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謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

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政治学者の吉田徹が、新旧の名作映画から歴史や現代社会を読み解く。

「第一次世界大戦」社会の根底を覆した史上初の総動員戦争

 戦争映画といえば、派手な戦闘シーンや戦場での英雄譚が思い浮かぶかもしれません。しかし、戦争とは人が人を殺す以上の歴史的な事件であり、社会の構造の合わせ鏡でもあります。第一次世界大戦(WW1)を題材にした3本の映画を通じて、このことを見てみましょう。


今回取り上げた3作品のDVD。左から『戦場のアリア』(発売元:株式会社KADOKAWA)、『大いなる幻影』(発売元:株式会社アイ・ヴィー・シー)、『ザ・トレンチ〈塹壕〉』(発売元:彩プロ)

世界を変えたWW1

 1914年から18年まで続いたWW1とはどのような戦争だったのでしょうか。ドイツとオーストリアを中心とした同盟国と、フランスとイギリスを中心とした連合国が戦ったこの戦争は、オーストリア=ハンガリーやオスマントルコ、帝政ロシアといった帝国の崩壊をもたらし、その後の15カ国近くもの国民国家の誕生につながりました。日本も日英同盟に基づいて連合国側で参戦、列強入りを果たし、世界史の表舞台に登場するきっかけとなりました。
 こうした地政学上の変化だけでなく、科学技術の発展を受けて、WW1では戦闘機や戦車、化学兵器、機関銃などが投入され、死者・負傷者合わせて4000万人近くとされる、多くの犠牲者を出しました(正確な数字はいまだ分かっていません)。それまでは騎馬戦を前提にしていたため、兵士のヘルメットも当初は皮製や布製でした。そのため、職業軍人だけでなく、一般市民が戦うことになった前線の被害は大きくなりました。
 前線で心身ともに傷ついた兵士を治療するため、心理療法や整形外科といった分野も大きく発展しました。今では当たり前になったPTSD(心的外傷後ストレス障害)という現象も、この時代に発見されたものです。
 いわば、現代の社会の基礎を作っているもの——国民国家、科学技術、心的・身体的被害が戦争という極端な形で出揃ったのがWW1でした。現代の戦争は、人が人を殺しあう以上のものです。WW1を知ることは、現代社会を透視するための手掛かりでもあります。
 注目したいのは、戦争の背景にあった目に見えない変化です。WW1は、第二次世界大戦勃発まで「グレート・ウォー(大戦争)」と呼ばれました。それは、過去の戦争と違って、前線も銃後も関係なく、国民全員が参加する初の「総動員戦争」であり、社会のあり方を根底から変える出来事だったからです。イギリスの歴史家ジェームズ・ジョルは「第一次世界大戦の勃発は、一時代の終焉を告げるとともに、新時代の到来を象徴するものであった」(*1)と書いています。過ぎ去る時代と、生まれる時代のはざまにあったのがWW1でした。では、その変化とはどのようなものだったのか、3本の映画で確認していきましょう。

『大いなる幻影』——戦争よりも階級闘争


映画『大いなる幻影』より

 最初に手掛かりにしたい映画は、フランスのヌーヴェル・ヴァーグの父であり、印象派の画家ルノワールの次男でもあったジャン・ルノワール監督『大いなる幻影(La Grande Illusion)』(1937年)です。ちなみにこの映画のタイトルは、もはや工業国同士の戦争はあり得ない時代になったとした、ノーベル平和賞受賞作家ノーマン・エンジェルの『大いなる幻影』(1910年)への反論にもなっています。
 映画の主人公は、若き名優ジャン・ギャバン演じるフランス軍のマレシャル中尉ですが、物語を実際にリードするのはフランス軍のド・ボアルデュー大尉、そして敵国ドイツのフォン・ラウフェンシュタイン大尉の二人です。姓にそれぞれ「ド」と「フォン」が付くことから、ともに貴族であることが分かります。
 物語は、ドイツ軍捕虜になったマレシャルとボアルデュー、彼らが属する小隊を中心に進みます。もっとも、劇中ではフランス人とドイツ人との間の敵対意識よりも、両国の貴族階級と庶民階級との間の違いが強調されます。フランス駐在の経験もあるドイツ軍将校ラウフェンシュタインは、捕虜のボアルデューと酒を飲み交わし、友情を育もうとします。ボワルデューが「なぜ私だけを特別扱いするのか」と尋ね、ラウフェンシュタインは「あなたが貴族で将校であり、私も貴族でドイツ帝国の将校だからです」と答えます。ちなみに彼は、中世の城を改築した捕虜収容所でゼラニウムを大事に育てていますが、その花言葉は「真の友情」、そして「上流階級」です。
 すなわち、映画の中では国籍の違いよりも、社会の中での階級や階層の違いの方が、人々の考えや行動に大きな影響を与えることが強調されています。一介の技師から軍隊に徴兵されたマレシャルは、上官のボアルデューに反発して「俺達は貧乏だが、彼は最後まで金持ちさ」と皮肉り、他方のボアルデューは「ガンや痛風は労働者には少ないが、今に大衆にも広がるだろう」と、「大衆」と呼ばれる存在抜きに戦争が戦えなくなった状況を嘆きます。
 自身もWW1を経験した思想家ハンナ・アーレントは、20世紀は「個別的な階級意識を全く持たない」ような「大衆」が生まれてきた時代にあたると指摘しています(*2)。同時代のイギリスの文人、ジョージ・オーウェルも1910年代になって「服装、作法、言葉遣いによって即座に『位置づけ』できた」人たちではなく、「水準こそ違えみな同じ種類の生活を営んでいる」、「缶詰食品、『ピクチュア・ポスト』[著者注:週刊写真誌]、ラジオ、内燃機関にささえられた、いささか落ち着きのない、文化の香りのない生活」を送る人々が出てきたとつづっています(*3)。
『大いなる幻影』でも、フランス本国から収容所に多くの缶詰が送られてきますが、将校と下士官関係なく皆で囲む食卓では、缶詰の中身を巡って下士官たちが一喜一憂するシーンが展開されます。そして、ボアルデューはそれを涼しい顔で眺めます。WW1は社会の民主化と平等化を加速させたことの象徴的なシーンです。
 WW1で起きたのは、19世紀の戦争を戦ってきた貴族やブルジョワの時代から、代わって総動員によって権利を手にした大衆や労働者の時代への変化です。1905年にはロシアのオデッサで、戦艦ポチョムキンの水兵による上官に対する反乱が起きています(これは有名なエイゼンシュテイン監督『戦艦ポチョムキン』の題材ともなりました)。こうした労働運動は勢いを増し、WW1中にロシアでは共産主義革命が起こり、敗戦直後のドイツでも兵士たちによるドイツ版ソヴィエト(共産主義に基づく評議会)が各地で設立されます。
 こうした社会的な構造変動の背景には、19世紀末から貴族中心だった政治が、一般市民や労働者などが投票権を持つ、民主化の経緯があります。選挙権が拡大し、ドイツでは1871年の選挙の投票率は50%に過ぎなかったのが、1912年には80%を超えます。産業の発展もあって、イギリスの労働組合員の数も1890年代の150万人から1914年には400万人へと増えます(*4)。当時のイギリスの人口は4300万人ほどでしたから、国民の10人に1人以上が組合員だった計算になります。さらに、男性が兵隊にとられたために工場で働くようになった女性たちが女性解放運動に参じ、WW1後には多くの国で女性参政権が認められることになります。一兵卒も本当は立派な人たちなのだ、というボアルデューに対してラウフェンシュタインは「フランス革命の皮肉な遺産だな」と皮肉ります。
 ただ、それまで王政や貴族だけの間で戦われていた戦争に大衆も動員されることで、戦争のダメージは、より大規模かつ多様なものになります。過酷な戦争が社会を平等にしていったのと同時に、平等な社会によって、戦争はより過酷なものとなっていきました。かくしてボアルデューは「この戦争がどう終わろうとも、我々貴族階級はもう終わり」と言い残します。
『大いなる幻影』は、20世紀の偉大な映画ランキング常連の名作です。それは戦争を題材に、当時の社会で起きていた大きな構造の変化を活写しているからでしょう。

『ザ・トレンチ』——労働としての戦争


WW1ソンムの戦いでのイギリス軍塹壕(1916年)。映画『ザ・トレンチ』の冒頭でもこの写真が映される。

『大いなる幻影』が、大衆の担う「労働者」という存在が、歴史の主役に躍り出たことを印象付けたとすれば、塹壕での彼らの姿を描くのは『ザ・トレンチ(The Trench)』(1999年)です。イギリスの作家ウィリアム・ボイドが監督を務めたこの作品には、後にジェームズ・ボンド役に抜擢(ばってき)されるダニエル・クレイグ(ちなみに監督はボンドの小説シリーズも手掛けています)や、イギリスの人気ドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』の主人公役で注目されたキリアン・マーフィなど、イギリス映画界の新世代も出演しています。
 前線と銃後が地続きになったことで、戦争はもはや非日常ではなく、日々の生活の延長線のものとなります。WW1は1914年7月に勃発しますが、『大いなる幻影』でも触れられているように、国を問わず、年内に終わるものと想定されていました。それが前線での膠着(こうちゃく)状態が続き、4年もの長きに渡って戦われることになりました。
 こうした兵士の終わりのない戦争生活を描くのが、『ザ・トレンチ』です。
『大いなる幻影』と異なって、この作品は前線が舞台ですが、やはり派手な戦闘シーンはありません。描かれるのは1916年7月1日の「ソンムの戦い」と言われる、2時間でイギリス兵6万人が戦死した悲惨な戦いに至るまでの、死と隣り合わせでありながらも、退屈な3日間です。
 WW1が想像以上に長引いた理由の一つは、ドイツ軍がベルギー経由でフランスに侵攻(「シュリーフェン計画」)した後、補給線が延び切ったために退却、その結果、仏独国境線で両軍のにらみ合いが続いたからでした。「掩蔽壕(えんぺいごう)」とも呼ばれた塹壕から一度出れば、近代兵器たる機関銃や大砲でもって、すぐに殺されてしまう。それゆえ塹壕に篭ることが各軍の合理的な戦略となりました。このため、戦闘と生活が同居することになったのが、仏独国境にある「西部戦線」の特徴でした。
 この状況を当時のある兵士はこんな風に日記に書いています。「塹壕でかちかちのパンを食べていて、横にいた仲間が銃弾に当たって死んだとしよう。ちょっとの間、静かに彼をみているだろう。そしてすぐまたパンを食べはじめるのだ。だってどうすればいい。できることはなにひとつないのだ」(*5)。
『ザ・トレンチ』でフォーカスされるのも、350メートル先のドイツ軍の塹壕を見据えつつ、どうしようもなく弛緩(しかん)した日常です。10代で徴兵された若い兵士は、当時まだ禁断だったヌード写真を取り合い、上官の文句を言い合う。現場を預かるハート中尉は重要な決断を何もできず、クレイグ扮するウィンター軍曹はノルマ達成のため、兵士を叱咤激励する中間管理職として振る舞います。戦闘が起きない中では、塹壕掘りや偵察を命令しておかないと士気が落ちてしまうからです。まるでブラック企業の職場と変わらない風景が塹壕内で淡々と繰り広げられます。
 この前線でドイツ兵として戦い、後に作家として有名となるエルンスト・ユンガーは、「労働としての戦争」を書き綴った人物でした(第二次世界大戦時にナチ将校として徴兵されたユンガーの姿は映画『シャトーブリアンからの手紙』で見ることができます)。彼は自らの戦闘体験から、個性を持たず、目的も持たない、ただ単に塹壕を掘り、そこで生き残ることだけを目的とした「労働者」を戦争に見出しました。そして「ここに騎士道精神は永遠に消滅した。あらゆる高貴な人間的感情とおなじように、それは戦闘の新たなテンポと武器の法則に屈したのだ」(*6)と書き、ここに戦争を通じた「新しい人間」が生まれたのだ、とも記します(*7)。
『大いなる幻影』が不可避的に消え去っていく19世紀の高貴さを描くものだとしたら、『ザ・トレンチ』は、そのことで生まれていった、戦場をも覆った労働世界を描くものです。映画の中の「鉱員を辞めてまで来たというのに」という若い労働者階級(アクセントで分かります)の一兵卒が発する言葉が、それを物語っています。
 それだけに、映画のラストを飾る、上層部が業を煮やして7月1日に命令をする総攻撃の悲惨さが強調されます。ウィンター軍曹は、それが自殺行為だということを知っています。それでも命令に従わざるを得ない。日常と死が一直線に並びつつも、それが大きな断絶によって隔たれている——ここに総動員戦争であったWW1のもう一つの特徴があります。

『戦場のアリア』——国民を超えた連帯意識


映画『戦場のアリア』より

 熾烈(しれつ)を極めた塹壕戦ですが、戦争の始まる1914年から翌15年くらいまで、仏独両国の兵士間の敵対意識、つまりナショナリズムは、さほど強烈なものではありませんでした。実際、ノーマンズランド(両軍の塹壕を隔てる緩衝地帯)は数百メートルほどしかなく、敵の顔が目の前に見えたり、偵察中に敵と出くわしたりすることは日常茶飯事で、互いに冗談を言い合ったり、くだんの缶詰を交換したりすることもあったようです。こうした現象は当時「敵兵との交歓」と呼ばれ、士気に関わると、各軍上層部の神経を尖らせていました。
 総動員戦争であるにもかかわらず、否、むしろ総動員戦争だったからこそ成り立つ兵士たち同士の友情関係を描くのが、クリスチャン・カリオン監督『戦場のアリア(Joyeux Noel)』(2005年)です。この作品は1914年のクリスマスに、各前線で実際に見られた「敵兵との交歓」を題材にしています。戦場で敵兵同士がともにクリスマスを祝う、というのは非現実的に聞こえるかもしれませんが、記録によるとベルギーとフランス北部に展開していた英独軍の兵士の4分の3が経験したとされています。
 映画はかなり脚色されていて、デンマークのオペラ歌手役で、実生活でも英語、ドイツ語、フランス語を喋る美しきダイアン・クルーガーと、夫であるドイツ人将校との間のラブロマンスが主軸になっています。彼女は前線にいる夫に会いたいがためにクリスマスに兵士たちを慰問することを提案し、ここからドイツ軍の塹壕にクリスマスツリーを飾る計画が持ち上がります。
 対するフランス軍とイギリス軍(映画ではスコットランド軍)の塹壕内の兵士たちも退屈しています。『ザ・トレンチ』のシーンにもあったように、クリスマスには自国に帰れると誰しもが思っていたため、郷愁も募ります。そこに聴こえてくるスコットランド軍のバグパイプと合唱(「故郷を夢見て」)に、ドイツ軍のテノール歌手が讃美歌(「きよしこの夜」)で応えます。祝祭ムードに包まれた戦場で、将校たちは自分たちだけは一時休戦することで合意をします。これ以降、3国の兵士はともにミサに参列し、サッカー試合をし、ノーマンズランドに広がる死体を回収するといった風景が広がります。そればかりか、休戦が終わっても、後方陣営から砲撃があることを相手に通告し、自らの塹壕に敵軍を招き入れるまでの協力関係が育まれます。
 ここまでではなくとも、1914年12月のクリスマスに、サッカー試合や物資の交換などが敵国兵士同士であったことは史実です。ただ戦争に勝つことが目的だった過去の戦いに対し、WW1では誰しもが当事者になったために、国に関係なく、生き残ることこそが共通の目標となったからです。戦死に国籍は関係ありません。だから、クリスマスという共通経験を経て、兵士たちにとって戦争の意味は大きく変わったことでしょう。「ドイツ人を殺せと叫ぶ連中より、ドイツ軍の方が人間的だ。私の戦争はあの塹壕なのだ」という、「敵兵との交歓」を経験したフランス軍将校のセリフがその心象を表しています。
 ナショナリズムと、それを支える大衆という構図を生み出したWW1という前代未聞の戦争を経験してもなお、私たちは戦争の世紀を超えるだけの知恵をまだ見出せていません。

(*1)ジェームズ・ジョル『第一次世界大戦の起原』(みすず書房、2017年)
(*2)ハンナ・アーレント『全体主義の起源3 全体主義』(みすず書房、2017年)
(*3)ジョージ・オーウェル『新装版 オーウェル評論集4 ライオンと一角獣』(平凡社ライブラリー、2009年)
(*4)リチャード・J・エヴァンズ『力の追求(下) ヨーロッパ史1815-1914』(白水社、2018年)を参照
(*5)モードリス・エクスタインズ『新版 春の祭典 第一次世界大戦とモダン・エイジの誕生』(みすず書房、2009年)より
(*6)モードリス・エクスタインズ『新版 春の祭典 第一次世界大戦とモダン・エイジの誕生』(みすず書房、2009年)より
(*7)エルンスト・ユンガー『労働者』(月曜社、2013年)

吉田徹(北海道大学法学研究科教授)

吉田徹 (よしだ とおる)

北海道大学法学研究科教授
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)などがある。

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