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ジャンル:単行本 随筆 ノンフィクション 他

なげださない

なげださない 


著者 : 鎌田 實

  • 判型 : 四六判
  • 頁数 : 308ページ
  • ISBN : 978-4-08-781378-4
  • 価格 : 本体1,600円+税
  • 発売日 : 2008年01月25日

いのちの底力を見せられた! 人間って凄い
過酷な災難に遭っても病気や障害を背負いながらも、大切な命を、めいっぱい生きようとする人がいる。自分も辛いのに、他人のために生きられる人がいる。『がんばらない』を超える感動がここにある。

試し読み
 ちょっとしんどいと、親が子どもをなげだし、
 子どもは老いた親をなげだし、
 メーカーも商社も信用をなげだしてしまう。
 ちょっとつらいと、勤め人は会社をなげだし、
 国のリーダーまでもが、この国をなげだした。

 困難のなか、なげださずに、ていねいに
 生き抜く人たちを書きたいと思った。
 いのちの底力を、伝えたい。


1章
どうせダメなら、どん底まで行っていい。
必ず翔べる



   二代続いた地獄からの脱出

 ヒロさんは五五歳。五年前までアルコール依存症だった。
 お酒を飲んでいるはずが、気がつけば酒に飲まれて二十数年。
 事業に失敗し、借金を重ね、妻子に逃げられ、家を失った。
 それでも酒をやめられず、何度も救急車で病院に運ばれ、二度死にかけた。
 そんなヒロさんが今、不登校や引きこもりの子どもたちに寄り添う仕事をしている。依存症の泥沼からボロボロの翼で翔び立ち、固く閉ざされていた子どもたちの心を開かせ、ともに力強く羽ばたいている。
「四〇代の後半は、社会的にも家庭も体も、もう完全に底つきでした。でも、底をなめたおかげで、浮いてこられたのかもしれません」
 どん底まで沈み、そこから飛翔したヒロさんの物語。それは、こんなふうにはじまった。
「依存症っぽくなったのは二〇代、大学を出て就職してからかな。ちゃんとセーブして飲めてるときもあるんだけれど、何かあるととことんいっちゃう。で、とことん飲んじゃうと、やっぱり問題を起こすわけですよ。タクシー蹴飛ばして警察沙汰になったり。
 営業の仕事をしていたので、昼間でもなにかにつけて飲めたんです。それでも仕事にはちゃんと行ってたんですが、三五歳のとき親父が死んで、恨みの対象がいなくなったら、よけいおかしくなっちゃった。葬式のあと、うつ状態になって何もする気がしなくなり、元気出すために酒ばかり飲んでました」
 設備会社を経営していたお父さんのことを、ヒロさんはずっと嫌っていた。
「うちの親父は、いわゆる酒乱でね。酔うと、おふくろに暴力をふるったんです。おふくろの話では、そうたびたびじゃなかったと言うんだけれど、子どもってのは一回傷つくとトラウマになっちゃうんでしょうね。小さいころの私を支配していたのは、親父に対する恐怖心と不安感でした。
 そんな親父を憎み軽蔑していたのに、自分もアルコール依存症になっちゃうんだから……。酒を飲んでも、親父みたいに女子どもに暴力をふるわなければいいと、ずっと思っていたんです。ただ、暴力は絶対にふるわなかったけど、そのぶん、口がすごいの。暴言を吐いちゃあ、しつこく相手の痛いところをつく。かと思うと、部屋に引きこもっちゃったりね」
 心配した家族が看護師に相談したところ、依存症者のための専門病棟がある精神病院を紹介された。動めていた会社の社長にも強くすすめられ、半ば業務命令のような形で入院。でも、ヒロさんの場合、これが逆効果になってしまう。
「まわりは自分よりひどい酒飲みばかりだから、かえって安心しちゃうんですよ。病院の先生が言う言葉より仲間が言ってること――酒なんてやめられるわけねえんだ、うまく飲めばいい――のほうが本当っぽく聞こえるし(笑)。
 そもそも、『おれは依存症じゃない。この人たちとは違う』という否認の感情が強かったですからね。心の奥のほうでは、『黒か白かと言われたら灰色かも』と思ってはいる。不安を打ち消すために、無理やり入院させられたとまわりの人間を恨んだりして。
 サカウラミ。本当にタチが悪かった。
 病気じゃないと信じたいわけだから、治そうなんて思えない。とにかく一刻も早く病院から出たくて、ドクターに会うたび『出してくれ、出してくれ』と訴えてました」
 ニヵ月ほどで退院してから、ヒロさんの転落にいっそう拍車がかかる。
「酒で入院なんて、女房子どもから見たらダメな親父でしょ。家族や友達の中で、自分が困った存在であるというレッテルを貼られていることは、私自身が一番わかっている。いつも、こう重たいものを背負って歩いてる感じでね。だから取り戻したいんですよ、信頼を、失ってしまったものを。
 で、『会社勤めなんかしてちゃ先が見えてる、何か一発やらなきゃ』と思って会社を辞め、自分で事業をはじめたわけです。収入が不安定だったから、夜は進学塾の先生をしたり、家庭教師をしたり。朝七時から夜の一〇時ごろまで人一倍働いて、家も改築しました。何か目に見える形の償いみたいなことをしなければ、評価してもらえないような気がしたんでしょうね。
 だけど、それは家族が望んでることじゃなかった。私みたいなアルコール依存症者がすべき第一のことは、酒をやめ続けること。その第一のことをしないで、ほかのところでいくらいい顔をしたって女房子どもは認めちゃくれない。
 またお酒を飲んじゃった瞬間から、家族が落胆し、自分を見限りはじめていくのがわかる。なのに、酒はやめられない……。だから、どうにかしなきゃと、どんどん仕事をするんだけれど、そんなことを続けていたら、どこかで破綻するに決まってますよね」
 酒をやめないといけないとわかっている。
 でも、やめられない。
 冷たい目の中で、いい顔しようと泥沼へはまっていく。
 悲しいあがきだった。

寂しくて、寂しくて

 酔って働けない時間が増え、それを取り戻すためにがむしゃらに働き、また飲んだ。アルコールの残った頭では、その場限りの衝動的な商売しかできず、儲け話に飛びついては失敗した。そうして、借金が数千万円にふくらみ身動きがとれなくなった四六歳の夏、家に帰ると家族が消えていた。奥さんと、二人の娘、同居していた実のお母さんも。
「あとで聞いたら、おふくろが先導者だったんです。『このままじゃ、子どもたちまで巻き込まれて大変なことになる』と密かに計画し、引っ越し先を決めて、女房子どもと一緒に出ていった。それから、おふくろは、私に向かって『家を売れ』と言いました。「この家を売れば、なんとかなる。あたしには気をつかわんでいいから』と」
 おふくろさんの気持ちがありがたかった。
 自分が情けなかった。
 ひとりぼっちが寂しくって、静まりかえった家の中、ウォゥウォオゥと夜が白むまで泣き続けた。
 心機一転やり直そうと、家を処分して債務を整理し、安アパートを借りた。
 早朝から深夜まで懸命に働き、地域ではトップスリーに入る”スーパー家庭教師”と呼ばれるようになった。
 でも、それでもやっぱり、「第一のこと」ができなかった。 (…この続きは本書にてどうぞ)

著者情報

鎌田 實

鎌田 實 (かまた みのる)

医師、作家、公立諏訪中央病院名誉院長。著者『がんばらない』(集英社刊)が2000年、ベストセラーになる。
他に主な著書として『あきらめない』『それでも やっぱり がんばらない』『ちょい太で だいじょうぶ』『なげださない』『病院なんか嫌いだ』『いいかげんが いい』『空気は 読まない』『人は一瞬で変われる』がある。また、読む絵本に『雪とパイナップル』『アハメドくんの いのちのリレー』があり、(以上、集英社刊)いずれも好評発中。現在日本テレビ系「news every.」にレギュラー出演中