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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Nonfiction

読み物

家族終了 酒井順子

第4回 家事

更新日:2018/05/23

 知り合いの男性達から、立て続けに、
「家に帰りたくない」
 という話を聞きました。
 一人は、まだ小さい子供がいる三十歳のサラリーマン。
「何となく家に帰りたくなくて、ネットカフェでボーッとしたり、仮眠したりしてから帰ることがある」
 とのこと。
 もう一人は、もう子供が大きい、五十歳男性。
「妻とはずっと家庭内別居状態。なるべく顔を合わせたくないから、だらだらと会社にいたり、バーに寄ったりしてから帰っている」
 ということなのです。
 彼等のそんな発言を聞いて、「フラリーマンってこういう人達のことを言うのね」と、実感した私。昨今メディアにおいて、仕事が終わっても直帰せず、ふらふらしてから家に帰る「フラリーマン」が増えている、という話を見聞きしていましたが、それは本当だったようです。
 フラリーマン達は、家事や育児を重荷に感じ、家に帰りたくなくなるケースが多い模様。前出の三十歳男性も、
「子供は可愛いけど、仕事で疲れて戻ってすぐに子供の相手、というのはつらい。子供が寝てから帰ろう、と思ってしまう」
 と言っていました。五十歳男性も、
「家庭内別居でも、家事の負担は求められる。それをしないと怒りだす妻が怖い」
 とのこと。
「家に帰りたくない」というサラリーマン達は、目新しい存在ではありません。昭和の末頃から、既に「帰宅拒否症」という言葉は存在していました。
 が、昔の帰宅拒否と今の帰宅拒否は、その原因が違っている気がします。昔は、仕事で家庭を顧みない父親が多く、サラリーマン家庭では「父親不在」の結果の「母子密着」、というケースが目立ちました。専業主婦が今よりも多かったその時代、主婦達は、
「亭主元気で留守がいい」
 と思っていたのです(知らない方に注・金鳥「タンスにゴン」のコマーシャルで使用された、世紀の名コピー。一九八六年の新語・流行語大賞流行語部門銅賞)。
 昭和のお父さん達は、会社こそが最も自分が輝く場所だと思っていました。男は仕事をしてなんぼ、と頑張っていたら、いつの間にか家に居場所がなくなってしまったため、帰りたくなくなったのです。
 そんなお父さんが定年退職すれば、妻にベッタリとついて離れない「濡(ぬ)れ落葉」などと言われることに。家事もできないものだからますます妻から迷惑がられ、結果として妻が鬱になったりしたものでした。
 そういえば我が父親も、家庭内においてそのように思われていたきらいがありました。モーレツサラリーマンというわけではなかったけれど、その封建性、およびやや難のある性格のせいで、妻子との距離ができてしまった父。ガラガラと玄関の戸が開く音がすると(古い家なので引き戸だった)、それまで居間でテレビを見ていた兄と私は、
「あ、帰ってきた」
 と自室にそそくさと引っ込んで、以降出てこない。母親は、
「あなた達はいいわね、引っ込む部屋があって‥‥」
 と暗い顔をして、食事の支度をする、と。
 昭和の家庭では、多かれ少なかれ、このように父親が煙たがられ、妻子から歓迎されていないムードが漂っていたのです。もしも自分が父親だったら、この「歓迎されていないムード」を察知して家庭外で恋愛したりするだろうになぁ、と私は思っていました。が、なぜか我が父は、むしろ世のお父さん達よりも早めに帰宅しがちだったのは、意地だったのか根性だったのか、それとも単にモテなかったのか‥‥。
 戦前であれば、完全な家父長制のもと、「お父さんが一番偉い」と、ひたすらまつりあげていれば、家庭は丸く収まったのでしょう。が、戦後に民主主義というものが入ってくると、父親の地位は次第に下落し、母親の地位は上昇。子供にも、反抗する自由が与えられるようになります。
 しかし戦前の「お父さんは神様」という感覚は、戦後の家庭においても、幻肢痛のように残り続けました。一九六〇年代には、「マイホーム主義」と当時は揶揄(やゆ)された、家庭を重視する父親が注目されます。とはいうものの、お父さん達の内部にある「自分は偉い」という感覚は払拭(ふっしょく)できないため、中途半端に家庭に介入しようとする父親がウザがられるように。かくして、ナイーブなお父さん達は、帰宅拒否症となっていったのです。
 家庭に居場所が無くなってしまったので、スナックのママを頼りにしていた、昭和のお父さん。対して、今のお父さん達の帰宅拒否の原因は、その時代とは異なります。今のお父さん達は、「家庭で妻に待ち構えられているのが苦痛」という理由から、帰りたくないようなのです。
 昭和の時代と比べると、働く女性の割合がぐっと増えた上に、男女平等の意識も浸透している今。夫が帰宅したならばあれもしてほしい、これもしてもらおう‥‥と、妻達は手ぐすねを引いています。仕事、家事、育児といっぱいいっぱいの妻達は、家庭内での貴重な働き手として夫を認識しているのに対し、夫としてはそれが負担で、家路が遠のく‥‥。
 男性が家事を担う割合は、ここ数年の間に、ずいぶん増えたことは確かです。妻が働いている場合はもちろんのこと、専業主婦の場合も、ある程度の家事負担は求められるのが当たり前。
 我が家の前には保育園があるのですが、子供の送り迎えをするのがお父さん、というケースは、珍しくなくなりました。また私の出身小学校では「お父さんの会」というものが存在し、お父さん達だけで子供のためのイベントを開いたりしているのだそう。その会のモットーは、「すべては子供の笑顔の為に」だとのこと。
 私が子供の頃は、学校行事に来るのも保護者会に参加するのも、全てがお母さんでした。当時、子供に関するあれやこれやは、完全にお母さんの仕事だったのです。それを思うと、今時のお父さん達が子供の笑顔の為に奮闘し、パパ友同士で交流を深めたりしているというのは、隔世の感がある。
 しかし、その小学校に子供を通わせているあるお父さんが、言っていました。
「お父さんの会っていうのが、結構な負担なんだよな‥‥」
 と。イベント等を行って子供が笑顔になるのは確かに嬉(うれ)しいが、その準備があまりにも大変、とのこと。しかし今時、子育てに父親が関わっていない家庭は前近代的とみなされてしまうので、参加しないわけにもいかないのだそう。
 このように今、日本史上において、お父さん達は初めて、家事や育児に本格的に参入し始めたのです。そして初めて、仕事と家事育児の両立がとてつもなく大変であることにも気づき、結果、フラリーマンという逃亡者が大量発生した。
 妻達はもちろん、そんな夫に不満を持っています。「今まで私がどれほど大変だったと思っているのだ。そっちが仕事帰りにふらふらと時間を潰している分、私に負担がのしかかってくるではないか!」と。
 家事に関する感覚は、世代によって大きく違います。若い女性達は、家事をきちんと担う夫を持つことが女の甲斐性(かいしょう)、と考えている。若者のSNSを見ていると、夫が自分のために作った料理をアピールする妻は多いし、
「友達とサンデーブランチ。夫は家で掃除してます」
 といったアピールも。家事を当たり前にする民主的な夫と結婚できたこと、もしくは夫も家事を負担するように自分が教育したという事実は、若い女性にとっては誇りとなっているのです。
 対して私より上の年代には、夫に家事負担を頼むことができない女性達がいます。「家事は女の仕事」という刷り込みが強くなされているため、自分がどれだけ家事や仕事でヘトヘトでも、夫に負担を頼むことができない。中には「夫に家事を負担させるのは女として恥ずかしいこと」と思っていたり、また夫が手伝おうとしているのに、
「男のくせに台所に入らないで」
 などと言う人も。
 まだ若くてもこの手の感覚を持つ人がいる一方で、年配の男性でも「人間であれば、家事はできて当たり前」と、言われなくても家事を担う人もいるわけで、その辺りは育ち方と個人の資質に左右されるのでしょう。
 ある若い女友達は、仕事も家事も育児も、奴隷のようにこなしています。そのヘトヘトな顔を夫にアピールすることが、彼女にとって唯一の「手伝ってほしい」という意思表示なのですが、当然夫は気づくはずもない。疲れ切った顔の妻に嫌気がさして不倫に走る、という昭和っぽいケースもあるのです。
 そういえば私は、同居人(男)と生活しつつ、好きな時に出張に行ったり一人で旅行に行ったりしているわけですが、ある若い女性から、
「同居人の方、理解があるんですね!」
 と言われたことがあります。女は基本的に家にいるものであり、夫なり同居人なりの「理解」を得ないと外に出ることはできないという感覚を、まだ三十そこそこの女性が持っているということに、私は驚愕(きょうがく)。
「ケアが必要な子供や親がいるわけでもなし、その前に『嫁』ですらないのに、理解も何もないのでは‥‥? 自分で働いて自分で食べているのだから、出張も旅行も好きな時にするでしょう」
 と言ったのですが、その意味が理解できたかどうか‥‥。
 彼女のお母さんは、専業主婦。子育てが終わった後、夫に「理解」してもらってパートに出て、夫の「理解」があった時だけ、友達と旅行や食事に行く、という人です。男性の「理解」を得た時のみ、家事から離れた女性のプライベートライフは成立し得る、という感覚で彼女は成長したのでしょう。
 ですから彼女も、褒め言葉として、
「理解があるんですね!」
 と言ったのだと思う。しかし、公私ともにフリーランスの生活が長く、自分の行動に誰かの「理解」が必要とは考えたこともなかった私は、その新鮮な感覚にびっくりした、と。
 その観点で言うならば、今は夫婦が互いに「理解」を要求しあう時代となっています。昔は、夫が一方的に妻に「理解」を与え、夫は何をしようといちいち妻の理解など必要としていなかったわけですが、今はそうはいきません。夫婦共に働きつつ子供を育てるとなると、互いのスケジュールを緻密に把握していないと、生活は成立しない。互いの予定を確認し、子供の送迎や突然熱を出した時の対応等を調整。飲み会が重なってしまった時は、実家の親を呼び寄せたり、それも無理な場合は互いの飲み会の重要度を天秤(てんびん)にかけて、どちらかが諦める‥‥、というように。
 夫は外で仕事をし、妻は家で家事と育児、という性別役割分担がはっきりと決まっていた時代は、そのような苦労は必要なかったのでしょう。主婦のことを「セックス付き女中」と言った時代が実際にあったわけですが(もちろんセックスレス時代より前のこと。一部時代にそぐわない表現が入っております)、妻は家に常駐して二十四時間態勢で家事をしていた。主婦がいなくては家族の生活が立ち行かなくなるため、同窓会や結婚式等、特別な時だけ夫からの「理解」や「許可」を得て、妻達は外出していたのです。
 向田邦子の作品的世界において、お父さん達は会社帰りに何をしようと自由でした。あの時代は、仕事関係の人と飲んだ帰り、家にその人達を突然連れてくるという行為も当たり前に行われていたようで、何時であっても気の利いたおつまみを来客にさっと出すのが「良い妻」とされた。
 その後、通信手段が発達することによって、お父さん達の行動は次第に制限を受けるようになりました。「カエルコール」とのキャンペーンをNTTが展開したのは、一九八五年のこと。これは男性に対して、「今から帰る」とか「何時頃に帰る」といったことを妻に電話せよ、とうながすキャンペーンでした。コマーシャルでは、メガネにスーツのサラリーマンが黄緑色の公衆電話を使用し、
「もしもし、うん、オレだ。今から帰る」
 と妻に電話する姿が映っています。妻は家で料理をしながら、にこやかに応対している。
 実際は会社の電話を使用してカエルコールを妻にかけた人が多かった気はしますが、NTTのコマーシャルで私用電話を推奨するわけにはいかなかったので、公衆電話でのカエルコールとなったのではないか。
 コマーシャルでは、
「カエルコール ありがとう。」
 というコピーが使用されており、当時の妻達は、夫のカエルコールを「ありがたい」と思ったようです。ということはこのキャンペーン以前のお父さん達は、当日の予定を妻にロクに伝えていなかったものと思われる。せいぜい、「今日は食事はいらない」とか「遅くなる」程度で、具体的なことは言っていなかったのではないか。
 妻側からしたら、夫の食事を何時に用意すればいいかわからないのは、非常に困ります。向田邦子的世界の妻達は、夫が帰るまでは着替えもせずに待っていたのでしょうが、昭和も末期になれば、夫の帰りが遅くなるのならば妻は先に風呂に入ったり、何なら先に寝床に入ったりもしたい。だからこその「カエルコール ありがとう。」だったのではないか。
 それから時代はさらに進み、人々は個人毎に通信機器を持つようになりました。電話以外にも、メールだのLINEだのと様々な通信手段が登場し、夫はわざわざ公衆電話を使用せずとも、いつでもどこでも妻に予定を報告することができるように。夫は妻に「理解」を求めつつ、行動するようになったのです。
 スマホ等、通信機器の発達は、夫婦の関係に様々な変化をもたらしました。夫婦間の連絡のみならず、性別役割分担が崩壊した夫婦間では、互いの仕事のスケジュールを把握することによって、家事育児のシフトを決定することも可能。向田邦子的時代と比べると、夫婦間の連絡はうんと密になりました。
 一方でスマホは、夫婦関係に容易にヒビを入れることができる道具でもあります。夫婦間の連絡を密にしたスマホは、配偶者以外との連絡をも密に、そして密(ひそ)かに取ることができる道具。ネットによって、未知なる相手や旧知の相手とも、ダイレクトにつながることができるようになったのであり、夫も妻も、相手の知らないプライベートライフを楽しむように。
 家事の担い手として家でも休むことができず、家事をしたらしたで妻からそのやり方や出来栄えに対して文句を言われることに嫌気がさしてフラリーマンと化した夫が、スマホを利用して、家事分担などと言い出さない若い女に走る‥‥。とか、妻の側でも何だかんだ言ったところで自分にばかり負担がのしかかる家事や子育てのストレス等から逃避するためについスマホに手が伸びて、新しいときめきを求める‥‥、といった事例は多々あるわけです。
 家事というと、誰にでもすることができる単純作業というイメージを持つ人も、いるかもしれません。だからこそ男性達は、家事を舐(な)めていたところがあるのではないか。
 しかし家事は、舐めてかかっては決してできない仕事です。そして、時が経てば解決してくれるものでも、誰かが助けてくれるものでもない。放っておけば生ゴミは異臭を発し、風呂はぬめりゆくのみ。日々待った無しの作業を続けたとて、誰も褒めてくれないし報酬も発生しないという、ブラックな仕事でもあります。
 家事の意外な大変さを初めて知って、男性達は今、戸惑っているところなのでしょう。かといって向田邦子的世界のように、何の文句も言わずに朝から晩まで奴隷のように家事に勤(いそ)しんでくれる妻は、もういません。家に帰る時間を遅らせたからといって、生ゴミが自然とどこかに消えるわけではないという事実が、そろそろ男性達にも沁(し)み入る頃なのではないかと、私は思います。

著者情報

酒井順子(さかい じゅんこ)

高校在学中から雑誌にコラムを発表。
立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『ananの嘘』『忘れる女、忘れられる女』『百年の女-「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』など多数。

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