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ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第8回 [2016年某月某日 春の小川を歩く]

更新日:2016/06/08

 街歩きをする時に、私が好むタイプの道がある。
 それは、表通りからは離れている。少し曲がりくねっていて、両側には木が生え、その向こうに家々が建っていることも多い。
 東京都内には、比較的見られる道。「緑道」、「遊歩道」などの名前が付いていることも多い。
 道の入り口に障害物を設置してあって、人以外は、せいぜい自転車しか通れないようにしてあることが通例。だからゆったりとした気持ちで、歩いていくことができる。
 面白いのは、このような道は、どう考えても人が引いた線とは思えない「軌道」を通っていることが多いということだ。それもそのはず、元々は小川が流れていて、それを閉じてしまった、「暗渠(あんきょ)」だからだ。
 経済成長とともに、私たちが失ったものは多いけれども、小川のせせらぎは、その一つだろう。
 私が子ども時代を過ごした土地でも、小学校に上がる前は清流が流れ、水が、まるで空気のように透明できれいだった川が、やがてドブ川になり、そして蓋を被せられて暗渠になるという変化を被った場所が多かった。
 裸足で水の中に入って、タナゴなどの魚を追いかけていたのがまるで幻の神話のように、今では水がそこに流れているのかどうかさえもわからない小径になってしまっている。
 仕事で行くことも多い、渋谷駅からしばらく行ったあたりから代々木公園の方に向かって続く小径も、そのような経緯でできたものらしかった。
 都会の真ん中とは思えない、静寂に包まれた道を歩く。車は通らない。人々もゆったりしている。ここに、かつて、小川が流れていたという記憶は、文明の作用というものに対する若干の悔悟と、かつてあった自然に対する追慕の思いを呼び覚ます。しかし、とりあえずは、今、ここで歩いているその道は、それなりに心地の良いもので、そのことが、姿を変えてしまってもなおも続いている、「小川の祝福」であるような気がしてしまうのだ。
 その、渋谷の中を行く暗渠の道が、「あの」小川につながっている道だということを知ったのは、そこを歩くようになってから、随分と月日を重ねた頃だった。
 童謡『春の小川』に歌われた光景は、私たちにとって、今や、一つの理想郷のような響きさえある。かつては日本の各地に見られたそのようなのどかな光景は失われ、子どもたちの生活も、また、変わってしまった。
 その、『春の小川』のモデルとなった清流が、渋谷から代々木方面に行く時に私がよく歩く道の、延長線上にあった、と知った時、私は、遠い過去から記憶の下層を掘り起こしたような、そんな気持ちになった。
 ある時、代々木公園からほど近い、そのモデルとなった場所あたりを探り当てて、しばらく歩いてみた。少しわかりにくい道筋を通ってたどり着くその場所は、私たち現代人と記憶のかくれんぼをしているかのようで、逍遥していると、次第に、自分の中からも忘れかけていた温かい泉がよみがえってくるかのようだ。
 思うに、散歩の効用の一つは、記憶の「もみほぐし」とその復活にあるのではないか。
『春の小川』ほどには、著名でなくても、かつては、確かにそこに流れていた小川。多くの命を育み、子どもたちの遊び場となったその水の筋の記憶をたどって歩くことで、私たち、文明にまみれてしまった現代人の身体の中にも、そう簡単には消し去れない脈絡がよみがえってくる。
 そんな小径は、人間が自分の都合で引いた近代的な道路の線に比べれば、よほど革命的な軌跡をたどっていく。本来、自然の線とは、そのようなものだったのだ。
 今、2020年の東京オリンピックのメインスタジアムの建設にあわせて、その近くに、「春の小川」のような清流を再建させる計画があるとも聞く。たとえ、水流を人為的にコントロールしたものであったとしても、そのようにして「時計の針の巻き戻し」をせずにはいられないほどに、人類は追いつめられてしまっているのかもしれない。
 地方の人ほど、歩かないとも言われる。健康づくりという視点から離れてみれば、歩くこと、とりわけ、長距離を歩くということは、現代の文明に対する一つの「反逆」だ。自動車があるのに、地下鉄で行けるのに、それでもなお歩くという、“愚かな”時間の浪費行為の中に、案外思いがけなくも深い、反時代的な運動の萌芽があるようにも思う。
 あるいは、私が歩きながら考えていたのは、そのことだったのかと思う。
「春の小川」をつぶして便利にすることを「進歩」と呼んでいた時代から、国家を代表するプロジェクトに敢えて「春の小川」を再建することを最高の「祝祭」と考える時代へと、人類は、遅ればせながら転換を図っている。
 社会の変化は遅々としているけれども、自分の中の時代のベクトルの反転は、今、ここに図ることができる。そう、今日からでも。
 かつて小川だった曲がりくねる小径を歩く時に、私の口元にほほえみが浮かんでいることが多いのは、きっとそのためだ。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
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