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ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第112回 [2020年9月某日 大阪へと続く道]

更新日:2020/10/14

 ぼくは、以前から、ネット上で時々見かける「拡散」という言葉が余り好きではなくて、何故なのだろうと思っていた。
 もちろん、自分がツイッターでつぶやいたことがリツイートされたりして多くの人に読まれればうれしい。だけど、自分から「拡散してください」と頼むことはない。また、「拡散希望」という文字列を書くこともない。どうしてそのように感じるのだろうかと思っていた。
 先日、写真家の藤原新也さんとお話しする機会があった。いろいろなことが話題になったのだけれども、その中で、藤原さんが「インスタグラム」には他者性がないというようなことを言われて、なるほどなあと思った。藤原さんは、時代の精神を反映した表現としての「インスタ」を決して否定はされないとおっしゃっていたけれども。
 インスタで撮るのは自分である。あるいは、自分の周囲の風景である。「インスタ映え」には、他者性はない。そこにあるのはあくまでも自分を映す鏡だ。インスタを撮る人はスマートフォンを自分とその周辺に向ける。そこには他者との向き合いはない。
 もちろん、インスタにアップして、それがたくさん閲覧されたり、「いいね!」がつくことを期待するという意味での他者性はあるのかもしれない。しかし、それはあくまでも「自己」を「拡散」するという意味での他者性である。どれだけ自分が拡散しても、世界に自分のコピーが増えていくだけだ。
 藤原さんの『メメント・モリ』のような作品には、言うまでもないけれども、ひりひりとするような他者性がある。緊張感がある。私は、藤原さんの『鉄輪(かんなわ)』という作品がとても好きなのだけれども、別府の街から山に登りそこに樹氷を見出すプロセスには真正な意味での他者性、異世界との出会いがある。
 一方、インスタにあるのは、自分の好みが反響して戻ってくる、いわゆる「エコーチェンバー」だ。そこには登山の末に出会う樹氷のような他者性がない。あるいは、樹氷ですら、インスタ映えするヴィジュアルにしてしまうのだろう。
 いつから、ネット上は反響空間ばかりになったのだろう。自分と同じような政治的傾向や社会的クラスターの意見や情報にばかり接する。異質なものに向き合おうとしない。その極端な例がいわゆる「インフルエンサー」と呼ばれる人たちなのかなと思う。
 私自身は、自分がそうだと思ったこともないし、目指したこともない。一方、ネット上にはどうやら自覚的にそう振る舞っているらしい人たちもいて、そんな人のツイッターアカウントの文字列を見ていると、終始、自分のことばかりだ。
 一年365日、俺のことを見ろ、私の言うことを聞いて、いいね! をして、リツイートをお願い、と叫んでいて疲れないのかと思うのだけれども、とにかくタイムラインに自分のことばかり並んでいる。時に炎上しても、結局私はどう、僕はこう、という自分まわりに引きつけたことばかりだ。
 本当に、うんざりしてこないのだろうか。本人たちが平気でも、見ているこっちが疲れてくる。
 SNSのそういうところは嫌だなと心の底から思っていて、しかし藤原さんの言われるように全否定はできず、私は最近いろいろな「利他性」の活動を始めた。
 とにかく、自分がいいなと思った「他人」のあれこれを紹介したり、リツイートしたり、コメントする。また、他人の本を読んで、そのレビューを動画で上げる。たくさん売れるように、リンクも張る。
 本を読むことには、そもそも固有のメリットがある。ネット上の情報は、どうせみんな接するので、そこでは差がつかない。本の中には、ネットには容易に流通しない情報が濃厚に含まれている。そんな本という存在を通して、利他性のネットワークを構築できればいい。
 もちろん、自分のことをつぶやかないわけではないけれども、何でも自分に引きつけて、拡散しようとする、いわゆる「インフルエンサー」たちの言葉の「インスタ」現象とは離れたい。自分を世界に広げるのではなく、自分が世界に耳を澄ませるのだ。
 ネットが、逆にお互いに相手の良いところを拾い集めてコメントし合う、利他性の場になったら、どんなに気持ちがいいだろう。それは結局回り回ってみんなのためになるはずだ。少なくともそのような成分を世の中に増やしていきたい。
 先日、ほんとうに久しぶりに大阪に仕事で行った。新幹線に乗って沿線の風景を見ているうちに、ああ、大阪って実在したんだなあと思った。
 コロナ禍でリモートの会議はたくさんやっているけれども、現実に大阪に移動するのは違う。沿線の田んぼや、山や、木々や、もの言わぬものたちを見ていたら、なんだか涙が出てきた。
 彼らは、自分たちをネットで拡散させようなどとは思いもよらない。だけど、息づいている。
 それから数日後、木々や海、空を見ながらゆったりとビールを飲む時間が少しだけあった。夕暮れになると、雲の向こうから星が一つ、また一つと出てきた。
 くだらないことだな。
 情報を得たり、出会ったりする場としてならばともかく、ちっぽけで些細な自分を「私を見て」とばかりに拡散して、たくさんリツイートしてもらって、その数を競っているいわゆる「インフルエンサー」の精神など、取るに足らないことだと直覚できて、ぱーっと解放されていくような良い気持ちだった。
 ちょうど夜風も吹いていたっけ。
 それぞれの時代に固有の悪癖がある。私たちはそろそろ「インフルエンサーの勘違い」から距離を置くべきなのだろう。そうでないと、ものいわぬ木々にも、空の上の星々にも、たくさんの良書にも、何よりも自分の魂にも接続できない。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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このたび令和2年7月豪雨により各地で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。また、被災地等におきまして、避難生活や復興支援など様々な活動に 全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く謝意と敬意を表します。一日も早く 復旧 がなされますよう衷心よりお祈り申し上げます。

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