集英社 知と創意のエンタテイメント 学芸・ノンフィクション

文字サイズを変更

  • Facebook
  • Twitter

文字サイズを変更

Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第105回 [2020年5月某日 死すべき猿のかなしみよ]

更新日:2020/06/24

 相変わらず世界はどうなるか見通せない状態の中にある。第二波、第三波も来るかもしれず、中長期的な予定がなかなか立てられない。
 そんな中、人々の心を癒やしているのは、芸術であり、エンターティンメントである。家にいる時間が長くなった分、音楽や映画を鑑賞して過ごしたり、本を読んでいるという人も多いのではないだろうか。
 アメリカで数々のホラー作品の傑作を発表している小説家のスティーヴン・キングが、次のような手書きのメッセージをツイッターでシェアして話題になった。
「もしアーティストは無駄だと思うのならば、自己隔離の期間を、音楽や、本や、詩や、映画や、絵なしで過ごしてみればいい」
("If you think artists are useless, try to spend your quarantine without music, books, poems, movies and paintings")
 確かに、文化活動は無駄だと思われることも多い。しかし、人間の精神にとってはむしろ不可欠な存在でもある。それどころか、時には生死にさえ関わるものですらあるように思う。
 人間の精神の成り立ちというのは本当にややっこしくて、あまり頭でっかちになってはいけないとは思うし、しかし一方でやはり心の問題は人間という存在を考える上で不可欠なようである。
 心を持ってしまって、この世に生きるということの難しさとか辛さを認識してしまうことは、福音でもあるけれども呪いでもある。
 以前、どこかで、野生のチンパンジーは自分たちが意識を持って限りある時間を生きる存在であることを十分に理解していながら、その一方でそのような疑問を「散らす」ような方便をもっていないから、慢性的に精神のバランスを崩している状態にあるという説を読んだことがある。
 もちろん、このような話は、操作的に定義することが難しいことだし、チンパンジーの精神の内容を科学的に把握することもやさしくはない。ただ、そこに表れている、精神や知性が発達する中で、どこかで「辛さ」のボトルネックが現れるという考え方には惹きつけられるものがあるし、また真実の一端を表しているのではないかと思う。
 リヒャルト・ワグナーの四部作の楽劇『ニーベルングの指環』の中の英雄ジークフリートは、恐れを知らない存在として描かれている。最後を飾る『神々の黄昏』の中で、ジークフリートはハーゲンの奸計によって過去を思い出しながら死んでいくのだけれども、その時、ジークフリートは自分が死ぬということをおそらくは認識していない。
 ああ、自分は死んでしまうんだ、ということを認識しないままに意識を失っていくジークフリートという存在は不思議にも思えるが、言葉に象徴される「意味」の体験を持たない多くの動物の運命でもある。
 1963年、小林秀雄はバイロイトで『ニーベルングの指環』を見た。その後の対談の録音で、「ジークフリートは死なないんだからなあ」と感極まって言っているが、さすがは小林秀雄だと思う。ジークフリートの本質はそこにある。自分の死を認識しない動物は、本当は死なないんだろうと思う。
 人間は死ぬことを理解していて、だからこそ苦しい。死まで行かなくても、生きていること自体がいろいろと辛い。人間が芸術を生み出すのはそのためだろう。小林は生涯芸術に向き合った人だった。
 野生のチンパンジーが辛い精神状態にあるという説がほんとうだとすれば、それは、自分の運命を悟りつつも、魂を癒す芸術を自らつくりだすことができない進化の踊り場にいるがゆえであって、芸術を失った人間は、つまりは野生のチンパンジーと同じような境遇になってしまうということなのだろう。
 人間が芸術を必要とするのは、贅沢品とか余暇とかそういうことではなくて、自らの死すべき運命であるとか、他人にも心があるとか、その他人と自分との間にさまざまな軋轢や利益の齟齬があるといった真実を知ってしまったものならではの必然であるように思う。
 私たちはもはやナイーブではないから、知性を獲得した分うまく環境の中で生きられるけれども、その不可避な帰結、副産物として、「芸術」と呼ばれるものを必要とするに至ったのだと私は思う。
 ただ、その表れ方にはそれぞれの人の必然のようなものがあるように思う。
 スティーヴン・キングが面白いのは、ホラー小説が自分の魂の故郷だと思っていること。最初に書いた『キャリー』が大成功して、次の作品もまたホラーにしようとした時、担当編集者に「色がつく」と反対された。しかし、キングはむしろ自分はホラー小説をやりたいのだから望むところだと思ったのだという。
 キングの創造の秘密については、『kotoba』の2020年夏号に寄稿させていただいたけれども、キングにとってはホラー小説が呼吸する空気なのである。人それぞれに、自分にとって自然な芸術の大地がある。
 それぞれの人が、固有の芸術を持つ。これは、きわめて重要な視点だと思う。
 クラシック音楽が好きな人には、その人なりの必然がある。
 アイドルを追っかけている人には、そんな魂の希求がある。
 文学好きにはそれだけの理由があるし、絵画好きにはやむにやまれぬ事情がある。
 みな、それぞれの精神のボトルネックに挟まってもがきつつ、自分に合った芸術のあり方を模索している。そこには、大げさに言えば一人ひとりの個性という「鏡」を通して映る宇宙の真理がある。
 人のエンタメを笑うな。
 このような時期だからこそ、魂の滋養としての芸術の本質を見つめ直したい。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 開高健 The Year
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

Shueishagakugei

謹んで令和元年台風災害のお見舞いを申し上げます。

度重なる台風により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、避難生活や復興の支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、
一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ
  • 第4回 熊本地震災害被災者支援基金 募金状況とご報告
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金のお知らせ
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金募金状況とご報告

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.