有名」を持った「人格」や「自己意識」のあり方についてのいわば現代の「セントラルドグマ」のようなものが、実際にそうなのかどうか、大いに怪しい。
「固有名」を持った「私」という「自己意識」が宇宙の歴史の中でたった一回だけ現れて、やがて消えていく。「セントラルドグマ」のそのような考え方があやしい以上、ほんとうは、どんなことになるかわからない。
 それぞれの人が、「固有名」を持って生きていて、自分の利益を考え、他者性だとか、社会性だとか、そのようなことも揺るがない「固有名」を前提に考える。そんな思考法とは別の、いわば「底が抜けた」考え方は、きっとあるのだろうと思う。
 もちろん、社会生活を営む上で、「固有名」がある程度安定して存在していないと困ることはたくさんある。良いことをすればそれだけ社会的な地位も向上するといういわゆる「メリトクラシー」がある程度機能しなければ、健全な競争はあり得ないだろう。自分の遺伝子を少しでも増やそうという生物進化の基本原則は、そのまま、人間の「固有名」の問題にもつながっている。
 にもかかわらず、そのようないわば「擬制」が、この世界の「ほんとうのこと」とはずれているのかもしれない、真実は別のところにあるのかもしれないという感覚は、私たちが心のどこかで担保しておかなければならないことのように思う。
「固有名」の問題は、たとえば、LGBTQのようなジェンダーの領域にも接続する。私は「男」であるとか、「女」であるとか、そのようなものが揺るぎないものだと考えていると、少数派への共感や想像力が阻害されることがある。あるいは人種の問題。または、国籍。今日において、人類共通の倫理的課題として浮上しているさまざまなことが、「固有名」のゆらぎとして共通の基盤を持っているように思う。
「茂木健一郎」が「茂木健一郎」であることは、実は危うい。
 私の友人の郡司ペギオ幸夫が、以前、研究会で話していたとき、相澤洋二さんがずっと熱心にメモをとっていた(ように見えた)。研究会が終わって、相澤さんのノートを見ると、そこには、何十も何百も、「相澤洋二」という名前が書かれていたのだという。
「どうしたんですか?」と聞かれた相澤さんは、「いや、郡司さんの話を聞いているうちに、自分という存在が何なのか不安になってきて、名前をたくさん書いてしまったのです」と答えたという。
 こういう話が、私は好きだ。
 同じ文字をずっと見つめていると、それがばらばらになってよくわからなくなるゲシュタルト崩壊を起こす。
「固有名」もまた同じであって、同じ名前をずっと見ていたり、繰り返し書いていたりすると、それが何なのか、わからなくなる。
 だとすれば、物心ついた時からずっと同じ自分の名前に慣れ親しんでいる私たちは一人残らず、自分という「固有名」に対してゲシュタルト崩壊を起こしているはずで、そのことこそが生きる現場なのだろう。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

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このたび令和2年7月豪雨により各地で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。また、被災地等におきまして、避難生活や復興支援など様々な活動に 全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く謝意と敬意を表します。一日も早く 復旧 がなされますよう衷心よりお祈り申し上げます。

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