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Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第110回 [2020年8月某日 BLMとルネサンス]

更新日:2020/09/09

 アメリカの黒人に対する差別への抗議から始まった一連の運動は、いろいろなものを根こそぎ変えていくような勢いを見せている。
 人類のどこにそのようなエネルギーがあったのだろう。コロナ禍で人々の感情の中枢が刺激され、現状を根底から見直すというような情熱が生まれたのであろうか。
 14世紀、ペストのパンデミックの後のフィレンツェでルネサンスの萌芽があったように、さまざまな文化の背景にある価値観が見直されて、書き換えられていくような気配がある。そこでは、揺るぎないものに思えたものさえ、再評価の対象となることから逃れられない。
 たとえば、名画『風と共に去りぬ』は、レット・バトラーとスカーレット・オハラの恋の物語だが、彼らの生活様式そのもの、また、自由気ままに振る舞えること自体が、黒人奴隷たちの労働に支えられていたことを忘れているとすれば、芸術としてどうなのだろうという見直しが生まれている。
 もちろん、ある作品をそれが生み出された時代背景から切り離して、今の価値観で断罪することは適切ではないという理性的な考え方もある。一方で、やはり、芸術の価値というものは、どこかで、人間というものをどれくらい広く深くとらえているかということによって担保されているのではないだろうか。
 もし、スカーレット・オハラとレット・バトラーの恋の物語の成り立ち自体が、彼らの生を成り立たせている差別や抑圧の構造に鈍感であるならば、それは、政治的に正しいか、正しくないかということではなく、「芸術」としての価値を減じることになる。そのような意識の芽生えは、決して悪いことではないと思う。
 芸術の価値は、「勇気」の量に比例する。ニューヨークのブロードウェーで大ヒットし、社会現象となり、数々の賞を総なめにしたミュージカル『ハミルトン』も、アメリカ建国の父たちが実際には白人だったのに対して、敢えて黒人やヒスパニックの役者たちを配したところに今日性と批評性があった。建国の父たちも、当時としては「移民」であって、それは現代のアメリカで言えば黒人やヒスパニックに当たるのではないか。さらに音楽を、荘重なクラシックではなくてヒップホップでありラップにする。そのようにして、文脈を切り替え、一方では本質を貫くことで芸術創造の本質を追求する。そのような「勇気」があったからこそ『ハミルトン』は高く評価されたのだろう。
 日本で言えば、公共放送で手垢のついた定型的な幕末、戦国時代の物語が順列組み合わせで再生産されている状況を打開するためには、クリエイティヴな読み替え、価値の書き換えが必要だろう。『ハミルトン』の試みは、例えば、いわゆる「征韓論」の動きに関与した西郷隆盛の役を韓国人俳優が演じるなどの大胆な配役、読み替えに相当する。もっとも、それが作品としてどのように成立するのか、しないのかは複雑で多岐にわたる検討が必要なのではあるが。
 クリエイティヴのための価値観の書き換え、更新は難しい。『ハミルトン』に対しても、アメリカ建国の父たちの多くが奴隷所有者だったということが十分に描かれていないという指摘、批判が出るなど、万人が納得するような「正解」があるわけではない。ただ、模索するプロセス自体が創造的であるということだけは信じて良い気がする。
 ところで、現在進んでいる価値観の見直し、書き換えの「ど真ん中」にある動きの一つとして、フェミニズムがある。男性と女性では、考え方、感じ方が違う。前提にしていることがずれている。典型的なジェンダー以外の多様なあり方を含め、できるだけ広く、対称的にしていこうという試みは現代の重要な文化運動だろう。
 川上未映子さんの『夏物語』はフェミニズムの文脈からの一つの問題提起とも言えるし、海外でもそのように受容されている。川上さんと村上春樹さんの対談がスリリングなのは、そこに、文学の背後にあるジェンダーの問題が見え隠れするからである。村上文学をフェミニズム的に読み解くことは、その課題の所在を明らかにし、新しい可能性を照射することにつながるだろう。
 配役をジェンダーと無関係に行おうという動きも始まっている。たとえばコードネーム007の役を、ジェームズ・ボンドという男性ではなく、女性に割り振ろうというのは一つの試みである。同じ線で、「毎度おなじみの」になりかねない戦国武将たちの物語を、信長、秀吉、家康といった人物を女性が演じることで新しいクリエイティヴが解放されるかもしれない。
 フェミニズムを社会運動としてだけとらえると、そこには堅苦しさや軋轢のような印象を持つ人が出るのは仕方がない。そうではなくて、従来の固定観念から解放されて自由に創造するという喜びの起点としてとらえると、魂が踊りだす瞬間がそこにはあるはずだ。
 作品だけのことではない。私たち一人ひとりの生き方もまた同じである。Black Lives Matterの運動を、対岸の火事として傍観するのではなく、自分の生き方に関わる読み替え、再検討の物語として引き受けることができたら、この曖昧で長い沼のような状況を抜けたときに見える景色が変わっているはずだ。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

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令和2年7月豪雨被災お見舞い

このたび令和2年7月豪雨により各地で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。また、被災地等におきまして、避難生活や復興支援など様々な活動に 全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く謝意と敬意を表します。一日も早く 復旧 がなされますよう衷心よりお祈り申し上げます。

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