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Nonfiction

読み物

8050問題のいま 黒川祥子

第3回 ひ老会参加者の声

更新日:2020/01/15

「正月の重圧を吐き出す場が欲しい」
 2020年1月4日、東京都内某所、今年初の「ひ老会(ひろうかい)」は、主宰であるぼそっと池井多さんのこの言葉で始まった。中高年ひきこもり当事者の会である「ひ老会」は、「きこもりといを考える」の略称だが、疲れているから「疲労会」とも、何かのヒントを「拾う会」という意味も含まれている。
 クリスマスから年末年始にかけての期間は、一人暮らしの人間にとっては孤独を感じざるを得ない。だから、「年明け、なるべく早く開催するのだ」と池井多さん。池井多さん自身も、長年患っているうつが悪化していたと言う。
 40代半ばの男性が、言葉を振り絞る。
「実は、今日、ここに来るのもしんどくて……。4ヶ月ぐらい、ひきこもっていて、自分をどんどん責め続けて、その思いが払拭できなくて、このままではまずいなと思い、人がいる中に身を置いた方がいいと思って……」
 50代前半と思われる男性も、同じ思いだった。
「ひきこもっている立場から、悩みを打ち明けられる場があるのはいいなと」
 40代女性は「今日は動ける日だったから参加できた」と、自身のひきこもり生活を語った。
「自分を守るために、怒りの表現としてのひきこもりというか。親への怒りがあって、それをどう表現していいかわからない。自分の中にある怒りにケリをつけないといけないのですが、それはどうやっても無理で、だからひきこもっている。部屋の中で動ける日もあるのですが、完全に動けなくなると、100日、お風呂に入れないとか。『おまえはいてもいなくても同じ、死ね』と自分を責め続けて苦しくてしょうがなくて、これじゃだめだと思って、必死でお風呂に入ったり。表現できない怒りゆえの、ガチこもりなんです」
 池井多さんがうなずく。
「動けなくて寝ているだけの時って、ゆったりと弛緩しているわけじゃなくて、まるで冷凍サンマみたい。身体がビーンと固まって起き上がれない。交感神経全開の状態で、布団に横になっているわけです。私の場合も母への怒りがあって、怒りの表現手段としてひきこもっている。怒りの出し方がわからないから」
 親への怒りで身体が動けなくなり、動けない自分を責め続ける――、これがひきこもることの現実なのか。
 18歳から9年間ひきこもったという30代男性は、祖母との関係から自分でひきこもることを選んだ。
「予備校時代、祖母と二人暮らしをした時、祖母は毎日2時間、説教をし続ける。だんだん、祖母への怒りが抑えきれなくなり、祖母への殺意が芽生えたんです。自分は今、祖母を殺したいほど憎んでいる。気づいたら、祖母を殺しているかもしれない。そう思った時、ひきこもるしか選択肢がなくなった。祖母を殺さないために、自宅に戻り、ひきこもりました。僕が人間的におかしくなったということにして。だから、人を傷つけないためのひきこもりだったんです」
 それがまさか、9年にも及ぶとは。その間、いつも思っていたことは、「このまま消えてしまいたい。できれば、空気になりたい」。「父は僕を何度も殴ってきました。一度だけ反撃したら、父を突き飛ばして怪我をさせてしまった。それから暴力はなくなったけれど、父が家にいる時はトイレに行けない。消えてしまいたいと思っている一方で、トイレに行けなくて困っている自分がいる。だから、本音では生きたいと思っていたと思います」
 2019年に起きた川崎市登戸・無差別殺傷事件と練馬・父親による長男刺殺事件についても語られた。前者はひきこもりの男性が実行犯、後者は刺殺された長男がひきこもり当事者というものだ。「家族に守られていない感じで、実家にひきこもっている」という50代男性は、悶々と悩まされたと言う。
「切実にわかるポイントってあって、川崎の事件では、支援機関の勧めで叔父夫婦が本人に手紙を書いたことがきっかけで話がこじれたけれど、親に手紙をもらってびりびりに破いた自分からすれば、元々の親子関係の歴史、今までの信頼関係があっての手紙。子どもが本当に嫌がることは何なのか、わかっていないから地雷を踏む。練馬だって、母親が勉強をしないからとプラモデルを壊したという。教育のために、そういうことをやる親だった。愛情、教育による支配ってある。『あなたは自分に立ち入らないでください』って言いたい。親からの重圧は常にある」
 男性の言いたいことはよくわかる。ひきこもり当事者の親はこれまでどれほど、子どもの立場に立って考えてきたか。いつも自分の考えを押し付けてきただけなのではないか。手紙を書いたとしても、その延長線上だ。そんなものをもらったとしても、怒りを呼び起こすのみだ。
「自分もそうなっていたかもしれない」という声も50代男性から上がる。「あれは私」だと。それほどの怒りを溜め込んでいるのだ、と。「ただし、ぶっ殺すのは家族」とその男性。
 一方、「怒りという感情がわからない」と、冒頭で紹介した40代の男性が話し出す。
「“幸せ家族”を演じる母の不安を和らげるために、必死に明るく振る舞ってきた自分は、人格が育ってないんです。だから、怒りの感情すら持てない。自由に息もできないところで育っているので、視線すら自由に置くことができない。自分が怒りの感情を持てば、母親が崩れる。崩れると子どもは生きて行けない。飛べないのに、必死で羽ばたいていた。自分は本当の意味で人と関われない、共感できない。でも、どこかに怒りはあると思う。秋葉原事件の時、自分ならトラックを降りずに、もっと何千人と殺していたとすっと思えたから」
 誰もが家族、とりわけ親との関係で深い傷を抱えてひきこもっていた。拙著『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』にも、池井多さんはじめ、そのような人々が登場する。彼らのゴールは、「就労」ではない。それぞれの人が親に強いられた人生ではなく、「自分らしい人生」を歩んで欲しいと改めて、思わずにはいられない。

『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』はこちら

著者情報

撮影/葛西亜理沙

黒川祥子(くろかわ・しょうこ)

ノンフィクション作家。福島県出身。東京女子大学文理学部卒業。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』『「心の除染」という虚構 除染先進都市はなぜ除染をやめたのか』『県立! 再チャレンジ高校 生徒が人生をやり直せる学校』『PTA不要論』、共著に『WHO I AM パラリンピアンたちの肖像』。橘由歩名義で『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき 彼らはこうして自ら歩き始めた』がある。

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