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Nonfiction

読み物

美麗島プリズム紀行 乃南アサ

第1回 夢は続く カバランからバックスキンへ

更新日:2018/09/19

 2018年6月のある日、台湾からずしりと重みのある荷物が届いた。
「来た!」
 伝票を見るまでもなく、送り主も荷物の中身も分かっていた。いそいそと包装を解くと、現れたのは深い青色の箱。全体に、豊かなたてがみをなびかせる馬のイラストがペンタッチで描かれている。それを背景に馬蹄形を模した「U」のロゴマークと「柏克金 Buckskin」の文字。なかなか格調高いデザインだ。
 こういうネーミングになったんだ。
 しみじみと眺め回すうち「德式小麥啤酒 HEFEWEIZEN」という文字が目にとまった。中国語が駄目な私でも「德式」はなぜだか分かる。ドイツ式ということだ。
 へえ。ドイツ式ビールね。
 数日後、今度は深紅のパッケージの箱が届いた。デザインは同じだが、こちらには「黃金拉格 MUNICH HELLES」の文字。要するに青い方は白ビール、赤い方はラガービールだ。すぐに冷蔵庫に入れてよく冷やし、味見したのは言うまでもない。


雨の日に、我が家に届いたバックスキンビールの青い箱。格調高いパッケージデザイン。


じっくりと冷やした上で、まず泡立ちを見る。比較的、クセのない白ビール。
プラントもすべてドイツから輸入し、現在もドイツの技術者が常駐しているという。

 

 なるほど。こういう味。
 次に、キンキンに冷やしたものに保冷剤をたっぷり添え、保冷バッグに詰め込んで海に持っていく。
「ふうん。そうか。こうなったか」
 海辺で仲間と飲みながら、このビールが缶ではなく、生の状態だとどんな風味になるのだろうかなどと話し合った。台湾でもまだ飲んでいる人は少ないはずのビールを傾けながら、私は感慨にふけった。
 もとをただせば、話の始まりはビールではなく、ウイスキーだ。
「台湾に、ものすごく美味しいウイスキーがあるらしい」
 そう聞いたのは2年余り前のこと。私は疑わし気に「そうなの?」と首を傾げたと思う。台湾とウイスキー。この二つが頭の中で容易に結びつかなかったからだ。
「何とかいう、国際的な賞ももらってるんだって」
 そこまで言われてしまうと、取りあえず確かめなければという気持ちになる。すると、「KAVALAN」というシングルモルトウイスキーのブランドがあることが分かった。この数年、IWSC(インターナショナル・ワイン&スピリッツ・コンペティション)、SWSC(サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション)、WWA(ワールド・ウイスキー・アワード)、ISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)などといった国際コンペティションで最高賞を連続受賞している他、蒸留所そのものも世界のトップ100に選ばれているという。
 これは試してみた方がいい。
 カバランなら何でもいいというわけでもないだろうが、取りあえず空港の免税店で買って帰ったものは、ウイスキーに詳しくない私でも「まずまずだ」と感じられた。2本目は周囲から「意外だ」と喜ばれた。3本目に「フィノ」という、2012年から連続で様々な賞を獲得しており、ボトルに通し番号がふられた1本をウイスキー通の家に持参すると、知人は「これはすごい」と唸った。


KAVALANウイスキー、ソリストの銘品、アモンティラードシェリー樽(左)とモスカテルシェリー樽。
受賞を重ねている貴重な品となると順番待ちも普通とのこと。

 

 そこまで高評価を受けるカバランとは、一体どんな環境で造られているのか。今度はそこを知りたくなってきた。そうして私たちは台湾の宜蘭県にあるカバラン蒸留所を訪ねることになったのである。
「今日は私がご案内します。金車大塚の吳虹螢と申します」
 2016年9月、ホテルまで迎えに来てくれ、見事な日本語で名刺を差し出してきたのは色白でいかにも聡明そうな女性だった。金車大塚は台湾の金車グループという企業体と大塚製薬との合弁会社で、台湾でポカリスエットを製造販売しているのだという。カバランも金車グループなのだそうだ。
 台北の南東に位置する宜蘭は、両都市の間に山脈が横たわっているため、以前は海沿いの道をぐるりと回って行き来するしかなかったが、現在は山脈を貫く高速道路が出来て、移動距離も時間もぐっと短くなった。
 ただでさえ台湾の高速道路は、日本を走っているのとほとんど変わらない印象を受ける。だが、山また山の連続を貫く高速道路のトンネルに入ると、ドーム型の天井を走る照明の列が、微妙にヨレていることに気がついた。ピシッとした線になっていない。どこか手描きの線のようなのだ。
「日本だったらやり直しだぞ、おい」
 他の機会に同じトンネルを通ったとき、ある建設会社の人が苦笑しながら言ったことがある。これが台湾の「柔らかい」ところなのかも知れなかった。日本ほど厳密さを要求されないのか、トンネルの照明に限らず、そういう箇所がところどころで見られる。それだけに、世界最高水準と言われるウイスキーが果たしてどんな環境で造られているのか、興味があった。
 長いトンネルをいくつも抜けて宜蘭県に入ると途端に視界が開け、周囲に平地が広がる。その多くが水田だった。宜蘭は水と空気の美味しいことで有名だ。その環境の良さと、高速道路のお蔭で利便性が上がったことから、最近では台北の人が別荘を求める場合も増えているという。
 カバランの蒸留所「金車噶瑪蘭威士忌酒廠」はその宜蘭に広がる蘭陽平野の端、雪山山脈の山懐に抱かれようという員山郷にあった。広大な敷地の中の豪華なゲストハウスで私たちを出迎えてくれた李玉鼎社長とともに、まずは「金車関係企業グループ」を紹介するビデオを見る。


宜蘭にあるKAVALANウイスキー蒸留所。ゲストハウスにはコンサートホールや絵画の展示室などもある。山がすぐそばまで迫り、海を見渡すことも出来て空気がじつにおいしい。

 金車グループは、もともと李社長の父親である先代社長が殺虫剤や洗剤を製造販売したところから始まったという。現在では缶コーヒーや数多くのカフェも出店している「伯朗咖啡(ブラウンコーヒー)」をはじめとしてミネラルウォーターや清涼飲料水、冷凍食品、物流、花卉などなど多角的に展開し、一方で文化事業にも力を入れている。ウイスキー製造販売に乗り出したのは2008年というから、まだ10年もたっていないことに、まず私たちは驚いた。それだけの短い年月で、どうして世界的な評価を受けるウイスキーを造ることが出来たのか。しかも、熟成期間が18カ月前後ということにも驚く。
「では、味見をしていただきましょう」
 徹底的に衛生管理されている蒸留所内の見学コースを通った後、李玉鼎社長は私たちをたくさんの樽が眠る倉庫に案内してくれた。厳重に管理されている倉の扉が開くと、すぐさまウイスキーの香りが溢れ出てくる。それだけで、もう酔いそうだ。面白いのは日本の蒸留所のように、樽が寝ていないことだった。すべてが立てられた状態で広いスペースを埋め尽くすほど積み上げられている。
「台湾は日本と同じで地震が多いでしょう。横に寝かせておくと、揺れたら転がってしまいますから、こうして立てているんです」
 社長の話も通訳している吳虹螢さんが説明してくれる。そこで私たちは、これまで数々の賞に輝いたシングルモルトウイスキーの樽から出されたウイスキーをいくつか試飲した。どれもが驚くほど香り豊かで華やか、個性的で複雑な上に、余韻も見事だ。


KAVALANのウイスキー貯蔵庫。地震が多いため、いざというときに転がらないように立ててあるという。広い室内には熟成されたウイスキーの香りが充満している。

「熟成が早いことも含めて、この土地の気候が大きく影響していると言われます。カスク(樽)へのこだわりはもちろんですが、マンゴーやパッションフルーツ、バニラのような南国らしい独特の香りは、出来てみるまで分からなかった、カバランの恵みです」
 ちなみにカバランとは、もともとこの土地に暮らしていた原住民族の名であり、地名でもあるという。カバラン族が守り続けた土地は日本統治時代を経て中華民国となり、今、新たな台湾の宝を生み出したことになる。
「実は、今日は午後から大切な会議があるので、私は台北に戻らなければなりません」
 昼食の後で李玉鼎社長が表情を改めた。
「まだ内緒ですが、その会議で、ビール製造に乗り出すかどうかが決まります」
「え、今度はビールを造るんですか!」
 台湾といえば台湾ビール。それは台湾が日本統治時代から続くビールの専売制をとっていた名残があるからだ。2002年、WTO(世界貿易機関)に加盟したのを機に台湾ビールの独占権は中華民国政府によって放棄されたが、そうはいっても市場の大半は台湾ビールに独占されていると言っていい。正直なところ、それを物足りなく感じていた。
「造って下さい。ぜひ! ついでに炭酸水も出していただけたら嬉しいんですが」
 当時、台湾には炭酸飲料といえばコーラやサイダーなどしかなかった。甘くない、普通の炭酸水を飲みたいと、私はいつも嘆いていたし、そのことを誰かに伝えたいと前々から思っていた。こんなチャンスはない。李社長は笑ってこちらの話を聞いていた。
 私たちがカバランを訪ねた日に製造されると決まったビールが、2年近くたって形になった。どんなものになったかを口で説明するよりも現物を味わった方が早いだろうということで、李社長が青と赤、両方のビールを送ってくれたというわけだ。しかも、発売を機にバックスキンビールを生で味わえるビアハウスもオープンし、さらに、私が熱望していた炭酸水まで出したというから、また驚いた。
 これは、確かめに行かなければ。
 吳紅螢さんに尋ねたところ、バックスキンビールは宜蘭ではなく、桃園市の中壢にある工場で製造しているという。
「中壢ではブラウンコーヒーやポカリスエットも造っています。工場見学をした後で、ビアハウスへ行くというのは、どうですか」
 吳虹螢さんの提案に、私たちは一も二もなく賛成した。そうして2018年7月の中旬、私たちは吳さんと、やはり金車グループのローラ・張さんに案内されて、金車中壢工場を訪ねることになった。
 この年は、日本は「命の危険」が連呼されるほど暑い夏になった。羽田から飛んで台北松山空港に着くなり「日本より涼しい!」と感じたのは、後にも先にも初めてだったくらいだ。それでもさすがに台湾の7月だった。陽射しの強烈さは生半可なものではなく、外に長時間は立っていられない。
「さあ、これで喉を潤して下さい」
 中壢工場の事務所に着いてすぐに出してもらったのが「クリスタルバレー」と命名された炭酸水だった。ああ、よくぞ造って下さった! 早速、一気に飲む。今、日本では強炭酸が流行りだが、こちらは比較的ソフトで刺激が少ない。
 金車グループの屋台骨ともいえるブラウンコーヒーは製缶そのものから充填、梱包までを一貫生産している。お馴染みのポカリスエットのペットボトルもラインにのって着々と製造されていた。そして、お目当てのバックスキンビールだ。
 バックスキンとは、馬のたてがみの意味だという。豊かな馬のたてがみのような泡立ちを目指す、という意味合いからつけたのだそうだ。ロゴの「U」マークも馬蹄をイメージしている。また「德式」とうたっているだけに、バックスキンはビール生産に乗り出すと決まった後、李玉鼎社長自らがドイツまで出向き、現地の醸造元と交渉して招聘に成功、原材料から工場プラントまですべてドイツ製にこだわった上で、完全なドイツ式で製造したビールという。
「ただし、これまで『台湾ビール』しか飲んでこなかった人たちに、突然あまりにも違う味わいのビールは受け容れにくい。ですからあまりクセを強くせず、柔らかい風合いにしました」
 日本への留学経験もある李社長は、実は大体の意思疎通は問題ないくらい日本語を話される。父親である初代社長の念願でもあったビール製造を決断し、2年足らずの間に販売までこぎ着けた上に、(私が勝手に自分の希望が通ったと思い込んでいる)炭酸水まで出したのだから、どうやら決断と共に行動も早い人のようだ。


金車グループを率いる李玉鼎社長。常に新しいことを考えるのが楽しいという。
新しくオープンしたバックスキンビールのビアハウスにて。

「今夜ビアハウスでお会いしましょう」
 社長やスタッフに見送られて中壢工場を後にし、台北に戻った後はブラウンコーヒーのカフェで小休止。同じ建物の中には金車グループが若い芸術家たちにスペースを提供して個展を開けるフロアーがあった。そして日が暮れなずむ頃、再び吳さんとローラと共に、ビアハウスに向かう。
 台北市信義区のその界隈は、台湾のランドマークとなっている台北101ビルをはじめとして一流ホテルやデパート、超高級マンションなどが林立し、大手銀行や大企業が軒を連ねる、まさしく台北の中心地だ。国の内外を問わず多くの観光客がやってくるし、ビジネスマンも多いことから、ある意味で昔ながらの台湾らしさとはもっとも無縁な地域と言えるかも知れない。そんなビル風が吹き抜ける国籍不明でお洒落な一角に、新しく生まれたビアハウスはあった。
 台北の人は新しいものが大好きだ。オープンしたばかりの店には大抵、行列が出来る。だが潮目が変わるのも早い。店の味が変わるのも早ければ撤退も早いのだ。そういう姿を、これまでにもずい分と見てきた。
 その日、店は既に予約でいっぱいらしかった。私たちも予約してもらっていた席に落ち着いて、まずはしげしげと店内を見回す。調度は落ち着いている。スタッフの制服から食器類、ノベルティ・グッズまで、すべてにバックスキンのロゴが入っている。これだけを、よく間に合わせたものだと感心していると、数時間前に別れたばかりの李玉鼎社長がやってきた。毎朝5時起きだという社長は、このところ連日のように店にやってきて客の反応などを見ているらしい。
「ここでいただけるビールは?」
「12種類の生ビールが味わえます。もちろん、カバランもありますよ」
「そろそろ開店して1カ月ですね。もう軌道に乗ったと言っていいでしょうか?」
「まだまだ、まずは3カ月ね」
 時々、吳虹螢さんの通訳を介しながらやり取りをする間も、店はどんどん混んでいく。白人の客もかなりの割合だ。
 では、私たちも生ビールをいただこう。まず12種類の中から好きな3種類を選んで味見出来るセットをオーダー。もちろん、3種類のうちの二つは、我が家にも届いた「青」と「赤」だ。
「ああ、やっぱり缶ビールと生とじゃあ、こんなに違う!」
 それからは注文した料理が次々に並んでいき、外がすっかり暗くなる頃には賑やかな席になった。吳虹螢さんと一緒に私たちにつきあってくれたローラも、今どきの女の子らしく恋愛話などを始める。こんな風に地元の人たちと他愛ない会話を楽しめることが、私には何よりも嬉しい。台湾人も白人も、そして日本人も、誰もが実に楽しそうだった。その隙間を縫うようにして、時々、李社長が現れては短い会話を交わしていく。
 やがて大きなバット一杯に作られたティラミスが「ひとさじ均一料金」ですくい取れるというワゴンが回ってきた。バックスキンの「U」マーク入り。ビールと料理で満腹なのに、誰もが張り切って大きめのスプーンに山盛り一杯のティラミスをすくい取ろうと騒ぐうちに、夜は更けていった。
 翌日、台北の街をタクシーで走っていると、ところどころでKAVALANとバックスキンビールの広告を見かけた。自分に無縁でないと思うと急に目に入ってくるものだ。次に訪ねるときの楽しみが、また一つ増えた。

協力◎一般社団法人日本台湾文化経済交流機構
◎プロジェクト「まごころ日本」©Project Magokoro Nippon
※日本台湾文化経済交流機構は日本統治時代の歴史建造物等の保存及び伝承、台湾と日本の良質な文物を相互に伝える活動を行っています。

著者情報

乃南アサ(のなみ・あさ)

1960年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部中退後、広告代理店勤務を経て、1988年『幸福な朝食』が第一回日本推理サスペンス大賞の優秀作に選ばれ、作家デビュー。1996年『凍える牙』で直木賞を、2011年『地のはてから』で中央公論文芸賞を受賞。2016年に『水曜日の凱歌』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。他の作品に『花盗人』『団欒』『いつか陽のあたる場所で』『しゃぼん玉』『六月の雪』『美麗島紀行』『ビジュアル年表 台湾統治五十年』などがある。

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