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若者のミカタ~ブラックバイト世代の君たちへ

Columns

大内裕和

昨今、この国で若者たちが直面しているのは貧困、教育格差、労働搾取、自己評価の低下――奨学金問題やブラックバイト問題に積極的に取り組む大学教授が「若者受難社会」を考える!

教員免許更新制が廃止に!? ~安倍内閣による制度誕生から問題点まで

 2021年7月10日、大きなニュースが飛び込んできました。文部科学省が10年ごとに義務づけていた、「教員免許更新制」を廃止する方針を固めたとのことです。第一報に続く7月13日、萩生田光一文部科学大臣は「現段階で廃止を固めたという事実はない」と発言しましたので、制度の廃止が確定したとは言い切れませんが、廃止の方向へ議論が進んでいるのは事実のようです。

 教員免許更新制とは、幼稚園や小学校、中学校、高校などの教員免許状に10年の期限を設け、10年ごとに更新しなければならない制度です。その際、大学などで計30時間以上の講習を受けることが義務づけられています。また約3万円の講習費用も必要で、受講者の自己負担となっています。

 この教員免許更新制はどのような経緯で導入されたのでしょうか?

 教員免許更新制の議論が登場するのは1980年代です。自由民主党文教部会・文教制度調査会が、83年5月に「教員養成、免許等に関する提言」をまとめました。そこには「免許状一般に有効期限を付し、更新講習を義務づけることは引き続き検討する」とあり、教員免許更新制の導入が、当時から自民党の政策課題の一つであったことが分かります。

 こうした議論が出た背景には、70年代後半以降の教育問題の噴出がありました。この頃から学校現場におけるいじめ、不登校、体罰などがマスコミでセンセーショナルに報道されるようになりました。2000年代に入ると、子どもたちの「学力低下」が大きく報じられました。一部のマスコミと自民党政権は、教育問題や学力低下の理由を「不適格教員」の存在や「教員の質の低下」によるものとする「教員バッシング」を頻繁に繰り返し、教員免許更新制の必要性を訴えるようになりました。

 06年9月に内閣総理大臣に就任した安倍晋三氏は、「教育再生」を最優先課題とし、10月に教育再生会議を発足。「戦後レジームからの脱却」を唱え、「教育の憲法」と呼ばれる教育基本法を改定しました。1947年に公布・施行された教育基本法が「個人の尊重」と「平和主義」を基調としていたのに対し、2006年に改定された教育基本法には「我が国と郷土を愛する態度」(=愛国心)が明記されるなど、国家主義や教育行政による教育現場への介入を強化する内容となっています。

 教育再生会議は07年1月の第一次報告において、「不適格教員排除のための教員免許更新制導入」を前面に打ち出し、教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案が通常国会に提出され6月に成立しました。

 教員免許更新制は、導入議論の時から問題点は明確でした。安倍首相は「不適格教員の排除」を強調していましたが、私が思うに、もしある教員が「不適格」とされた場合、10年に一度の免許更新で対応するというのでは遅すぎます。それに、そもそも教員免許は教員の適正度をはかることを目的にしたものではありません。現に教員免許更新制が議論されていた時期、社会性を欠いたり指導力が低かったりする教員は、就業規定などによって処分されていました。

 文部科学省のホームページにも、免許更新は「教員として必要な資質能力」の保持が目的であり、「不適格教員の排除を目的としたものではありません」と明記されています。しかし、多くの人々はこの点を現在も誤解しています。

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 教員免許更新制は、政府や教育行政の恣意的判断による失職の可能性を生み出すことで教員を萎縮させ、管理を強化するものとして、教職員組合や野党は強く反対しました。09年に政権交代を実現した民主党は、衆議院選挙の「マニフェスト2009」で「教員の資質向上のため、教員免許制度を抜本的に見直す」と掲げていました。しかし翌10年の参議院選挙に敗北したことで「ねじれ国会」となり、廃止に向けた法改正は困難となりました。制度の見直しに十分に取り組めない状態はその後も続き、12年12月の衆議院選挙で民主党が敗北し、自民党政権が復活したことで現在まで継続する結果になりました。

 それでは教員免許更新制は、教育現場に実際どんな影響を与えたでしょうか? 免許更新制による問題が多数生じることとなり、デメリットがメリットを大きく上回ったことは間違いありません。

 デメリットはいくつもありますが、一つは不適格教員に加えて「優れた教員」までもが教育現場を去ったことです。私の印象に残っているのは、高校に勤務していたA先生の事例です。A先生は生徒からも同僚からも信頼される熱心な教員でしたが、信条として強行導入された理不尽な免許更新制は拒否すると主張しました。周囲の教員は何度も更新講習を受けるよう説得し、教育委員会の人事担当者も複数回現場を訪れ説得を行いましたが、決意をくつがえすことはできずA先生はその後、分限免職となりました。

 こうした事例は他にも全国各地であったと想像されます。「教員の質の向上」を目指して導入された制度だけに、その矛盾は明らかです。

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 制度が複雑であるため、現職教員が更新を忘れて教壇に立てなくなる「うっかり失効」が相次いだことも問題となりました。文部科学省の集計によると、10年度から16年度までの7年間で免許を失効した人は770人います。最近では21年4月、神戸市で30~50代の小中学校の教員ら7人が更新を失念していたことが判明し、担任教員の差し替えを迫られるなど、対応に追われることになりました。

 加えて教壇に立っていない免許保有者が、更新を忘れて失効するケースも数多く出ました。このケースでは、産休や育休の取得者が出た場合に、代替教員の確保が難しくなった事例が多数報告されています。また、大学卒業後に教員以外の仕事に就き、しばらく働いた後で採用試験を受けて教員になろうとしたけど免許失効のため断念したという事例も頻出し、現在の教員不足の原因の一つとなっています。

 教員の人材確保にも影響しました。教員免許更新制の最大の問題は、教員の「適格性」を判断する客観的指標の設定が難しいことです。客観的指標が設定できなければ、評価者の恣意的な判断を避けることはできません。こうした状況下で、一定期間ごとに失職の可能性が生じるとすれば、教職の魅力は低下します。

 制度導入以後、「苦労して取得しても教員免許は期限付。それなら生涯有効な資格の方がいい」という学生の声が聞かれるようになりました。実際、学生の教職離れは急速に進行し、小・中・高校教員をすべて合わせた20年度の競争率は3.9倍で、近年では最も倍率が高かった00年度の13.3倍から大きく低下しています。(連載第16回「学校の先生になりたい人が減っている!?」)。

 反対に数少ないメリットとしては、更新講習の実施主体が大学となったため、これまでの研修とは異なる大学教員による講習を受けられたことが挙げられます。創意工夫のあるプログラムを用意した大学もあり、「大学での講習内容そのものは有意義であった」という意見がメディアで散見されました。しかし、上記の数多くのデメリットを上回るほどのメリットがあるとは言えないでしょう。

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 では今回、教員免許更新制が廃止の方向となったのはなぜでしょうか?

 それは、何よりも近年の深刻な教員不足に原因があります。21年7月11日の西日本新聞には、「教員不足、頼みは臨時免許 大学生にも…『乱発は制度形骸化招く』」という四宮淳平記者の記事が掲載されました。この記事では、大学や短大を卒業して取得する教員の普通免許ではなく、欠員を補うための臨時免許で教壇に立つ教員が、九州7県で急増している事実が報道されています。普通免許を取得した教員に免許更新制というハードルを課している一方で、臨時免許を大量発行しているのは大きな矛盾だと思います。廃止論が高まるのも当然でしょう。

 教員免許更新制には数多くのデメリットがありましたから、制度廃止の方向に私は賛成です。しかし、それが教員不足を解消し、よりよい教育のあり方につながるかどうかは現時点では分かりません。

 教員不足が深刻となった要因は、教員の労働環境が劣悪であることが、広く知られるようになったからです。ですから、たとえ教員免許更新制を廃止しても、部活動顧問のあり方や給特法の抜本的見直しによって教員の労働環境を改善しなければ、教員不足を解消することは困難だと思います。

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 ここで振り返るべきは、教員免許更新制成立のプロセスです。いじめや不登校、学力低下といった教育問題は、さまざまな要因が複合的に関連して生じたものです。しかし、教育問題の要因を「不適格教員」の存在や「教員の質の低下」とする政権やマスコミの決めつけに乗せられ、「教員バッシング」に傾いた世の中の風潮が、制度の誕生につながりました。

 たとえ後付けで「教員にとって必要な資質能力」の保証が目的だと言われても、当事者である教員には、不適格者探しの「罰則」のようなものとして受け止められたのではないでしょうか。更新費用も自己負担となっているのですから、なおさらそのように受け止められた可能性が高いと思います。これでは免許更新制に教員の支持は得られないでしょう。

 よりよい教育のあり方を求めて、教員への「批判」を行うことは必要です。しかし、「批判」と「バッシング」は異なります。「批判」は改善への願いや意志を伴っていますが、「バッシング」は当事者を叩き、追い込むことになるだけだからです。教員免許更新制を成立させるだけでなく、現場教員を萎縮させ、その意欲を削いでしまったような気がしてなりません。萎縮し、意欲を失った教員が増加した学校現場に、志願者が集まらなくなったのも当然ではないでしょうか。

 子どもや若者を育てる教員という仕事の重要性は明らかです。教員が若者にとって「魅力ある仕事」となるためには、一部のマスコミや政権による「教員バッシング」への批判と同時に、その「教員バッシング」に同調してしまった大衆意識のあり方をも問い直す必要があります。深刻な教員不足によって教員免許更新制の廃止が話題となっている現在、そのことが私たちに突き付けられていると言えるでしょう。

大内裕和 (おおうち ひろかず)

中京大学教養教育研究院教授
1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。松山大学人文学部教授、中京大学国際教養学部教授を経て、2020年度より現職。奨学金問題対策全国会議の共同代表。教育における貧困と格差や中間層解体を研究テーマとする。著書に「ブラックバイトに騙されるな」(集英社)、「奨学金が日本を滅ぼす」(朝日新書)、「ブラック化する教育 2014-2018」(青土社)などがある。

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