既刊情報

ジャンル:単行本 随筆 ノンフィクション 他

科学の扉をノックする

科学の扉をノックする 


著者 : 小川 洋子

  • 判型 : 四六判変型
  • 頁数 : 216ページ
  • ISBN : 978-4-08-781339-5
  • 価格 : 本体1,400円+税
  • 発売日 : 2008年04月25日

本当は面白い科学の世界へご一緒に!
小柴昌俊氏推薦。「この本は科学の面白さを伝える著者の小川洋子さんが科学の世界を時には驚きながらこころから楽しんで書いている点で、すぐれた科学への入口になっています。」

試し読み
1章 宇宙を知ることは自分を知ること
      渡部潤一と国立天文台にて

 子供の頃、庭続きの隣に住んでいた祖父がよく、
「きれいなお月様が出ているから、外に出て見なさい」
 と、誘いに来た。正直、寒かったり、テレビアニメの途中だったりすると、面倒に思うこともあったのだが、大好きな祖父をがっかりさせたくなくて、我慢して付き合った。すると成るほど、そういう時のお月様はびっくりするほどに大きく、とろけて雫が垂れてきそうな橙色をしていた。
 しかし私はむしろ、月の美しさより、それを見上げる祖父の横顔の方が気になった。なぜ祖父はこんなにも月が好きで、何を思って夜空を眺めているのだろう。夜の庭でそんなふうに考えながら、二人並んで立っていると、訳もなく淋しい気持になるのだった。
 祖父は私が10歳の時に死んだ。以来、月を見るたび祖父を思い出すことになった。まるで、そこに祖父が住んでいるかのように、じっと見つめるようになった。
 結局、私の天体への興味はこの情緒的な段階で進化を止め、以降長い年月が流れた。ところが祖父の死後30年以上が過ぎたある日、ラジオの番組で国立天文台の渡部潤一先生とご一緒する機会があった。先生は私に強い第一印象を残した。肩書きが彗星学者で、ネクタイが星模様だったのである。
 更に話題が、アテネオリンピックになった時、私が夏のアテネの夜空に見える星座について質問すると、先生はご自分の腕時計のつまみをピピッと操作し、「こと座」ですね、と答えて下さった。それは星座の早見盤が付いた腕時計だった。星のネクタイを締め、星座の早見盤時計を身に付けた彗星学者。なんとロマンティックなんだろう。まるで小説の登場人物みたいではないか。というわけでたちまち私は、久々に天体への興味をよみがえらせ、もっと詳しくお話を伺うべく、三鷹の国立天文台へお邪魔させていただく運びになったのだった。


 三鷹の天文台は深い森の中にあった。殺風景な禿山のような所に、ドームがそびえているイメージを勝手に抱いていたが、それは大間違いだった。広大な敷地には木々の緑が生い茂り、人の気配はほとんどなく、梢の向こうに隠れるようにして、銀色のドームが二つ、三つとのぞいている。案内パンフレットの注意事項には、蚊、ハチ、ヘビなどにご注意下さい、の一文があり、とてもここが東京だとは信じられないくらいの静けさに満ちあふれている。星が自然の一部であること、あるいは自然が宇宙の一部であることを実感させる雰囲気だった。
 まず第一段階として先生には、星の種類について説明していただいた。日頃何気なく、恒星だとか惑星だとかいう言葉を使っているが、正確にどう区別されているのか、まるで分かっていなかったからだ。
「目で見ている時代はまだ、星の違いは本質的にあまり感じられなかったんです。だから毎年毎年、同じような形をして季節ごとに昇ってくる、星座を作っている星、これは変わらない星、というので『恒なる星』恒星と名付けられたわけです。で、その星の間を、非常に明るいんだけれども、ちょこまか動き回っているのが、『惑う星』惑星です。まずは動きの違いから名前がついて、そのあと、いろいろ観察をするうちに、どうも恒星は太陽の仲間だ、惑星は地球の仲間だ、ということが分かってきたんです」
 恒星は約1000億の星が集まる天の川銀河の中で、ほとんど位置を変えない星であり、太陽系では太陽がそれに当たる。惑星はその太陽のまわりを一定の周期で回っており、どんな天体音痴の人でも一度覚えたら一生忘れない、水、金、地、火、木、土、天、海、冥、の星たちが惑星ということになる(ただし、取材後の二〇〇六年夏、天文学者の国連である国際天文学連合は、冥王星を惑星のリストからはずす決定をした。覚え方が変わってしまって寂しいと思ったが、そうではなかった。実は、冥王星にはたくさんの仲間が見つかってきたため、めでたく準惑星という新しい種族の代表に据えられたそうである。その原案を作成した惑星定義委員会の一人が、この渡部先生だったというのも驚きだ)。
 昼間はぎらぎらと輝き、夕暮れになると赤く水平線に沈んでゆき、夜には見えなくなる太陽と、夜空に瞬く小さな星たちが、恒星という同じ種類の星だというのが、素人にはなかなか実感しづらい点である。とにかく、地球から太陽までの距離と、その他の恒星までの距離には莫大な差があり、それがつまり宇宙の広大さを証明していると言えるのだろう。ちなみに、太陽の光が地球に届くまでの時間は、光の速さで8分。太陽系から一番近い恒星、ケンタウルス座のアルファ星まで行くには、同じく光の速さで4・3年かかるらしい。
 ところで、太陽と同じ種類の恒星がこれほどたくさんあるとすると、太陽系以外にも惑星を持った恒星があるのではないだろうか。
「ええ、それを発見するのは長い間の天文学者の目標でした。ところが、何が難しいかというと、遠くのお星様のまわりの惑星を見るというのは、例えば10キロ先のヘッドライトのまわりに蚊が飛んでいるかどうかを調べるようなものなんです。それでまだ実際に、直接見えてはいないんです。間接的にその存在が分かりはじめたのが一九九五年で、だいたい、200を超える恒星のまわりで惑星が見つかっています」
 自分たちが所属する太陽系だけでも十分広大なのに、同じようなグループがまだまだあるとなると、宇宙のイメージもどんどん広げていかなくてはならない。
 もう一つ驚いたのは、太陽のような恒星が光を放っているのに対し、地球のような惑星は自ら光っていない、ということだった。
「太陽は半径が約70万キロもありますから、桁違いに大きいんですね。それだけ大きいと中の圧力はものすごく高くなって、高温、高圧になりますから核融合反応を起こします。原子力発電所の親戚のような反応によって、エネルギーがどんどん出てくるんです。太陽系最大の惑星は木星ですが、もし木星が80倍ぐらいの大きさがあれば、中心に火がついて太陽のように光っていたかもしれません。星には、ペアになっていたり、三つが回りあっていたりするものが結構あるんですが、そういう意味では太陽は、一匹狼のお星様なんです」
 星と名のつくものはすべて、キラキラ光っていると思い込んでいたが、これもまた大間違いだった。確かに「地球は青かった」と言われるくらいだから、地球自体が燃えているわけではないのだ。太陽系の中では、太陽だけが、誰の助けも借りず、たった一人で輝き続け、地球はそのエネルギーを恵みとして受け取っているにすぎない。 (…この続きは本書にてどうぞ)