集英社 知と創意のエンタテイメント 学芸・ノンフィクション

文字サイズを変更

  • Facebook
  • Twitter

文字サイズを変更

Nonfiction

読み物

ペルパタオ −我歩く、故に我あり 茂木健一郎

第2回 [某月某日 ベースは東京駅のぐるり]

更新日:2016/03/09

 歩いていて楽しい街はあれこれあるけれども、親しみの度合いでいうと、今のところ東京が一番である。
 そして、東京の中でも、とりわけ好きなエリアは、やはり、東京駅近辺ということになるのかもしれない。
 東京、というよりは日本の玄関口、東京駅。新幹線を始めとして、列車に乗って出かける機会も多い。その度ごとに、東京駅の丸の内駅舎を通る。保存をめぐり、一時期は建て替えの検討も行われたようだが、結局、赤煉瓦の姿を保つことに決まって、本当に良かったなあと思う。
 地方から戻ってくる時も、丸の内北口や南口の改札を出て、駅舎のドームの下を歩く。国内外の観光客の方が、天井に向けてカメラを向けている。
 「私は常連だから、もうドームも珍しくない」という風を装いながら、ついつい、自分もまた、見上げて優美なその装飾を確認してしまう。
 もちろん、ちらりと見るだけである。決して立ち止まらない。
 北口だと、東京ステーションギャラリーがある。「はて、今は何をやっているのかな」と横目で見る。時間がある際には、中に入ってみることもある。
 一方、南口に近いところにある東京ステーションホテルは、打ち合わせや取材でしばしば使う。便利な場所にあるからか、知り合いに出会う確率も高くて、いつぞやは、同時に3組がラウンジに居合わせてびっくりした。
 東京駅の近くには、立ち寄るところがたくさんある。言うなれば、ウォーキングのアクセントとなる、句読点のようなもの。
 まずは、横断歩道を渡ったところに立つビル、「丸の内オアゾ」の中にある、丸善丸の内本店。フロア面積が広く、品揃えも豊富で、見ていて全く飽きない。
 最近はネット書店も便利だけれども、やはり、たくさんの本を一度に見る「一覧性」や、その中から思っても見なかった自分の好きな本を発見する「セレンディピティ(偶然の幸運)」という意味では、リアルな書店に敵うものはない。目当ての本に行く途中だとか、その隣の棚あたりに、しばしば思わぬ発見がある。
 書店の中でも、もちろん、歩き続けている。考えてみれば、丸の内の街の中を歩くのも、書店の中を歩くのも、同じ「ウォーキング」である。歩きとしての「種目」が少し違う、ということになるのかもしれないが。
 オアゾの近くのガード下には、時々立ち寄るうどん屋がある。食券を買って座ると、またたく間にうどんが運ばれてくる。
 東京のファーストフードは、世界一だと思う。早くて、安くて、おいしい。エネルギーを消費するウォーカーにとって、これほど有り難いことはない。
 丸の内口から皇居方面に向かって伸びる、行幸通りの佇まいも好きだ。正式には、「東京都道404号皇居前東京停車場線」と呼ぶらしい。この、1キロに満たない道路を歩いていると、気分の高揚を感じる。
 中央車線は、歩行者用に整備され、普段は自由に通行することができる。広々としていて、ここから東京駅の丸の内駅舎を撮影しているカップルや、旅行者をよく見かける。
 中央車線を車が通ることがないのかと言えば、そうではない。天皇陛下が行幸されるときの車列と、皇居での信任状捧呈式に向かう大使を乗せた馬車が通るのだという。その際は、歩行者は通行できなくなる。
 一度でいいから、陛下の行幸や、大使の馬車を見てみたいと思うが、今のところ果たせていない。調べれば、事前にスケジュールがわかるのかもしれないが、あくまでも偶然に出会いたい。普段のように歩いていて、陛下がお乗りになった車列や、大使の馬車に出会えれば、最高である。考えてみると、ぼんやりと行幸通りを歩いている時も、そんな非日常の予感に包まれて、ほんの少しだけ身体が浮いているような感じがする。
 丸の内側のことばかり書いたが、八重洲方面にも、好きなところがたくさんある。東京駅のぐるりは、まんべんなく好きなのだ。
 しかし、そう東京駅近辺のことばかり書いているのもヘンだろう。そもそも、東京駅は好きだけれども、いつまでもそのあたりにいるわけにもいかない。東京駅近辺に滞留していたいが、それでは、人生が一向に進まない。
 この文章も進まない。
 だから、仕方がないので、東京駅のあたりをふらふらしているばかりではなく、そこからさらに歩いていく。
 一番多いのは、日比谷、霞が関方面。
 次いで、日本橋方面。
 夕方などは、どうしても銀座の方に歩いていく機会が多くなる。
 認知科学において、さまざまな探索行動、チャレンジをする際の土台となるような存在を、安全基地と言う。子どもにとっての母、父といった保護者は、人生では最も大切な安全基地となる。
 東京駅を起点として、あちらこちらに歩く。その意味では、東京駅は、東京という大都会を歩く者にとっての、安全基地なのではないか。
 特に、丸の内側の風景は、「丸の内プライド」という言葉がふさわしいと思うくらい、誇らしい気持ちになる。2020年の東京オリンピックに向けて、首都東京の玄関口は、さらにどんな変貌を遂げていくのだろうか。

著者情報

茂木 健一郎 (もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の質感)をキーワードに脳と心の関係を研究するとともに、評論、小説などにも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『生命と偶有性』(新潮選書)、『東京藝大物語』(講談社)、『記憶の森を育てる 意識と人工知能』(集英社)ほか多数。

  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 渡辺淳一恋愛小説セレクション【全9巻】
  • 集英社国語辞典[第3版]
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金のお知らせ
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金募金状況とご報告

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.