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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Columns

雨宮処凛

恋、仕事、人生、思うようにいかないのはなぜ?
そんな女性たちに、時に優しく、時に暑苦しいエールを!

『「女子」という呪い』発売記念スペシャル対談
小島慶子・雨宮処凛「一億総女子アナ状態の国」

 今回は新刊『「女子」という呪い』発売を記念して、タレント&エッセイストとして活躍中の小島慶子さんとのスペシャル対談をお送りします。元TBSの人気アナウンサーでもあった小島さんですが、一見華やかなテレビ業界も、その裏側にはオッサン社会ならではの生きづらさが渦巻いていたとか――。

雨宮 いきなりですけど、女子アナって全女性の敵ですよね(笑)。

小島 おいしいところを全部持っていきますからね。

雨宮 そうそう。容姿端麗でいろんな能力を持っているのにもかかわらず、無知なフリをして男性をきちんと立てることができる。それをすべて計算ずくでやっているのに、分かってない男が「女子アナみたいな女の子と結婚したい」なんて言うもんだから女性の反感をかってしまうわけですけど。小島さんはご自身の著書で、そんな女子アナというロール(役割)を演じている自分に誇りが持てなかったと書いていらっしゃいますね。そもそも、どうして女子アナになろうと思ったんですか?

小島 経済的自立と承認欲求ですね。過干渉な親から経済的に自立して、父が私に与えてくれた生活と同じレベルの生活を維持するには、女性総合職に就くしかないと思いました。とはいえ、銀行や商社に入れるほど一生懸命に勉強していたわけではないので、難しい学科試験のない局アナ以外、選択肢がなかったんです。あと、会社員でありながら個人名で有名になれるので、リスクをとらずに自己肯定感を高めることができるのではないかとも思いました。で、採用試験に合格して男性と対等の立場を手に入れて、「よっしゃ、終身雇用で人様の何倍もの収入を手に入れられる!」と思ったら、入社翌日から若い女子ロールを求められて、なんだこれ、ちっとも対等じゃないぞ、と。

雨宮 例えばどんなことを求められるんですか?

小島 同期の女性アナ3人が、いろんな部署の男性社員から食事やお酒の席に呼ばれて、だめ出しされながら「お前はいじられキャラだな」「お前はさわやかキャラだ」「お前はヒールだな」とか言われるんですよ。

雨宮 安上がりなキャバクラみたいですね(笑)。

小島 その通りです。宴会の席なんかでは、暗黙の了解のようにオジサンの隣に座らせられますからね。まるで貢ぎ物みたいに。

雨宮 笑顔でお酌しろよ、みたいな。

小島 今は絶対にしないですけどね(笑)。あと、会社を辞める時にエラい人から「会社を辞めるってことは、これからウチの局の番組に出る時にはギャラをとるってこと?」と聞かれたので「そうですね。よろしくお願いします」と答えたら、「僕は女性に値段を付けるなんてことはできないな」と言われたんです。それを聞いた時、辞めて正解だと思いました。結局、局アナを15年やって、やれ読みのプロだとか日本語のプロだとか言われてたけど、本音は制作費の中から出演料を支払わなくてもいいうえに所属事務所に気を遣わなくてもいい便利なタレント。つまりタダで使えるみんなの女だったんじゃないかと。

雨宮 まさに、会社所有のというか……。

小島 会社を辞めたあとも、以前からパーソナリティーをしていたラジオ番組はタレントとして引き続き起用してくれたのですが、少ししたらプロデューサーが替わって、「自営業をやっている40代、50代の男性の数字(聴取率)が欲しいから、男性を立てるようなトークをして」と言われたんです。なんてこと言うんだと驚きました。ラジオやってる人がそんなこと言ったらおしまいですよ。リスナーを人としてではなくターゲットとしてしか見ていないし、喋り手のことも人ではなく意のままにできる商品だと思っているからそんなことを言うんです。長い付き合いのある男性スタッフでしたけど、プロデューサーになった途端にこれかと、心の底から失望しました。心を開いて聴いてくれている人が何十万人もいるのに、ターゲット向けのトークをしろなんて、喋り手の良心を捨てろと言うようなものです。普通はメインパーソナリティーにそんな失礼なことは言えません。やはり「もともとはタダで使えるみんなの女だったくせに」という意識が残っているんだなと思いました。

雨宮 ずっと元カノ扱いみたいな感じですね。

小島 そうなんですよね。オヤジウケする番組にしたいなら、そういう女性をキャスティングすればいい。で、私はプロデューサーが望むようなしゃべりはできないという理由で自ら降板を申し入れました。その後、番組の終了が決定。番組を終わらせるか続けるかは放送局が決めることで、私に権限はありません。なのに「おまえのせいで番組が終わるじゃないか」と文句を言ってくる関係者の男性もいて。放送局のエラい人には怖くて言えないんでしょうね。言外に、女のくせに男の俺の仕事を潰しやがってという上から目線が伝わってきました。いわゆる女子アナ的な役割がどこまで振られ続けるのかと、本当に腹が立ちましたよ。

雨宮 女子アナって、高度なテクニックや教養、美貌などありとあらゆるものが求められますけど、それって全部、男性の欲望を満たすためのものなんですよね。

小島 本来はそうではないはずだけど、ディレクターやプロデューサーをはじめ組織の意思決定層が圧倒的に男性であるために、そうなっちゃってるんです。どうせ使うなら若い子がいいねとか、司会者がおじさんだから女子つけとこう、という安易な発想で。最近は子持ちの中年女性アナも活躍しているし、少しずつ変わってきているのは喜ばしいことですね。それにしてもバブルの頃から長きにわたって、テレビを通して「これが男にモテる女だよ」というお手本を世間に広めてきたのは罪深い。そういう価値観を強化し続ける役割を、自分の五体と脳ミソを使ってこの先もやり続けるのかと思うと本当にしんどくて。「年間1000万円もらったって誇れねーわ」と思ったのが、会社を辞める理由の一つになりました。

雨宮 でも、そういう空気に順応して、率先してキャバ嬢的役割をする女子アナのほうが多いわけですよね?

小島 目に付くのはそういう人かもしれないけど、悩んでいる女性アナは多いですよ。会社の本音と建前に挟まれて悩むんです。でも最近は、放送局も元タレントやアイドルを採用して早めにフリーになってもらって若い子をどんどん回転させたいという本音をむき出しにしていますので、今の若い人はむしろ悩まずにすむかもしれません。
 そう言えばずいぶん前に、バレンタインデーに合わせて若手のスタッフの妻に大量にチョコレートを作らせて、現場のスタッフ全員に「私からですー」と言って配った人がいたという噂を聞きました。それ絶対スタッフの妻の呪いが溶け込んでますよね。

雨宮 それはすごい!(笑)

小島 そんなことまでしないと生き残れない、と彼女が思いこんでしまったことが悲しい。そういう女性は女性から嫌われますけど、義理チョコ処世術が有効だってことをみんなも分かっているんですよね。そんな不毛な慣習を有効たらしめている状況を変えたいのに、何喜んで乗っかってるんだよという苛立ちもある。こういう構造はテレビ局に限らずどこの職場でもあると思うし、じつは男性も上司であるオヤジたちから“女子アナ”と同じような役割を求められていたりするんですよね。

雨宮 つまり、女子アナ的メンタルじゃないと生き残れないという……。

小島 そう、従順で権威主義的な、オヤジの喜び組をやれと。もうね、この国は一億総女子アナ状態なんですよ。それに気づいてから、私をしんどくさせているのはすべての男性というわけではないんだと思うようになりました。

雨宮 それはいつ頃からですか?

小島 20代の終わり頃ですかねえ。私、テレビ局時代に労働組合の執行委員を9年、そのうち7年、副委員長をやっていたんです。

雨宮 えっ、女子アナで労働組合の副委員長ですか!?

小島 はい。“女子アナ”的には損しかしない肩書きですね(笑)。労働組合では、育児・介護休業制度やメンタルを病んだ人が復帰するプログラム作りなどを担当していたんですが、女性社員が少数だったこともあり、女性のために制度を変えてくれと主張しても会社はまったく聞く耳を持ちませんでした。そこで、その制度を変えたいと思っている男性社員も巻き込んで、当事者の数を増やせばいいんだ、と発想を変えたんです。

雨宮 なるほど。

小島 実際、社内には育児中の男性とか、病気療養中の男性とか、メンタルヘルス問題を抱えて復帰した男性が結構いて、休職する前と同じように働けない、でも誰にも言えないという悩みを抱えていたんですよね。そうした人たちを引き入れて、「実は当事者に男性もいますよ」と言った途端に、会社の態度がガラッと変わるわけです。男が当事者じゃないと動かない世の中なのですね、どうしようもなく。つまり女性はまともな労働力としてカウントしていない。こういう現実を目の当たりにして、女vs.男ではなく、人を人とも思わず死ぬまで働けという人間vs.その価値観に異議を唱える人ということなんだと学びました。

雨宮 素晴らしい! 私も、女性のセクハラ問題なんかについて話していると、男性から「男だって苦しいんだ」と言われることが多々あります。たしかに、女性と男性の生きづらさが重なると理解してもらいやすくなるというのはありますね。

小島 これは社会学者の千田有紀さんにうかがった話なんですけど、男と女の比率が8対2ぐらいだと、女性が何を言っても「マイノリティーがうるさい」みたいになるがちなのだそうです。女の意見はすべて「女という種族の意見」のような扱いで、風当たりが強くて状況もなかなか変わらない。それが、5対5になると、男女の二項対立ではなく、課題ごとの賛否で対立軸ができる。つまり性差よりも個人の価値観の差でとらえるようになるというんです。

セクハラがダメな理由を理解していない

雨宮 女子アナもそうですけどれも、男性優位社会では「女は華」とか「職場の華」みたいな扱いされるじゃないですか。私も男性ばかりのシンポジウムに「女だから呼んだ」と言われた時には、すごくショックでした。

小島 失礼この上ないですよね。ただ、それが一部の女性の特権になっていることも事実。私が女性の生きづらさについて話すと、「でも女子アナとして高い給料をもらってたじゃないか」と言われるんです。つまり、女としてオイシイ思いをしてきたんだから、お前に生きづらさを語る資格はない、と。確かに特権を得てきました。だけど口はつぐまない。男性優位社会の中では、女性は不本意ながらも少数派であることを逆手に取った戦略を使うしかない場面がいっぱいあって、スネに傷を持たない女なんていないわけです。生真面目な人ほど、「一回でも女というマイノリティーであることを梃に何かを手に入れたら、女性の権利をどうとかという資格はないな」と口をつぐんでしまうんです。

雨宮 小島さんがエッセーで書いた、「汚れちまった私」問題ですね。

小島 女に呪いをかけたのも、男に呪いをかけたのも、女だったんじゃないかという気がする。経済成長を最優先する社会で、理想とされた女性の生き方は専業主婦。70年代、専業主婦が多数派だった時代に女性の抱えた抑圧が、今こういう形で出てきたような気がします。夫婦関係やハラスメントの問題に詳しい臨床心理士の信田さよ子先生的に言うと、こうなったのは家庭を顧みなかった団塊世代の男たちのせいだっていうことになるんですけど。そういう男性はいまだに再生産されていますからねぇ。これって一体どうしたらいいんでしょう?

雨宮 最近では学校でもジェンダー教育などに力を入れ始めていますけど、今現在、実害を振りまいているのは子どもじゃなくてオッサンですからね。そういう加害オッサンを再教育施設に、強制的に入れるくらいのことをしないとダメかもしれないですね。

小島 でもセクハラ研修って、受けろと言われて受けてもあんまり意識が変わらないみたいなんです。理屈は分かっても腹に落ちていないんでしょうね。実際、日本のエグゼクティブたちは、ちゃんとグローバル化に伴ってセクハラなどの教育を受けていて、外国へ行くと用心して振る舞っているそうなんですよ。ところが、日本へ帰国する飛行機の中で「いやー、アメリカで肩が凝っちゃったよ。日本の女は気楽でいいなあ、目くじら立てないから」と……。それが本当なら、日本の女性をなめてますよね。知っていて使い分けるのだから余計にタチが悪い。

雨宮 たしかに、最近話題になった財務省の前事務次官を始め、なぜセクハラがいけないのかを本当に理解している人は少ないですね。世間やマスコミがうるさいからとか、自分のキャリアを失うからとかいう理由だけでしか認識していない感じです。

小島 だから、同じ過ちが繰り返されるというね。

雨宮 今年(2018年)の4月に「#私は黙らない0428」というMeTooムーブメントの街宣イベントがあったのですが、高校3年生の女の子がスピーチで「人の嫌がることはしない。それだけです。こんな簡単なこともできない人が多すぎます」と言っていて、本当にその通りだと思いました。

小島 ジェンダーとかフェミニズムとかいうと難しく聞こえるかもしれないけれど、要は相手を人として尊重すればいいだけなんですよね。

“いじり”は立派なハラスメント

雨宮 ところで、小島さんは日本とご家族が暮らすオーストラリアとを行き来されていますが、オーストラリアの性産業なんかは日本と比べてどんな感じなんでしょうか?

小島 うーん、私の日常生活では接点がないからわからないなあ。でも日本では、街の中心部を歩いていると風俗系のどぎつい看板やポスターが普通に目に入りますが、オーストラリアではそういうのは見たことがないですね。もちろん、盛り場に行けばストリップやガールズバーみたいな店はあるでしょうけど、日本のように繁華街の目に付く所にはありません。

雨宮 でしょうね。

小島 日本に何度も旅行しているアメリカ人の男性が、初めて日本に来た時、街中にエロいお店の看板がいっぱいあってびっくりしたと言ってました。こんなに開けっぴろげでいいのかって。

雨宮 やっぱり日本はそういうところ、あまりにも無頓着なんですね。

小島 そうなのかもしれないですね、もう見慣れてしまってるけど……。オーストラリアで今問題になっているのはDV(ドメスティック・バイオレンス)ですね。オーストラリアでは昔から、男の子はやんちゃなほうがいいとか、女の子に乱暴して泣かせても「男の子だからしょうがない」という考え方があって、それがDV問題を深刻化させていたようなんです。DVをなくすには子どものうちから芽を摘まなくては――ということで、DVを防止するための政府広告がテレビで頻繁に流れるようになりました。小さな頃から互いの性をリスペクトする意識を持って、女の子も男の子も間違った自己イメージを持たないようにする。そういう働きかけを、国を挙げて行っているという感じですね。

雨宮 日本はそういう教育も遅れていますよね。あと、この国ではメディアによる影響も大きくて、例えばバラエティー番組で女芸人が当然のようにひどい扱いを受けたりしている。芸人じゃなくても「何言ってもいい女」枠に入ると、容姿のことをひどく言われたり「オバサン」扱いして嘲笑したり。今、これだけMeTooとかが話題になっているのに、バラエティー番組だけ治外法権みたいになっていることに違和感を覚えます。

小島 それって、いわゆる“いじり”というやつですよね。ジャーナリストの中野円佳さんが指摘していますが、いじりって洒落とか、読解力を高めて理解するべき言葉遊びみたいな感覚で使われていますけど、どう見てもハラスメントなんです。実際、いじり=ハラスメントによって自分を追い詰めて、中には会社へ行けなくなったり自殺を考えたりする人もいるくらいですから。女性に対しても「いじられるうちが花」と言われたり、いじりに対する巧みな返しが知性の証明とか言われたりするでしょう?

雨宮 傷付いたような顔をしたら、「空気が読めないやつ」と非難されますよね。

小島 いじりには、必ず“笑い”という要素が入るんですよ。笑いって感染力が強いし、人が笑ったことで正当化できてしまう。みんな楽しかったんだからいいじゃないかと。でも実は、笑いってすごく罪深いんですよね。

雨宮 それを連日バラエティー番組でやられると、子どもはそのままコピーしちゃいますよね、それがコミュニケーションだと思い込んで。大学生の飲み会も、バラエティー番組のノリそのままだったりしますし。

小島 テレビで観たいじりが日常生活の中に浸透していって、「ブス」や「ババア」と言われた時に、どれだけ面白くリアクションするかということに命を懸けたりするわけでしょ? 実際、私もテレビの収録で「よう、更年期!」とか言われたりしましたからね。で、最初は面白く返そうと努力してたんですが、なんか違うと思って、途中からまったく笑えないリアクションにしたんです。「ええと私、年齢的にはプレ更年期って言うんですよ。だから、これからもうちょっと症状が出るんでしょうけど、今のところ大丈夫です」っ真顔で。

雨宮 振った相手も困るだろうなぁ(笑)。

小島 イヤだったんですよ、いじりという名のハラスメントに荷担するのが。「ババア」って言われたら、どれだけ面白く返そうかとか、面白く返せる自分は強いとか思っちゃうけど、「ババアって、あんたそれ、失礼でしょ」でいいんです。

雨宮 気の利いた返しなんかより、よっぽど効果がありそうですね。

小島 最近、もしかすると、女子にかけられた呪いを解くカギは、この「いじり」をハラスメントだと認識することにあるんじゃないかなーと思っているんです。男性にかけられた呪いも同様。今年の後半には、ぜひこの「いじり」という言葉にスポットが当たって、女性も男性も生きづらさが少しでも解消すればいいなと思います。

雨宮 いいですね、それ。「いじり」の辛さは男性もわかるはず。

小島 あとね、雨宮さんの『「女子」という呪い』を読んで、私がずっと感じてきた「女って面倒くせえな」というこの感覚は、私だけの被害妄想じゃなかったんだとわかり、気持ちが大分楽になりました。今までは、それがさまざまな形で巧みに封印されてきて、語れば語るだけ損という構造に追い込まれてきたんですが、MeTooからの流れに乗って、これからはどんどん語っていくべきだと。 そうやって、「私たち、えれえ呪いをかけられているんですけど」ということを広く知らしめて、次世代では私たちと同じ苦しみ、生きづらさを繰り返さないでほしいですね。

雨宮処凛(作家、活動家)
小島慶子(タレント、エッセイスト)

(構成・文/本間公子)

雨宮処凛 (あまみや かりん)

作家/活動家
1975年、北海道生まれ。作家、活動家。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ!難民化する若者たち』は、JCJ賞受賞。反貧困ネットワーク世話人。著書に『一億総貧困時代』など多数。

小島慶子 (こじま けいこ)

タレント、エッセイスト
1972年、オーストラリア生まれ。学習院大学法学部を卒業。1995年、アナウンサーとしてTBSに入社。テレビやラジオなど多方面で活躍し、1999年には第36回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞を受賞。2010年、TBSを退社。2014年より、家族と暮らすオーストラリアと仕事のある日本を往復しながら活動している。

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