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ジャンル:単行本 随筆 ノンフィクション 他

名画の言い分

名画の言い分 


著者 : 木村 泰司

  • 判型 : 四六判
  • 頁数 : 248ページ
  • ISBN : 978-4-08-781374-6
  • 価格 : 本体2,286円+税
  • 発売日 : 2007年07月26日

美術館や展覧会が、100倍楽しくなる!
西洋美術史界の異端児、木村泰司の初の著書! 独特の視点とエンターテイメント性あふれる話術で名画を解説。名画を巡るドラマや謎は「モナリザ」だけに限ったことではない。

試し読み
はじめに

 みなさま、こんにちは。木村泰司です。
「美術は見るものではなく、読むものです」
 西洋美術の見方を教えてください、西洋美術史ってなんですか。そんな質問をいただくたびに、私はいつもこうお答えしています。
 現代の日本では、やたら「感性で美術を見る」――好きか嫌いか、感動するかしないか、といった尺度で見る――などといいますが、感性で近代以前の西洋美術を見ることなど不可能です。なぜならば西洋美術は当然、西洋文明のなかで生まれてきたもので、この西洋文明自体が「人間の感性などあてにならない。理性的でなければ」というところから始まっているからです。
 そもそも画家が自由に自分の好きな絵を描くようになったのは18世紀以降のこと。それ以前の作品は、古代ギリシアに遡るまで、ある一定のメッセージを伝えるものでした。そこには明確な意図が内在しているのです。西洋美術史とは、それらのメッセージや意図を正確に読み解いたうえで、その作品のもつ世界を十分に味わうことにほかなりません。
 作品に内在するメッセージや意図を読み解くためには、その時代の歴史、政治、宗教観、思想、社会背景など、膨大な量の知識が必要となります。それらを包括して学問として体系化したのが西洋美術史です。ですから、欧米人でさえ美術史を学ばないと西洋美術は理解できません。考えてみれば当たり前のことで、欧米人とはいえ現代に生きる人々が、古代や中世の人たちが何を思って生き、どんな価値観をもっていたのかなどわからないわけです。ましてギリシア神話や聖書のこともよく知らず、まったく違う文明のなかで生きてきた私たち日本人が、感性などというあやふやなもので西洋美術に対しても理解できるはずがありません。
 とはいえ、美術のプロになるわけでもないのに、膨大な知識に挑む必要もありません。白状しますと、美術のプロとなった私自身、アメリカとイギリスで西洋美術史を学んでいる最中には、膨大な量の書物を目の前にして「ああ、なぜこんな学問を選んでしまったのだろう」と頭を抱えたことが何度もございます。
 そこで私はみなさまに「その時代のエッセンスをつかむ」ことをご提案したいと思います。おおまかでいいのです。その時代のエッセンスを知れば、その時代になぜその絵が描かれたのかがわかってきます。そのうえで、その作品にどんなメッセージが託されているのかを読み解いていく。これぞ、西洋美術鑑賞の醍醐味であり、西洋美術のもつ楽しさと面白さを十分に味わう早道です。
 欧米では、子どもが小さいときから美術館に連れていき、子どもにわかりやすい言葉で美術教育をしています。私たちも子どものようなまっさらな心に戻って、ご一緒に、楽しく、美術を読み解いてまいりましょう。

第一章 西洋美術の発祥
  〜古代ギリシャから中世への旅〜

 西洋文明発祥の地は古代ギリシアです。ギリシア以前の文明は、ある意味ですべて神様に牛耳られていました。雨が降っても、雷が鳴っても、それは神様の仕業だったのです。
「いや、そうではないのだ」と、人間中心に理性的にものを考えるようになり、哲学が生まれ、学問が生まれ、美術が生まれたのが古代ギリシアです。それが古代ローマヘと継承されて、ルネサンス時代(14〜16世紀)に再生され、現在に至っているわけです。
 このように理性的な文明のなかで生まれてまいりました美術ですから、当然、理性的に向き合わなければ理解できません。西洋文明発祥の地は古代ギリシア。当然、西洋美術の発祥の地も古代ギリシアとなりますので、西洋美術史はいつもギリシアから始まります。
 私のこの本でもそうです。そしてこの本は、2400年近い美術史を一冊で網羅してしまおうという、たいへん図々しい企画ですので、どうぞみなさま、覚悟してついてきてください。

   アルカイック時代――人間中心の文明の誕生

 古代ギリシアの美術には、大きく分けて3つの時代があります。アルカイック時代、クラシック時代、ヘレニズム時代です。まずはアルカイック時代から見てまいりましょう。
 8ページの彫刻は紀元前525年頃、今から2500年以上も前の青年立像『クロイソス墓碑像』(1)です。このように支えのない彫刻のことを"丸彫り彫刻"といいます。ギリシア以前の彫刻には、すべて支え(支柱や支橋)がありました。ギリシアで初めてこの"丸彫り彫刻"が生まれるわけですが、そこには当時の人々の意識が表れています。それは、神様によって立たされているのではなく、人間の意思、自分の意思で力強く立っている、ということを示しているのです。ここに人間中心の文明が始まったことがおわかりいただけると思います。
 ご存知のように、ギリシアの彫刻は男性の場合、神様であっても運動選手であっても、ほとんどがオールヌードです。この、ヌードであることにも意味があります。また、「男は顔じゃない」なんて言い訳が通用するのは日本だけ。西洋では通用いたしません。なぜならば、西洋の美の原点の一つは、男性の美しさにあるからです。古代ギリシアでは、男性が美しくあるということがとても重要でした。だからこそ男性の理想像を追求したのです。
 例えば古代のオリンピックでは、神様の姿と同じように全裸で競技が行われました。選手たちは日焼け止めのオリーブオイルを体に塗って、より肉体を美しく見せていたのです。というのも、男性の内面的な美点が、美しい肉体を自然につくり上げると考えられていたからです。つまり、精神と肉体は一つであり、美しい肉体は誇るべきものだったのです。ここから生じたのが英雄崇拝です。古代ギリシア美術には、当時のギリシア人の思想が表れています。

   だけど、やっぱり男尊女卑

 また古代ギリシアは、男性同士の同性愛をタブー視しないどころか、それを利用さえする社会でした。恋人同士の兵士が意図的に同じ部隊に配属されることもありました。というのも、男は恋人の前ではいい格好をしたがる生き物です。戦争の際には恋人に自分の勇敢さを見せようとしたり、恋人の兵士が敵に倒されそうになれば、勇ましく応戦に駆けつけるからです。このような価値観があったからこそ、ギリシア美術の男性像はヌードで、またその美しさを時代ごとに追求していったのです。
 それに比べ、女性の彫刻の多くは着衣の女神像です。なぜかといえば、古代ギリシアでは女性の地位は低く、精神的にも男性に劣る存在であると考えられていたからです。要するに、完全に男尊女卑の社会だったのです。 (…この続きは本書にてどうぞ)