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ジャンル:単行本 随筆 ノンフィクション 他

鈍感力

鈍感力 


著者 : 渡辺 淳一

  • 判型 : 新書判
  • 頁数 : 240ページ
  • ISBN : 978-4-08-781372-2
  • 価格 : 本体1,100円+税
  • 発売日 : 2007年02月05日

「鈍感力」こそ、今を生き抜く新しい知恵!
この複雑な現代社会をより良く生き抜くためには、ある種の鈍さ、「鈍感力」が必要である! そんな渡辺流、逆転の発想をあらゆる角度から具体的にさし示す、人生を成功に導くための処方箋17章!

試し読み
   其の壱 ある才能の喪失


それぞれの世界で、それなりの成功をおさめた人々は、
才能はもちろん、その底に、必ずいい意昧での
鈍感力を秘めているものです。
鈍感、それはまさしく本来の才能を大きく育み、
花咲かせる、最大の力です。




 一般に、「鈍い」ということは、いけないことのように思われています。
 実際、「あの人は鈍いよ」といわれるのと、「あの人は鋭いよ」といわれるのでは、天と地ほどの違いがあり、もし、鈍いといわれた人がきいたら、 烈火のごとく怒るでしょう。
 同様に、鈍感といわれるのも、あきらかに否定的な意味として、受けとられます。
 しかし、鈍いという意味をもう少し広く、身体的な面まで広げて考えると、そのイメージは大分変ってきます。
 たとえばいま、外で夕涼みをしていて、露出していた二の腕を蚊に剌されたとします。
 このとき、A君は慌てて蚊を叩き、追っぱらったとしても、そのあと痒くて掻くと、たちまち赤くなって腫れあがり、それでも掻いていると皮膚がただれて 湿疹になります。
 これに対して、B君は、軽く叩いて蚊を追っぱらったあとは、それ以上、とくに痒くもないらしく、平気な顔をしています。
 この場合、あきらかに敏感なのはA君のほうで、鈍感なのはB君のほうです。
 むろんこれは、蚊に剌された痛みに対してのことですが、B君のほうが肌が強くて、健康なことは誰にもわかります。
 一方のA君の肌が敏感すぎて弱くて、傷つき易いことも明瞭です。
 要するに、A君の肌は敏感で鋭いをとおりこして過敏ということになります。
 こう見てくると、鋭いより鈍いほうが上で、優れていることが自ずとわかってきます。

 叱られてもへこたれない

 ここで再び、心というか精神的な面における、鈍さというものについて考えてみることにします。
 まずここに一人の男性、K君がいたとして、彼はある会社に勤めています。
 会社でK君はそんな優秀でもないが、そんな劣ってもいない。いわゆる平均的なサラリーマンですが、あるときうっかりして、仕事上のミスを 犯してしまう。
 しかも悪いことに、たまたま上司の虫の居所が悪く、みんなの前でかなり強く叱られます。
 まわりにいた仲間は、そのあまりの激しさに驚き、「ちょっと、あの叱りかたは、ひどすぎるんじゃない」と同情し、さらには、「あれでは落ちこんで、 明日、仕事を休むのではないか」と心配します。
 ところが、そんなみんなの心配をよそに、K君は翌朝、いつもの時間に現れて、昨日、叱られたことなどまったく忘れたように、「おはよう」と笑顔で 挨拶します。
 これを見て、いままで心配していた人たちは思わず、「おはようございます」と返事をしながら、あんなに心配していたのにと、なにやら気が抜けて しまいます。
 こうしたK君をどう見るか。
 よくいうと、あれだけ怒られたのにほとんど響かず元気なのだから、タフで立派、ということになるでしょう。
 しかし同時に、上司に厳しく叱られても響かない、「鈍い奴」ともいえそうです。
 いずれにせよ、鋭いというか、敏感でないことだけはたしかです。
 これに対して、別のN君は同じように叱られても、K君のように気分の転換がうまくできず、家に帰っても延々と考え、一人で悩み続けます。
 それどころか、「俺は駄目だ、どうにもならない奴だ」と自らを責め、「いまさら平気な顔をして会社に行けない」と思い詰め、翌日は休むかも しれません。さらにはそれが尾を引き、一日休んだのが二日になり、三日になり、ずるずる休むうちに、会社を辞めることになりかねません。
 この鈍感君と敏感君、二人を比較した場合、圧倒的に強くて、頼り甲斐があるのは鈍感君のほうです。
 彼なら、これからなにごとがあっても逞しく生き抜き、将来、会社の幹部にもなれるかもしれません。
 しかし敏感君は、このあとも絶えず挫折して、そのうち親しい友達も敬遠して去っていくかもしれません。

 ナイーヴであるが故に深く落ち込む

 こうした鈍感力は、なにも会社の上下関係だけに有用なものではありません。
 一般の仕事上の際き合いにおいてはもちろん、友人関係、さらには男女関係においても重要です。
 以下は、わたしが実際に体験したことですが、いまから四十年くらい前、わたしがまだ新人作家のころ、故有馬頼義先生が主催されていた 「石の会」という会に入っていました。
 この会には、三十代から四十代で一応、中央の新人賞は受けていて、直木賞や芥川賞の候補にはなっているが落ちていて、まだ作家として 一本立ちしていない。お相撲さんでいうと、幕内の手前くらいのところにいる感じの作家たちが集っていました。
 会には三十名近くいて、常時二十名くらいが毎月一回、有馬邸で開かれる例会で、ご夫人手製のお料理をいただきながら酒を飲み、勝手 気儘なことを喋ったり、きいて帰るだけの気楽な会でした。 (…この続きは本書にてどうぞ)

著者情報

渡辺 淳一

渡辺 淳一 (わたなべ じゅんいち)

北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、整形外科講師となり、医療の傍ら小説を執筆。1970年『光と影』で直木賞を受賞。1980年に吉川英治文学賞、2003年には菊池寛賞を受賞。代表作『化粧』『遠き落日』をはじめ多数。常に話題作を世に問い続け、現在まで文壇の第一線で活躍している。2010年秋、『孤舟』を刊行。最新作は初の新書『事実婚 新しい愛の形』(11月19日発売)。