集英社 知と創意のエンタテイメント 学芸・ノンフィクション

文字サイズを変更

  • Facebook
  • Twitter
  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 渡辺淳一恋愛小説セレクション【全9巻】
  • 集英社国語辞典[第3版]
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金のお知らせ
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金募金状況とご報告

Nonfiction

読み物

家族終了 酒井順子

第1回 パパ、愛してる

更新日:2018/02/28

 草津白根山が噴火した時のこと。草津を愛する一人である私も、ニュースをじっと見つめていました。
 スマホの普及以降、事件や事故の現場にいる人達による生々しい映像が、すぐにニュース等に流れてきます。草津でも様々な映像が撮影されたわけですが、私が釘付けになったのは、スキー場のゴンドラに乗っていた人達が、噴火の後に撮った映像でした。
 噴石が飛び交う中でゴンドラに閉じ込められた人が撮っていた、その映像。撮影者の友人とおぼしき青年が、一本の電話をかける様子が映っていました。電話の相手は、自分の父親であり、今どのような状況かを切羽詰まった様子で話した後、彼は、
「パパ、愛してるよ!」
 と言ったのです。
 不謹慎ではあるのですが、私が度肝を抜かれたのは、その映像における噴火の様子ではなく、「パパ、愛してるよ!」の一言でした。その若者は、既に子供ではない青年でした。その青年が「パパ」と言うのはまだしも、父親のことを「愛している」と表明したことに、世の親子関係の変化を感じたのです。
 間近で火山が噴火するという、「死」の可能性が迫ってきた状況において、親に愛情表現をするのは当然のことでしょう。しかし私の世代以上の男性であったら、父親に対して「愛してるよ!」と言う発想がそもそも無いのであり、せいぜい、
「おやじ、今までありがとう!」
 だったのではないか。
 十代だった頃の私が同じ状況に置かれたとしても、親に対して「愛してる」とは決して言わなかったと思います。「愛してる」というフレーズは、かろうじて私の語彙の引き出しには入っているものの、それはものすごく奥の方に死蔵されているだけ。いざという時にすぐ出てくるような場所にスタンバイはしておらず、精一杯頑張ってもやはり、
「今までありがとう!」
 だったと思います。
 パパを愛している若者を見て、私は「父と息子も、とうとう友達化したのか」と思っておりました。私の時代の青年達は、一定の時期が来たら父親に対して反発したり、抵抗したりするのが常とされていました。父親に反発することは青年にとっての通過儀礼のようなもので、その反発を乗り越えた時に、彼は大人になったのです。
 父親への反発が始まると、男子達は親の呼称を変化させたものです。我が兄なども、子供の頃は「お父さん」「お母さん」と呼んでいたのが、中学生くらいの頃から次第に親に対する呼びかけが少なくなり、やがてゼロに。
 それが大学生の頃に突然、「おやじ」「おふくろ」などと言い出すようになって、妹としてはなぜか恥ずかしい気持ちになったことを覚えていますが、それが兄の「脱皮」のサインだったのでしょう。
 今の青年の中にも、父親に反抗するケースは見られるのです。昔ながらの反抗期を経験し、母親を「ババア」と呼ぶような子もいる。
 しかし我々の時代と比べると、反抗期に突入する子供の比率が少なくなった気がしてなりません。私の友人達はちょうど、子供が青年期という人が多いのですが、
「ウチの子は反抗期、無かったわねー」
 と言う人が、少なくない。子供の頃と同じように、思春期になっても青年期になっても、親とずっと仲良し。
 母親が働いていて、父親の方が子供と接する時間が長い家庭では、
「私よりずっとパパと仲が良いのよ」
 と、母親が言っていましたっけ。今時の青年達は、父親とも母親感覚で接しているので、
「強く、大きな存在」としての父に反発したり、乗り越えようとしたりせず、友達感覚で付き合うことができるのでしょう。
 私が大学時代に所属していた体育会の部の現役部員を見ていても、皆両親と仲が良いのです。東北だの九州だの、遠隔地で開催される試合にも親御さん達は駆けつけて、勝って泣き、負けて泣きしている。
 私の現役時代は、オリンピックに出るわけではあるまいし、試合に親が来るなどということは考えたこともありませんでした。もし親が「見に行きたい」と言ったとしても、
「やめてよ、恥ずかしい」
 と言ったことでしょう。あの頃と比べて、親子の距離は確実に近づいています。
 クラブ関係のとある会では、現役を引退する四年生の男子学生がスピーチをしたのですが、彼は、
「僕が最後に感謝をしたい人は‥‥、お母さんです!」
 と叫んでいました。のみならずお母さんを壇上に呼び寄せて、熱いハグを交わしていたのです。
 大学の偉い人からOB・OGの長老までがいた、その席。当然、長老達の辺りからは不穏なザワつきが聞こえました。しかし当の親子は、幸せいっぱいな顔。
 私もまた、長老達とともに「何だこれは」と思う側にいました。人前で母親のことを「お母さん」と言うのもハグをするのも、別の国の出来事を見るよう。私が子を産まずに漫然と過ごしているうちに、日本の親子事情はどこまで行ったのだ‥‥?
 その後私は、「この出来事をあなたはどう思うか?」と、会う人会う人、聞いてみることにしました。
「ありえない! 自分の母親に感謝する前に、部の公的な場においては、まず全てのOB・OGや同期、後輩に感謝するのが筋だろう。ましてやそんな場でハグするとか、どうかしてるんじゃないか」
 と怒ったのは、私と同世代の真面目な体育会出身男性(娘アリ)。
「気持ち悪~い。本当に『ママっ子男子』っているんですねっ! そんな男子と結婚する子が、可哀想」
 と言うのは、三十歳女性(娘アリ)。母親と仲良しであることを全く恥ずかしがらない男子のことを今は「ママっ子男子」と言うそうですが、女子の側ではママっ子男子を全肯定するわけではなさそうです。
 既婚・子無しの同世代女性も、
「今時の若い男子ってマザコンを隠さないって言うけど、本当だったのね。しかし母親も、よく平気でハグされるわよね‥‥」
 と言っていました。
 よかった、あの行為に違和感を覚えるのは、私が非人情な子無し女だからではなかったのね。そう思いつつ、今度は同世代の子持ち女性達に話をしてみると、
「まぁ、わかるかな‥‥」
「アリなんじゃないの?」
 といった意見が続出。私が「こんなことがあったのよ、信じられる?」という口調だったせいか、歯切れの悪い感じなのだけれど、決して否定はしないのです。中には、
「うちの息子の高校のラグビー部では、最後の試合の後、お母さんをお姫様抱っこして写真を撮るのが恒例行事で、お母さん達はみんな楽しみにしてる。息子達も嫌がらない」
 というネタを提供してくれた人も。「だからお母さんとハグくらい、当然。どれだけ子育てに苦労したと思ってるの」ということなのです。
 彼我の感覚の違いに、私は愕然としました。気がつけば彼女達は皆、男の子の母親。親子仲も良いのです。
 男の子のママからはたまに、ドキッとする話を聞くものです。
「将来、私から離れられなくなるように育ててるのよ」
 とか、
「誰があなたのことを一番思っている女かを、息子にはよーく教え込んでいるつもり」
 などと。息子の前では母親もまた一人の「女」であるという意識が、そこにはありそうです。「子を産まないとわからないことがある」と子持ちの人達は言いますが、息子に対するこの「女」感というか所有感こそ、私のような子無し女が最も理解できない部分かもしれません。
 秋篠宮家の眞子さまが小室圭さんと婚約、というニュースが流れた時、母親が息子のことを「王子」と言うなど、小室さんとお母さんとの仲良しエピソードや写真が週刊誌を飾りました。「マザコン」と評す向きもあったようですが、あの年代においてそれはもはや、マザコンではない。ママっ子男子を持つ母親に対しては、
「まぁ、優しい息子さんで羨ましいわ」
 と言わなくてはならないのです。
 私の母親はどうだったか、と思いかえしてみますと、あまり息子愛は強くなかった気がするのでした。たいへんに「女」度が高く、人生の最後まで「女」道を追求する人ではあったものの、こと息子に関して言えば、そうでもなかった。「女」度が真に高かったからこそ、息子ではその欲求を充足させることができなかったのか。いやでも、私の時代は他の普通の善良なお母さん達も、息子とハグとか、してなかったけどなぁ。
 昔の母親達も、本当はその手の感覚は持っていたのでしょう。今との違いは、「息子に対する思いを表に出してはならない」という意識があったか否かではないか。
 私の母親の時代は、マザコンに対する禁忌感が、今よりずっと強かったのです。息子と密着気味だとすぐ「マザコン」と言われるので、息子の側も今のように堂々と母親に近寄ることはなかった。母親も、家の外では息子に対する愛玩欲求の発散を控えていたはずです。
 しかしその後、マザコンは悪ではなくなりました。少子化が進んで、子供がいるだけでも万歳、という世の中では、子供という希少な存在を大切に育てるのが当たり前に。
 一方で家庭崩壊といった事象も見られるようになれば、親子の仲が良いことの価値は、ぐっと高まります。SNSで「我が家はこんなに仲が良いのです」というアピールがあちこちで見られるのも、無理のないところ。
 他人の前でも、親のことを「父」「母」でなく「お父さん」「お母さん」と言うのも、今や当たり前になりました。謙譲語を使用するのも嫌なほど、今の子供達は親のことが好きなのかもしれません。
 しかし先日テレビを見ていると、若いタレントさんが実家で母親のことを「ママ」と呼ぶVTRが流れた後、スタジオのトークでは、
「うちのお母さんは‥‥」
 と言っていました。ということは若者達は、「お母さん」という言葉を、他人の前で使用するべき丁寧語として理解し、誤用しているのかも。その辺りの意識については、さらなる考察が必要かと思われます。
 いずれにしても親子の仲が良くなっているらしい、日本。明治になってから百五十年が経って、親子間で「愛してる」と言ったりハグしたりできるようになるとは、伊藤博文も思わなかったに違いない。
 明治時代の小説などを読んでも、かつての日本の家族では、お父さんが突出して偉い縦社会であったことがわかります。しかし特に第二次大戦後は、お父さんの地位が急落。家族の横社会化が進みました。
 昔は、上位にいる親に下位の子が従うという図式があったからこそ、思春期になると反発・反抗する時期があり、やがて親を乗り越えようとしたのでしょう。しかし横社会化が進む今の家庭では、親子関係が上下関係ではなくなっています。親子横一線なので、たとえば母親の名が「順子」だったら、「順ちゃん」「順子」と、子供達が親を名前で呼ぶという例も、珍しくありません。
 このような仲良し家族に対して、私が驚いたり違和感を覚えたりしてしまうのは、私の家族観に進化が無いからなのです。私がまっとうに結婚したり子供を産んだりしていたら、今頃はうまいこといけば、息子からハグやお姫様抱っこをされていたかもしれなかった。私達世代は、生育家族は縦社会であっても、結婚後は上下関係の無い仲良し家族を作っている世代なのですから。
 しかし私は、新しい家族を、そして家族観を形成していません。今は無き私の生育家族は仲良し家族ではなく、その家族観を今も持ち続けているからこそ、今風の仲良し家族に、いちいちびっくりしてしまうのでしょう。
 先日は、知り合いの青年のSNS上に、彼がおばあちゃんをお姫様抱っこしている画像がアップされていました。七十代とおぼしきおばあちゃんのお誕生日だったということなのですが、男性にお姫様抱っこされるのは、おばあちゃんにとって人生で初めてだったかもしれません。
 さぞや嬉しかったことと思いますが、私は「今や親子間のみならず、祖父母と孫の関係性もここまでフラット化しているとは」と、ここでもびっくり。もう、おじいちゃんと高校生の孫娘が一緒に入浴していると聞いたとて、驚くのはやめよう。それとも今は、お姫様抱っこという行為が、福祉の一環みたいな感じで流行っているのか‥‥?
 肉親と肉体的な接触をすることを躊躇しない若者が増えていることは確かなようですが、では彼らは、肉親以外との肉体接触にも、積極的なのでしょうか。つまり、恋愛対象にも気軽にハグやらお姫様抱っこやらをしているのか。いくらママっ子男子でも、母親をハグするよりも、若い女の子をハグする方が楽しいでしょうし。
 しかし若者達が恋愛に積極的になってきたという話は、聞きません。ストップ少子化!の気配もナシなのは、これいかに‥‥?
 と考えてみますと、「青年の愛はママに流れている」という仮説が浮かぶのです。恋愛においては、時には相手から拒否されたり傷ついたりしなくてはならないけれど、ママは息子からのハグもお姫様抱っこも拒むことは無く、いつでもウェルカム。ママは「俺を決して拒否しない女」だからこそ、安心して愛情表現をすることができる。その上ママが相手であれば、いわゆる「一線」は超えなくてもいいわけで、他人との恋愛よりずっと面倒知らず。息子とのスキンシップは、セックスレス世代のママ達にとっても、元気の素となるのです。
 そんな今の若者達を見ていると、昭和の感覚では多少驚くこともあるものの、「しかしこれが本来の人の道?」という気もしてくるのでした。昭和時代、親子の仲はよそよそしくて当たり前だったけれど、仲が良いならそれに越したことはないのですから。
 振り返ってみれば私は、親に対して何ら、これといった感動的な愛情表現をしてきませんでした。父親が他界した時も、看病や看取りは母親に任せていたし、今際(いまわ)の際に、何か感動的なことを言ったわけでもなかった。やはり、普段から言い慣れていないことは、緊急事態の時も言うことはできないのです。
 母親はほとんど突然死くらいの状態だったのですが、運び込まれた病院の集中治療室で危篤状態となった時、私は「父親の時、私は何も言えなかった」という後悔を思い出しました。人間、耳は最後まで聞こえているというし‥‥ということで、私が母親の耳元で勇気をふりしぼって小声で囁(ささや)いたのは、
「ありがとね」
 の一言。それまでに母親が私に注いだ愛情は、そんな一言でチャラになってしまったのです。
 嗚呼(ああ)、親に「愛してるよ!」と叫ぶことができる人、親をハグすることができる人に幸いあれ。愛情も感謝も、言葉なり態度に出さない限りは、相手に伝わることは決してないことを熟知している今、そんな若者達の姿は私にとって眩(まぶ)しすぎます。それでも彼等に対して「えっ?」と思ってしまう気持ちの裏にあるものは、自分はもうそんな仲良し家族に身を置くことはできないことを知るが故の、嫉妬なのでしょう。

次回は3月28日の更新予定です。

著者情報

酒井順子(さかい じゅんこ)

高校在学中から雑誌にコラムを発表。
立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『ananの嘘』『忘れる女、忘れられる女』など多数。

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.