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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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情報・知識&オピニオン imidas

時事オピニオン

Columns

時事問題や社会現象、文化、スポーツまで現代の動きを各界の専門家が解説。

この腐った社会を根こそぎにしてやれ!

貧乏にひらきなおるということは、生きたいように生きるのとおなじことだ

 ブラック企業に始まり、ブラックバイトにブラック部活……。日本人は、大人も子どももブラックな現代社会で、喘ぎながら暮らしている。「それを打破するには、すべてを根っこからぶち壊しちまいな!」と言い切るのは、独特の文体でつづられた、大杉栄や伊藤野枝、一遍上人をテーマとした著作が話題の栗原康氏だ。早稲田大学大学院を出てしばらくは年収10万円、親の年金をあてにする実家暮らしを余儀なくされる日々。しかし、いまや「紀伊國屋じんぶん大賞」に3年連続入賞(2015年6位、16年6位、17年4位)、さらに第10回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞し、注目度ナンバーワン! その栗原氏が、社会にもの申す。

大学の管理問題で覚醒!

「スクラム! スクラム! スクラム!」
 早稲田大学の学生部に響き渡る、学生生活課の職員たちの叫び声に、わたしはおもった。
「クソッ! これが権力か」
 その年、2001年、わたしは早稲田大学大学院の修士課程1年だった。2000年前後には早稲田大学を含め、法政大学、東京大学などでも、大学の改革という名のもとに古い建物が壊され新しいビルが建ち、目に見える形で大学の風景が変わっていった。
 早稲田で象徴的だったのが、01年夏の、大学による地下部室の強制撤去だった。
 早稲田の西早稲田キャンパスには、何十年も前の先輩たちが各校舎の地下に切り拓いてきたサークル部室が何カ所もあった。ほこりまみれで、こぎたない空間ではあったものの、そのこぎたなさがまた良かったりもした。講義には出ず、ただただ部室でゴロゴロする。違う学部や大学の学生たちと語り合い、ときに酒を持ち込み、鍋もする自由な空間。30代くらいの、ふだん何をやっているのかわからないようなオッさんもいたりする。学生の自由だ。
 しかし大学は、新しく建てた学生会館、それも学生を管理下に置こうという意図がみえみえのその会館に移転を決定、部室を撤去すると一方的に勧告した。7月31日には抗議する早大生が自発的に2000人以上集結。8月に入っても方針を変えない大学に対し、8日、学生らは大学の正面玄関に座り込みをして阻止を図り、わたしもそれに参加した。10日には荷物を取り出すことさえも許さず、大学側は強制撤去を開始。その非道(ひど)いやり方に抗議するため仲間たちと学生生活課に向かったはいいが、スクラムを組み、叫ぶ職員たちに押し出されてしまった。
 それまで、いわゆる学生運動などとは無縁だったわたしが、"覚醒"した瞬間だった。
 おなじ時期、いったん東京の郊外などに移された大学の校舎が、どんどん都心へと戻されていった。少子化が問題化しつつあるなか、都心にきれいな校舎を建て、就職先や就職率をアピールし、いかに受験生を集めるかに汲々とする大学。高い学費を払い、ただただ就活の努力だけをする学生がいればいいのである。それ以外は排除だ。
 これは、郊外にショッピングモールを建て商店街をつぶし、高齢化によってショッピングモールが寂れたら捨て、安い土地にまた新しく建てて儲けるという都市開発の論理そのものではないか。大学のショッピングモール化だ。姑息である。

借金635万円、年収10万円

 早稲田の部室撤去の直後には9・11、アメリカ同時多発テロ事件が起き、その後アメリカはアフガニスタン戦争、イラク戦争へと突き進んでいく。世界各地で、そして日本でも反戦デモが行われ、わたしがはじめてデモに参加したのもこのころだった。
 デモで出会った人たちと話すうちに、反グローバリゼーションにも目覚めていく。1990年代から、世界的には「新自由主義、ダメでしょ!」という声があがり、常識みたいになっていたが、バブル崩壊後も日本では、まだまだ自分たちは豊かな国にいるというイメージが残っていた。実際、わたしが大学生のころ、ゼミとかで大正時代のアナキスト・大杉栄(1885~1923)の労働運動論を研究していると言ったら、「日本で貧困問題とかありえないでしょう」とか言われたくらいだ。
 さて、わたしが奨学金をもらいはじめたのは大学院に進んでからだ。実家暮らしの身で毎月13万円が入るというのは、「すげえ金があるぞ」という気分になる。我が人生でいちばんリッチな時代だったかもしれない。後輩に焼き肉をおごったりしていた。
 奨学金を「もらう」と言ってしまったが、奨学金が「借金」であることをこっぴどく実感させられたのは大学院修了後。自分が院に進もうとしていたころ、先輩たちから「就職は非常勤しかないし、年収もずっと300万くらいかも」とは聞いていたが、2009年、いざ自分が大学を出てみると、その非常勤さえなく失業状態、借金635万円だけが残った。
 そこからは、ほぼ引きこもりするしかなく、友人に勉強会に誘われても、「ちょっと金なくて、行けないや」と答えるしかない。「なんとか来れないか?」と言う言葉に、ついに親のパスモをかっぱらい、「うっしゃー!」と駅まで走った。お父さん、ありがとう!
 こうして、借金635万円、バイトでの年収わずか10万円、親がもらう年金をあてにして暮らすという、地獄の時代がしばらくつづく。年収が100万円を超えることはつい最近までなかった。だから昔、先輩が言っていた年収300万円の非常勤講師っていうのは、けっこうブルジョワなんじゃないのか。そうおもえてくる。

「ブラック・ブロック」最高!

 話は前後するが、デモに加わるようになり、反グローバリゼーションっていいなとおもったわたしは、「ATTAC(アタック) Japan」という社会運動団体に所属、2003年ころから、経済のグローバル化を進めている国際機関の会議阻止のデモに出かけていくようになった。
 それ以前、01年に、「世界経済フォーラム(通称ダボス会議)」に対抗し、「世界社会フォーラム」が立ち上げられた。経済優先の新自由主義やグローバリゼーションによる貧富の差や環境破壊といったことへの対策を話し合うこのフォーラムには、毎回世界中から10万人ほどの人々が集う。わたしも04年には開催地のムンバイへ、05年にはブラジルのポルトアレグレへとむかった。文字どおりお祭りだった。たのしい。05年には香港で開催されたWTO(世界貿易機関)の第6回閣僚会議の抗議デモにも参加した。このときは韓国の運動団体が大暴れしていて、ほんとうにわくわくした。たいへん、わるのり、騒乱だ。
 07年6月には、ドイツのハイリゲンダムで行われるG8サミットへの抗議活動に参加した。
 友だち数人と、近郊の都市ロストックに到着したころには、すでに12、3万人のひとびとが集結していた。そこには約1万人収容可能のキャンプ地が3カ所確保されていた。食事も、ビーガン(徹底した菜食主義)でも大丈夫なように食材が用意されていて、誰もが食べられる。カンパ制だから金がない人間は払わなくてもいい。でも、言われなくても、みんな食器洗いぐらいはする。
 そして1万人規模で会議。普通、議会制民主主義では多数決で物ごとを決めるが、多数決の場合、はじめから権力のある側が勝つ。それではダメなわけで、会議ではコンセンサス(合意形成)を重要視し、デモでなにをするのかも全員一致で決めるようにしていた。
 これをみたときは、マジですげえとおもった。だって、一万人で全員一致とか、そんなことやろうとしていること自体、狂っているじゃないか。もちろん、いくら全員一致でも、いちど決めたらしたがわなきゃいけないとなると、それはそれでいきぐるしいのだが、でも発想自体はおもしろい。
 アクションでおもしろかったのは、「ブラック・ブロック」だ。その名の通り、全身真っ黒な服に身を包んでいる人たちのことである。デモの最中にスターバックスやマクドナルドなど、グローバリゼーションの象徴といえる店舗のガラスをたたきわったり、パトカーに火をつけたりする。とうぜん警察がくるが、みんなおなじ格好をしているので、だれがやったかわからない。海外では多少非合法であっても、物への危害に対しては、市民も「それくらいは普通」と目をつぶってくれる。非暴力だ。「ブラック・ブロック」最高!
 翌年には洞爺湖サミットへの抗議デモのため北海道まで行ったが、日本では、「ブラック・ブロック」どころか、サミット会場にむけてデモをやるだけでも、暴力的だと言われていた。あばれる力をとりもどせ。

日本学生支援機構に殴り込み!

 そんなことばかりしていたので、卒業後、就職先もなく、ただただ借金635万円の身になった。収入がほとんどないのに月3万、4万返せというのは、「死ね!」と言われるのとおなじだ。
 おまけに、日本育英会などが統合され発足した独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)が、2009年、とんでもない方針をうちだす。奨学金の滞納者が増えたため、滞納者相手に裁判を起こし、民間の債権会社に委託して催促、取り立てをする。さらには個人情報を金融機関にばらまくというのだ。ブラックリスト化だ。ふざけんな!
 それにいち早く反応したのが京都精華大学の学生たちだった。「ブラックリストの会」を立ち上げ、デモでガンガンあばれまくるという。「東京でも同日、なにかやりませんか」との呼びかけがあったので、こちらは「ブラックリストの会 in TOKYO」というのをつくって、10人ぐらいでトラメガ片手に市ヶ谷の支援機構に乗り込んだ。
 すぐに広報のお偉いひとが出てきて、「話を聞きます」と言う。きっと抗議を受けたことなどなかったのだろう。無防備で、こちらがビデオカメラで撮っていてもスルーだった。
 同行者は「なんだ、このやろう!」などと声を荒げていたが、基本わたしはいい人なので普通に話をする。しかし「どういう目的でブラックリスト化なんかするんですか」という質問への答えには、さすがに憤慨した。いわく「これは教育的な効果を図ってのことです」。ふざけんな、このやろう。
 いろいろ調べていたら、支援機構にブラックリスト化を提案した有識者がいることがわかった。その一人が奨学金問題の本を出している小林雅之さん(東京大学教授)だった。「これはもう行くしかない!」ということで、小林教授の講演会日程をネットで調べ、トラメガ片手に20人くらいで押しかけ抗議した。こういうときは肉弾戦が大事なんだとおもう。
 その後、少しずつ奨学金問題の運動もひろがっていき、支援機構では卒業後5年だった奨学金返済猶予期間が10年へと延長された。無利子の奨学金にだけ所得連動制が導入されて年収300万円を得るまでは返還を猶予するようになったが、その規模はまだわずかだ。いまだに(17年3月現在)返さなくてもいい、給付型奨学金はありゃしない。
 そもそも、日本は奨学金の構造自体がおかしい。ヨーロッパのように大学の学費を無償にして、それでも生活が苦しい学生のために給付型の奨学金制度を導入したりすべきだ。学費の高いアメリカにだって、一兆円規模の給付型奨学金はある。もちろんヨーロッパにだって学費値上げの動きはある。でも、それに対し学生たちはすぐに声をあげた。ドイツでは学費が3万円になっただけで、暴動が起きたくらいだ。アメリカでも金融危機後、学費値上げの動きがあったけれど、カルフォルニアでもニューヨークでも学生たちがこれに反対し、キャンパスにテントを張り、占拠闘争が行われた。これがのちのオキュパイ・ウォールストリートにつながったともいわれている。日本でも、もっともっと声をあげたほうがいい。大学はタダがあたりまえ。ムリな借金はさせたほうがわるい。学生に賃金を。借りたものは返せない。


貧乏上等、オリンピック反対!

 いま、オリンピックのためだとかいって、またわけのわからない開発が行われている。進めばすすむほど、ホームレスたちが追い出される。路上や公園にさえ住まわせないと、排除の波だ。街全体がショッピングモールみたいになっていって、商品を買えなくなったり、税金を払えなくなったり、支払い能力がなくなった人間は生きていちゃいけないと言われてしまう。借金や排除で切羽つまればつまるほど、ひとはカネだ、カネだと、そればかりに追い立てられる。ブラック企業で働かされて、死にそうになっても辞められない。死ぬまで働け、死んでも働け。生きづらい。
 こういうの、多くのひとは自分とは関係ないと思っているかもしれないが、気付いていないひとが多いだけで、明日は我が身である。わたしたちのほとんどが借金をかかえ、いつ仕事をクビになるかわからないし、アパートを追い出されるかもわからない。確認しておこう。わたしたちは貧乏だ。いちどそこにひらきなおってしまえば、いろんなことがみえてくる。
 ほんとうはカネがなくても路上で、公園で、まわりのひとたちと助け合って生きていけてるのってすごいことなんじゃないかとか、そのスキルをちょっとでも分かちあえば、カネで切羽つまることがなくなるんじゃないかとか、もう少し時間をかけて知恵をひねれば、もっともっといろんなやりかたがあるんじゃないかとか。人間というのは、いざとなったらなんとでもなる、なんでもできる、なんにでもなれるのだ。それでもこの社会が「働け、稼げ、たくさん買え」と言ってくるならば、わたしに言えるのはこれだけだ。この腐った社会を根こそぎにしてやれ。壊してさわいで、燃やしてあばれろ。貧乏にひらきなおるということは、生きたいように生きるのとおなじことだ。貧乏上等、オリンピック反対!

栗原康
東北芸術工科大学非常勤講師/政治学者

栗原康 (くりはら やすし)

1979年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科・博士後期課程満期退学。塾講師などを経て、2014年より東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム。著書に『死してなお踊れ 一遍上人伝』(17年、河出書房新社)、『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(16年、岩波書店)、『現代暴力論 「あばれる力」を取り戻す』(15年、角川新書)、『はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言』(15年、タバブックス)、『学生に賃金を』(15年、新評論)、『大杉栄伝 永遠のアナキズム』(13年、夜光社)、『G8サミット体制とはなにか』(初版08年、増補版16年、以文社)ほか。主な受賞歴、第5回「いける本大賞」、「紀伊國屋じんぶん大賞」(2015年6位、16年6位、17年4位)、第10回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」。

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