知と創意のエンタテイメント 集英社 学芸編集部

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Nonfiction

読み物

名画の中で働く人々

第4回  闘牛士

ホアキン・ソローリャ『セビリアの闘牛士』
フランシスコ・デ・ゴヤ 版画集『闘牛士』より

更新日:2021/01/20

 闘牛を動物虐待と非難する声がまださほど大きくなかったころ、マドリッドのラス・べンタス闘牛場で実際の闘牛を見たことがある。
 円形のアリーナを取り囲む観客席は老若男女で超満員(二万人以上)、ものすごい熱気だった。アリーナの語源はラテン語「Arena(=砂)」。そこから「流血を吸うために砂を撒いた闘技場」の意になったらしい。
 土の上に撒いたその黄色い砂、雲ひとつない青空、ぎらつく太陽、赤い柵、華やかな衣装、舞うケープ、光る剣、黒い牛、流れる血、パソ・ドブレの音楽、「オレ!」の掛け声、歓声、悲鳴、波のように寄せるどよめき……色と音の氾濫に眩暈がした。
 何より強烈だったのは、牛だ。美しく、逞しく、闇夜のごとく真っ黒な牡牛は、狭い檻に長く押し込められ、餌を与えられず飢え、苛立ち、怒り、爆発寸前を、いきなり外光と大喚声のもとへ押しやられたのだ。
 どれほど猛り狂っているか、遠くからでもよくわかった。地響きたててアリーナを駆けまわり、湾曲した鋭い二本の角を向けて、目の前にいる誰彼かまわず突進した。男たちに何度槍や銛で突かれようとも、盛り上がった肩からどれほど夥しい血を流そうとも闘い続けた。闘い続けたあげく、ついに倒れて出口へと引きずられてゆく時、血の川が蛇行した。そしてその跡は係員によって、ただちに砂をまぶされて消されたのだった。
 文化の違いをまざまざと感じさせられ、残酷と思わぬでもないが、しかし単なる娯楽ショーと切り捨てる気にはなれなかった。ましてや、苦しむ牛を見て喜ぶサディズムという非難は見当違いだと思った。牛は闘牛士と対等の存在である。これははるか昔の野牛狩りに連なる儀式であり、世界各地の牡牛崇拝の名残であり、また生命力のシンボルたる獣との命をかけた決闘の様式化なのだ。スペインで国技とされる所以(ゆえん)だ(国内に五百もの闘牛場が建つ)。
 圧倒的な牡牛の強さに、武器を持ってさえ人間は非力だ(想像してほしい、体重五百キロを超す牡牛が真正面から猛スピードで迫ってきたら……)。それでも果敢に対峙する男たちの命知らず、華麗な身のこなし、鮮やかな技にこそ、観客は熱狂する。闘牛士という職業が、スポーツ選手とポップ界の大スターを足したようなものと言われるのも納得できたし、ゴヤ、ピカソ、コクトー、ヘミングウェイといった著名人たちが夢中になったわけも、なんとなくわかる気がした。

「光の画家」と呼ばれた近代スペインのホアキン・ソローリャ(1863~1923)描く、ほぼ等身大の『セビリアの闘牛士』を見よう。


Sevilla. Los toreros,(1915) Joaquín Sorolla
AGE FOTOSTOCK/アフロ

 この日の妙技を披露する闘牛士たちが行進してきて、観客席の前でモンテラという独特な形の帽子を脱いだり少しだけ掲げたりと、思い思いのポーズを取っている(馬上の黒マント姿は、競技の露払いの役を担う)。客席はびっしり埋まっており、屋根のある上席と直射日光の当たる席とで、チケット代が異なるのはもちろんだ。
 実は闘牛士とひとくくりにされるが、やはり階級がある。重量級の牡牛と人間では最初から一対一では勝負にならないので、まずは牛を弱らせる役を担う準闘牛士が必要になる。ピカドール(「刺す者」の意)とバンデリリェーロ(「銛打ち」)がそれだ。正闘牛士はマタドール(「殺す者」)と呼ばれ、全闘牛士の一割しかいない狭き門である。
 闘牛士の多くは、全国に五十校ほどある闘牛士養成学校の卒業生だ(教師の多くも引退した闘牛士たち)。最終の実践段階で牛を使うが、毎回殺さなければならないので非常にお金がかかるという(一説には、一人前のマタドールを育てあげるのに一億円!)。パトロンは重要だ。
 闘牛の手順は決められている。最初にバンデリリェーロがカポーテという厚手のケープ(表がピンク色で裏が黄色)で牛をあしらい、動き方などからその牛固有の性質や反応の仕方を見極める。次に騎乗のピカドールが上から長い槍で肩甲骨の突起部を刺す。この時、馬の脚が――防具をつけてはいるものの――攻撃され、倒される恐れもある。その後またバンデリリェーロがカポーテを翻しながら接近し、色飾り付きの短い銛を次々傷口を狙って六本突き刺す。
 こうなると牡牛の怒りは苦痛で沸点になり、危険度も頂点に達する。そこへ主役のマタドール登場。闘牛のハイライトである。マタドールはムレータと呼ばれる赤いフランネルの布(支え棒付き)を持ち、その中に剣を隠し持つ。
 多くの人がイメージしている闘牛は、このマタドールと牡牛の決戦であろう。周知のように、赤い色を見て興奮するのは牛ではなく観客だ。牛の色覚は赤を識別できず、目の前でひらひらされる布に苛立っているだけだ。
 マタドールは決められた時間内に牡牛の左右の肩甲骨の間にある急所を刺して、苦しませず一気に片を付けねばならない。赤い布を自在に操り、しなやかで軽やかな身ごなしで牡牛を翻弄して体力を奪い、観客の期待を最高潮へと導いてゆく。そして、ふっと「エストカダ(=真実の瞬間)」がやってくる。死が決まった瞬間。牡牛もそれを悟った瞬間。観客が息を殺す瞬間。マタドールが剣をきらめかせる瞬間……。
 その瞬間を捉えきれなかったマタドールが角で身体を貫かれて死んだ例も、目を刺されて失明した例もある。自身は無事でも急所を外された牛が死にきれずに倒れて悶えると、観客から容赦ないブーイングが起こる。逆に素晴らしい剣さばきを見せれば、褒賞として牛の耳や尻尾を与えられた。だが闘牛士にとってもっとも名誉なのは、感極まった観客たちにかつがれ、正門を出てゆくことだと言われる。
 オペラ好きなら、ビゼーの『カルメン』がすぐ思い出されよう。
 人気マタドールのエスカミーリョが喝采を浴び、おおぜいのファンに囲まれて闘牛場から酒場へと直行する(そこで初めてカルメンと出会う)。
 彼が高らかに歌うのが、有名なアリア『闘牛士の歌』。おおまかな歌詞の内容は――

「兵士と闘牛士はよく似ている、戦う喜びを知っているから」
「黒い瞳がおまえを見つめる。闘いのあとには愛が待っている」
「背中の槍を揺すりながら、怒り狂った牡牛が駆けめぐる。アリーナは血まみれだ」
「いよいよお前の出番だ、さあ、剣を構えろ!」

 闘牛士という職業は、貧しい若者にとって――兵士と同じように――今の境遇から抜け出す足掛かりとなった。腕を磨き、人気を得れば、富と栄光と美女は思いのままだ。
 仕事は常に死と隣り合わせだが、自分を見つめる数え切れぬほどの称賛の目、とりわけ美女の瞳があってこそ心は奮い立つ。技も冴えわたる。
 広いアリーナで黒い牡牛を前に神経を張り詰め、命を賭し、危ういところを切り抜け、勝者となった時の爆発的喜び。それを真からわかってくれるのは、おそらく戦場の兵士だけだろう。今日も生き延びた、試合前に祈りを捧げた神に(闘牛場には礼拝堂が備わっている)、再び感謝の祈りを唱え、新しい恋を味わいにゆく。
 エスカミーリョはカルメンを誘うが、今は好きな男がいると断られる。彼はいささかもめげず、こう言う、その男に飽きたらいつでも俺のもとへ来い、と。さして長くは待つまでもないと知っており、そのとおりになる。
 現代の闘牛士の中にも、エスカミーリョは少なくないだろう。

 さて、闘牛に魅入られるあまり、生涯、闘牛場通いを止めなかったのが、スペインを代表する画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828)。
 若い頃には剣を握って地元のアリーナに立ったこともあると自慢していたし、七十歳を間近にして三十数点の版画集『闘牛技』まで制作した。<マドリッドにおけるファニト・アピニャーニの敏捷と大胆>は、その中の第二十番の作品だ。


Ligereza y atrevimiento de Juanito Apinani en la de Madrid (The Agility and Audacity of Juanito Apinani in the Ring at Madrid)(in or before 1816)Francisco José de Goya y Lucientes
ALBUM/アフロ

 ファニトは一七五〇年代から七〇年代にかけて活躍したマタドールなので、これはゴヤが当時の記憶をたぐって描いたもの。いかにもゴヤらしく、一瞬の動きを鮮やかに永遠化している。
 太陽はほぼ真上にあり、影は細い。ファニトを際立たせるため、画面右側の観客席を空にしただけでなく、薄い線描で遠近感を出す。半世紀ほど前に見たシーンがよほど衝撃的だったに違いない。まるで今このとき目の前で見ているかのようにリアルだ。
 牡牛がすぐ目の前に来るぎりぎりまでファニトは待ち、あわやという刹那、その鼻先で長い棒を支えに飛んでみせる。命知らずの技だ。当時はこんなふうに軽業師的アクションも許されたのだろう。ゴヤの驚きと興奮まで伝わってくる。
 ファニトを描いた作品はもう一点あり、そちらもかなりきわどい。牡牛が飛び出してくるすぐ前に椅子を置いて腰かけ、帽子を左手に持ち(赤いムレータが定着する以前は帽子が使われた)、右手に長剣を握って待ちかまえる姿だ。一発必中の自信がなければこんなことはできるものではない。
『闘牛技』には同時代の著名な闘牛士ペドロ・ロメロの雄姿も登場する(彼と親交のあったゴヤは油彩の肖像画も描いている)。ロメロは親子三代にわたる闘牛士一家で、祖父フランシスコは闘牛にムレータを導入するなど、今に至るさまざまなルールを確立した伝説のマタドールだった。スペインの闘牛士は、必ずしもスペイン人男性とは限らない。今やアメリカ人も日本人もいるし、驚くことには女性までいる。多彩なのだ。
 ところで闘牛士という仕事は、何歳くらいまでできるものだろう?
 ロメロ三代はいずれも四十を過ぎたあたりで引退しており、そのくらいが限界なのかと思っていたら、なんと、二〇〇九年にこんなニュースがあった。病気や怪我による四年のブランクを乗り越えて復帰した、イギリス人マタドールのその年齢は、なんと六十七歳! 復帰戦では見事に牡牛を仕留めたという。
 職業を超えて闘牛にとり憑かれた男性の、幸せな笑顔写真付き記事だった。

◆ホアキン・ソローリャ(1863~1923)バレンシア出身のスペインの画家。肖像画や風景画、壮大な歴史画が特徴。

◆フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828) ベラスケスと並ぶスペイン最大の画家。40歳で国王カルロス3世、1789年にはカルロス4世の宮廷画家となる。1792年には聴力を失ったが、それ以降も『カルロス4世の家族』、『着衣のマハ』、『裸のマハ』、『マドリード、1808年5月3日』など傑作を次々と生み出した。

著者情報

©文藝春秋/三宅史郎

中野京子(なかの きょうこ)

北海道生まれ。ドイツ文学者・作家。西洋の歴史やオペラ、美術など芸術の幅広い知識を生かして雑誌や新聞などの連載やテレビ出演など幅広く活動。2007年発表の『怖い絵』シリーズは大ヒットを記録し、シリーズ刊行10周年を記念して、2017年には自身が特別監修者を務めた「怖い絵」展も開催された。主な著書に『怖い絵』シリーズ(角川文庫)、「名画の謎」シリーズ(文春文庫)。『美貌のひと』(PHP新書)、『画家とモデル』(新潮社)、最新刊に『運命の絵 なぜままならない』(文藝春秋)など。著者ブログは「花つむひとの部屋」https://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006

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このたび令和2年7月豪雨により各地で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。また、被災地等におきまして、避難生活や復興支援など様々な活動に 全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く謝意と敬意を表します。一日も早く 復旧 がなされますよう衷心よりお祈り申し上げます。

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