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美麗島プリズム紀行 乃南アサ

第5回 台北MRTに生かされる日本の技術

更新日:2019/01/16

 台北の主要道路はいつも混雑している。路上駐車が多いしバイクが溢れかえっていて、たとえ雨の日であってもその数は変わらず、中には雨合羽の夫婦と幼児で3人乗りしているのに加えて前籠にペットの小型犬までいたりする強者バイクが車の間をすり抜けていったりするのだから、タクシーに乗っていても絶えずヒヤリとしなければならない。そのタクシーにしてもドライバーによっては相当に大胆な運転をする。そんなわけで心穏やかかつスムースに、そして安価に市内近郊を移動したいと思ったら、何といっても新交通システム・台北捷運(正式には台北都会区大衆捷運系統。略称、台北MRT)を利用するのが便利だ。
 MRTは大半は地下を走っているが、高架を走っている部分もある。それぞれの路線は赤、黄、青、緑などと色分けされている。しかも表示されている駅名は当然のことながら漢字だから、路線図を一見すると東京や大阪の地下鉄とよく似た印象を受ける。つまり、まったく乗り慣れていなくても、目的とする駅がどの色の路線か確認して乗換駅さえ間違えなければ、さほど苦労することなく利用することが出来る。
 日本の地下鉄と異なる部分といえば、まず券売機で買う乗車券が「切符」ではなくトークンと呼ぶプラスチック製のコイン型IC乗車券であること。トークンは降車駅の自動改札口で回収されるからゴミにもならなくて非常にいい。悠遊カードというIC乗車カードもある。ちなみにこの悠遊カード、乗車時には最低運賃以下の残額しかなくても、改札口を通ることが出来る。そして、残高不足のまま目的地に着いても、一度くらいなら改札を出ることが出来るらしい。2度目以降か、または他の問題があった場合はカードをかざしてもアラームが鳴り、外に出られないというシステムだ。そうしたら窓口か機械を使ってチャージすればいい。コンビニなどで利用可能で、チャージも出来るのは日本と同じだ。


MRTの駅務員室。改札口の内外両方に面している多角形のデザインは各駅で共通。手前の機械で悠遊カードのチャージも出来るし、駅員さんに頼むことも出来る。

 

 また、喫煙はもとより車内での飲食は禁止されていて、違反した場合は罰則の対象になる。だから日本の電車内のように、何か食べたり飲み物を手にしている人はいない。従って駅構内やホームに飲み物の自販機などないし、売店もない。徹底している。
 徹底しているといえば、いわゆる優先席が各ドアのすぐそばにあって、もし座っている若者などがいたとしても、高齢者や身体の不自由な人が乗ってくるとさっと席を立つ。音楽など聴いていて気づかない乗客がいれば他の人が促して立たせることもある。そこまで徹底しているのに、あちらこちらで携帯電話が鳴り、会話する人がいるところが台湾らしい。
 MRTは1996年に開業した。つまり、まだ20年あまりしかたっていない、文字通り新しい交通手段だ。それだけに新しいシステムを一斉に導入しやすかったのだろうし、最初からルール作りを徹底すれば、乗客たちも「そういうものだ」と受け入れて馴染みやすかったのだろうと思う。
「でも、はじめの頃は誰も並んだりしていませんでしたよ。何年かぶりに台湾に帰ったら、みんなちゃんと整列乗車するようになっていて驚きました。へえ、やれば出来るんだなって」
 以前、日本に留学している台湾人の青年から聞いたことがある。最初から徹底されていたわけではないらしい。だが、とにかく今では乗客たちはごく当たり前にプラットホームに引かれた線に沿ってきちんと並び、電車の到着を待つ。アナウンスは流れない。電光掲示板と、場合によっては簡単な電子音が電車の到着を知らせるだけだ。ほとんどの駅にはホームドアが設置されている。そんな具合だからMRTは台北の街の雑然とした雰囲気や混沌とした印象とはまるで異なる、整然としてゴミ一つ落ちていない独特の雰囲気を持った地下空間とも言える。
 今も路線が広がりつつあるMRTだが、この中に台湾で初めて、日本企業が単独で施工した区域があると教わった。それが2014年に開業した松山新店線の、松江南京、中山、北門という3つの連続した駅とトンネル6本を施工する工事だったという。この区間は、台北でももっとも中心部に位置するといっていい地域だ。
 松江南京は、大手銀行や証券取引所などが軒を連ねるビジネス金融街。途中、日本人ビジネスマンなどが多く利用する飲食店やホテルが林立する林森北路を挟んで西隣にある中山は、デパートや一流ホテルも並ぶ、たとえて言うなら銀座のような街といったところだろうか。そこから南西方向にある北門に向かうと、すぐ傍には台北駅がある。台北駅周辺は日本統治時代から残る古い建物や住宅密集地のある一帯だ。この、それぞれに個性と特色がある街を結ぶ路線と駅を単独で施工したのが、前田建設工業株式会社。2002年、高雄での活動を皮切りに、2006年に台北市に進出し、同年12月から工事に入ったという。工事の完成までは8年を要した。


前田建設工業台湾出張所の酒井照夫出張所長と田口邦明事務長。あらゆる現場で培ってきた経験をうかがうと実に興味深い。

 

「台北は地下水位が高いんです。2メートルも掘ると水が出ちゃう。しかも、台風も多いですから、つまり『水との闘い』という側面が一つ、大きな問題でした」
 前田建設の台湾出張所を訪ねてみた。酒井照夫出張所長は前田建設の南部・高雄での地下鉄工事、東部・花蓮での海洋深層水の取水施設工事の工事終了後のメンテナンスにそれぞれ携わり、そして台北MRTの敷設工事に取り組んできたという。つまり、台湾で長年「水と土」と闘ってきた、プロ中のプロだ。
 地下鉄工事にはシールド工法をとった。トンネルを掘るのにシールドマシンという掘削機を使用するものだ。巨大な円盤形の機械で、掘削面には岩をも砕く強靱で細かい刃が、まるでおろし金のようにたくさんついており、その円盤をゆっくりと回転させながら前進させることによって土や石を削り取り、穴を掘り進めていく。削り取られた泥土や石、染み出てきた水などは逐次ホースで地上に吸い出される。一定の間隔を掘り進むと、そこにセグメントという円弧状のブロックを組み上げてリング状につなぎ、がっちりと固定する。このリングが連続していくことでトンネルは内側から強固に補強されつつ伸びていくという仕組み。
「トンネルは真っ直ぐではないですからね、地上の建築物ばかりでなく、地盤や障害物など地下の状況によっても、途中でカーブさせる必要が出てきます。今回の工事ではトンネルがカーブする際に、コンクリート製のセグメントでは強度が足りないのではないかと判断した箇所には、台北の地下鉄で初めて鋳鉄製のダクタイルセグメントというものを採用しました。何よりも大切なことは、日本の技術で万全の安全性を確保すること。これが最重要課題だったんです」
 水の問題だけでなく、歴史の積み重なった台北の地下には既に様々な「障害物」があった。たとえば高架橋の基礎や橋の杭など。あらかじめ調査して図面で確かめておいたとしても、実際に掘り進んでいかなければ分からない局面もあったという。ただシールドマシンをグルグル回して、ザクザクと穴を掘り進めていけばいいというわけではないのだ。
「環境管理も徹底しました。現場の整理整頓はもちろんのこと、現場周辺にも配慮が必要です。自分たちが暮らしている地域の地下が掘られるわけだから、近隣住民などの理解を得る必要もあります」
 田口邦明事務長も、たとえば掘り出した泥土を運ぶダンプトラックの洗浄や道路の清掃、現場の緑化にまで配慮したと語った。
「苦労したのは、台湾鉄道(在来線)と台湾高速鉄道(新幹線)とが並行して走っている場所の、わずか5メートル下を交差しながら掘進しなければならなかったときですね」
 酒井所長が地図を示しながら語る。場所は北門駅よりも少し南だ。この区間は、台湾鉄道も新幹線も地下を通っている。双方のトンネルには土留めのための連続壁と、これも日本の技術だというSMW壁という遮水性のある壁とがトンネルよりもさらに地下深くまで築かれていて、今回の地下鉄工事では、その壁を突っ切っていく必要があった。そのためには壁をはつ(削)らなければならない。せっかく強固に出来ている壁に穴を開けるのだから、その分だけ問題が起こらないように、周囲の地盤を強化する必要もある。
「工事には当然、振動が出ますよね。引っ切りなしに走っている鉄道の、たった5メートル下でやってるわけですから、大きく揺れれば安全な運行に支障が出かねない。だが、新幹線も台湾鉄道も運行は止めないし、ダイヤを乱してもならん、ということで、これは大変でした」
 地上にいては絶対に分からない地下2、30メートルの世界。しかも、どれほど優秀なマシンを導入していたとしても、必要に応じて既存の壁をはつり、鉄筋を切断し、また、セグメントの一つ一つをボルトでつなぎ合わせていくなどの作業は、最終的にはすべて人間の手に委ねられる。スタッフや作業員には日本人ばかりでなく現地の台湾人も、またタイ人もいた。小さな油断やコミュニケーション不足が後々、大事故につながらないとも限らない。だからこそ、それぞれの言葉で注意喚起を怠らず、くどいほど確認を繰り返して、細心の注意を払わなければならなかった。そういう苦労を重ねてきたからだろう。酒井所長も田口事務長も、実に流暢な中国語を話される。
「その上、北門駅の施工現場から台北城があった頃の遺跡も出てきましたし、工事する範囲に引っかかるところには、日本統治時代の機関車整備工場もありました。こっちも頭の痛い問題でした」
 台北は清時代、もともと広さ1.4平方キロメートルの城郭都市だった。日本統治時代になってすべての城壁と西門とが取り壊され、その城壁の巡らされていた跡が現在では台北中心部をぐるりと回る格好の、幅広い三線道路となっている。北門駅は、今も国の第一級古蹟として遺されている城門の一つ、北門が近くにあることから命名されている。そんな環境だから、地面を掘れば古い時代のものが出てくることは想定の範囲内だったかも知れないし、台北駅からほど近いことを考えれば、機関車整備工場があったことも頷ける。そして案の定、清時代の「機械局」が日本統治時代になって「鉄道部」となった、その一部と思われる遺跡が現れたという。
 工事はストップ。遺跡は1年ほどかけて学者による発掘調査が行われた。その間に、前田建設は北門駅の出入口の位置を設計変更したり、また遺跡からの出土品の一部を新しい駅の構内で展示する方法などを模索した。MRTの駅は、どこも似たような造りで同じ雰囲気だ。統一されている。その中で、それぞれの駅が壁のレリーフなどを使って個性を演出しようとしている。北門駅の場合はこの地が長い間ずっと鉄道と縁が深く、そうした歴史の上に成り立っていることを大きな特徴としてアピールしたかったのだろう。
 一方、煉瓦造りの機関車整備工場の方は台北市の指定遺跡となっているため、やはり保存する必要があった。もともとあった場所からは以前、別の業者が移動させていたということだが、その場所が今回の駅建設工事の妨げになることから、工事に先がけて建物を少しでも本来あった場所に近づける方向で、東南に25.5メートル移動させることになったのだという。そのためにおよそ10カ月かけて建物の基礎補強、構造補強、そして底盤(ていばん)構築を行い、移動に耐えられる状態にしたところで、そろり、そろりと動かした。移動期間だけで2週間ほどかかったということだ。
 当たり前の話だが、鉄道は路線の一部でも工事が終わっていなければ電車は走れない。決められた工期のうちにトンネルを掘って駅を3つ造るだけでも大仕事だ。しかも前田建設は、松山新店線全線の軌道工事と管制設備、そして空調などの仕上げ工事も受注していた。それに付随して、やれ遺跡だ保存だ移動だといった問題まで出てきたのだから、処理しなければならないことは山ほどあったに違いない。
「まあ、どこでやっていてもアクシデントはつきものでね、思ってもみなかったことが起きる。そんなものですよ」
 今でこそ笑って話してくださる酒井所長たちだが、実際に工事をすすめていく段階では、頭を抱えることも多かったのではないかと想像した。大きなものを造る工事だからこそ、細部に目を向ける感覚と、全体を見渡す力の両方が必要なのに違いない。


台北捷運(MRT)北門駅。松山新店線は緑色がイメージカラーとなっており、各駅にG13のように駅番号がついている。


北門駅の地下構内に復元された遺跡。発掘道具やはしごなども配置されて臨場感を出している。とにかく広々としているのが印象的。

 説明を聞いた後、実際に北門駅と機関車整備工場の建物を案内していただいた。
 2014年11月に開業したばかりの北門駅は、いかにも真新しい雰囲気だ。利用者の数もまださほど多くない様子で、地上の喧噪からは相当にかけ離れている。広々とした構内にはテナントスペースも設けられているのだが、利用客そのものがまだ少ないせいか、空き店舗のままのところが目立った。
 改札口に向かって歩いて行く途中、まず壁のレリーフに目がとまった。この土地の歴史を年表形式で分かりやすく伝えているものだ。そして北門駅の強みと言えば、前述の遺跡。こちらに関しては構内の床の一部にアクリル板がはめ込まれ、自分たちの足もとに発掘された遺跡の一部が再現展示されるという工夫がなされていた。
「いったん出土したものに整理番号をつけて、例の機関車整備工場に保存しておいたんです。工事期間中は前田建設が管理していたわけですから。そして、工事の最終盤になって、出土品を元の位置に復元移動しました」
 覗いてみると、確かに古い煉瓦や土管などがある。たった今、発掘作業が行われたような展示の工夫も見られた。こういう半ば遊び心を感じられる展示は、駅全体の床面積を広くとっているからこそ出来るものだといっていいだろう。日本の地下鉄駅構内で、こんなことの出来る場所があるだろうかと、つい考えた。同時に、この地には日本統治時代以前からの人々の営みが降り積もっていること、当時からずっと鉄道の要衝であったことを実感する。
 機関車整備工場の方は、北門駅が運用を開始した後も、実はそっくり鉄板に囲まれたまま、未だに一般の人の目には触れていなかった。古い建物の修復やその後の管理には当然のことながら莫大な予算がかかる。そのこともあって、処遇が宙に浮いたような状態らしい。だが今のままでは、真新しい北門駅のすぐそば、台北駅からもほど近い一等地に、まるで廃業した町工場か何かがあるだけにしか見えない。これは残念だ。
 お願いして、入口から少しだけ中を覗かせてもらった。
 照明をつけると、なるほど、いかにも日本統治時代のものらしい、赤煉瓦造りの建物が姿を現した。今は太い鉄骨に守られ、土台も少し浮いたような感じだが、移動の際に補強工事はしてあるのだから、あとは改めて日の目を見られるように整えればいいのではないかと、素人の頭は単純に考えてしまう。いかにも愛想のない鉄板の屋根や壁が取り払われて往事のままの姿を甦らせることが出来たら、この建物こそが北門駅の大きなランドマークになる。そうすれば、辺り一帯の風景そのものも大きく変わってくるに違いない。何よりこの建物が、その日が来るのを待ちわびているように見えた。
 台湾には日本企業が関わった建築物が山のようにある。高層ビルの類いはほとんどがそうだとも聞いている。それでも、自分も当たり前に利用するMRTの一区間を単独で築き、安全を守り続けている日本企業があると思うと、やはり嬉しくなる。酒井所長のモットーは「正義を信じて一生懸命頑張る」というものだそうだ。以来、松山新店線に乗って北門駅界隈を通過する度に、日本の「一生懸命さ」を感じるようになった。それは、かつて五十年間、台湾を日本の領土として猛スピードで開発し続けていた頃の、多くの日本人技術者たちの心意気と相通ずるものに違いない。


北門駅そばの機関車整備工場跡。鉄板に覆われているため、気づいている人は少ない。 建物の左右に北門駅への入口が見えている。右手奥に見える高層ビルが台北駅のあたり。


日本統治時代の機関車整備工場跡。しっかりと補強工事がなされている。 改めて日の目を見ることは出来るのだろうか。

 

協力◎一般社団法人日本台湾文化経済交流機構 ◎プロジェクト「まごころ日本」
©Project Magokoro Nippon  ※日本台湾文化経済交流機構は日本統治時代の歴史建造物等の保存及び伝承、台湾と日本の良質な文物を相互に伝える活動を行っています。

著者情報

乃南アサ(のなみ・あさ)

1960年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部中退後、広告代理店勤務を経て、1988年『幸福な朝食』が第一回日本推理サスペンス大賞の優秀作に選ばれ、作家デビュー。1996年『凍える牙』で直木賞を、2011年『地のはてから』で中央公論文芸賞を受賞。2016年に『水曜日の凱歌』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。他の作品に『花盗人』『団欒』『いつか陽のあたる場所で』『しゃぼん玉』『六月の雪』『美麗島紀行』『ビジュアル年表 台湾統治五十年』などがある。

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平成30年北海道胆振東部地震により甚大な被害が発生いたしました。
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