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Shueishagakugei

謹んで令和元年台風災害のお見舞いを申し上げます。

度重なる台風により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、避難生活や復興の支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、
一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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Lucha por el cambio~変革への闘い

Columns

メキシコやスペイン、フィリピンなどで、格差社会に生きる人びとを見つめ続けるジャーナリスト工藤律子の連載コーナー。

「キューバに生きる」1 変わるキューバ、変わらないキューバ

 パートナーでフォトジャーナリストの篠田有史と共に、私は1990年から毎年のようにキューバに通い続けてきた。それはまさにキューバが、特に経済面で大きな後ろ盾だったソ連・東欧社会主義圏を失ってからの苦難を見守る歳月だった。最初の取材から30年がたとうとしている現在、キューバの人々は、社会主義国であり続けながら、グローバル資本主義に覆われた世界を、どう生きようとしているのか。


ハバナ市建設500周年を記念して、下町の公園と歩行者専用の商店街はきれいに整備された。撮影:篠田有史

トランプ効果

「オバマが緩和した経済制裁をトランプがまた強化したことで、“米国化する前に社会主義国キューバを見ておこう”と押し寄せていた観光客が、来なくなった」
 つい最近まで首都ハバナにあるイギリス系旅行会社で働いていたキューバ人女性(28)は、そう嘆いた。不景気の中、会社は今、キューバからの撤退を考えているという。
 7月、キューバ観光省は、トランプの対キューバ経済封鎖強化により、米国からのクルーズ船がキューバに寄港できなくなったことで、観光客が減少傾向にあると指摘した。2019年、キューバを訪れる観光客数は、約478万人だった昨年度よりも10パーセントほど少なくなりそうだという。
 資本主義世界に生きる人々は、オバマ米大統領がキューバを訪問した2016年を境に、ラテン社会主義国の「最後の姿」を見ようと集まってきた。米国人観光客も急増した。ところがトランプ大統領が登場し、再びキューバ制裁を強化した途端、「まだ当分変わらないだろう」と、熱が冷めたということだろうか。
 一方、私と篠田にとっては、「米国化する前に」という議論は、安易にできるものではない。キューバ革命以前の米国の半植民地状態を思い出すのと同時に、単純に米国的な資本主義に染まることを望まないキューバ人を、大勢知っているからだ。無論、彼らも私たちも、平均月収が5000円にも満たない今のままのキューバでいいと考えているのではない。変化は必要だが、急速な米国化はまずい。キューバ人たちは、自分たちが追い求めてきた格差のない自由で平等な社会という理想と、経済的困窮という現実の狭間で、葛藤し続けている。
 9月、ミゲル・ディアス・カネル大統領は、キューバに石油を供給しているベネズエラの石油会社に対する米国の制裁のせいで、エネルギー不足に陥っていると、国民に告げた。そして、職場や家庭における省エネ対策を促した。
「(篠田と私)二人は、いつもキューバが大変な時期に来るんだね」
 とは、若き友人からのメールだ。24歳の大学生ユーヒは、貿易の85パーセント以上を占めていたソ連・東欧社会主義圏が崩壊した直後に起きた1990年代の経済危機・「平和時の非常時」の最も厳しかった時期を知らない。だから、今回の危機がどこまで生活に影響するかわからず、心配なのだ。最近ではバスなどの公共交通機関の大半が、本数が減ったり値上がりしたりしているという。
「(9月に始まった大学の)授業も、毎日通学するのは大変だろうからという大学側の配慮で、週5日分を、2日間で行うことになったよ」
 通学日にバスが来なくて遅刻しそうになると、「40、50年代のアメ車」の乗合タクシーを使うが、その料金も一律10ペソ(約40円)から、長距離だと倍の値段に上がったという。ちなみに、バス運賃は1円以下だ。


バスよりも頻繁に来る、古いアメ車の乗合タクシーを待つ。(ハバナ市内)撮影:篠田有史

 9月後半に訪れたハバナは、ユーヒの心配に反して、「平和時の非常時」のような状況には陥っていなかった。メキシコシティから飛行機でおよそ2時間半、ハバナの空港に到着した私たちは、タクシーで街へ向かった。中心街まで30分ほどの道のりは、90年代前半の「すれ違う車がほとんどない」状況とは違い、意外と車が走っている。「(ガソリンや軽油は)量は限られているけど、あるよ」と、運転手が言う。
 ところが、それも首都ならではという面があることが、田舎に暮らす友人からの電話でわかった。
「君たちに会いに行きたいんだけど、飛行機は満席だし、バスも動いていないんだ」
 ハバナに着いた日の夜、電話口でアリスティデス(64)は、悲しげにそう呟いた。彼は、スペイン人征服者がキューバで最初につくった東部の町バラコーアで、自営のベジタリアン&ビーガン・レストランを経営している古い友人だ。2年前にハリケーンで家もレストランも海に流された際、私たちがテントを寄付したことで、さらに絆が深まった。今回も彼のレストランのために私たちがメキシコから持ってきたものを受け取るついでに、会いに来ようと思っていたようだ。しかし、休みなしで走ってもハバナまで13時間はかかるなか、まともな交通機関が動いていないとなると、受け取りは困難だった。
 ハバナから地方都市へのバスの運行は、毎日から週2~3回に減らされていた。自家用車を持っている人が少ないキューバで、バスが使えないと、あとは飛行機か乗合タクシーしかない。飛行機は高いので、長距離乗合タクシーが常套手段だが、こちらも燃料不足の中、料金が上がっている。結局、移動できるのはお金がある人間に限られる。
 近年、町なかでよく見かけるようになったのは、充電式の電動バイクだ。中国からの輸入品に加え、2年ほど前から国内生産に着手し、日本円にして11万円ほどで販売されている。電気代が安いキューバでは、ガソリンや軽油で動く車よりも合理的な乗り物だ。「平和時の非常時」には停電が続き、庶民の足はもっぱら自転車だったが、電気があるならバイクの方が早くて楽だろう。2008年にラウル・カストロ前議長の時代になってから、市場経済の一部導入が加速し、自営業でより良い収入を得られるようになったり、あるいは海外にいる家族や親戚から送金を受けてきた人たちは、電動バイクを買うお金がある。


今流行りの電動バイク。(ハバナ市内)撮影:篠田有史

「東部へ旅するなら僕の電動バイクを貸してあげるよ。ただし、一度の充電で60キロしか走らないけどね」
 自営の自動車修理工として働く友人(31)は、そんなジョークを飛ばした。

 ソ連・東欧社会主義圏崩壊以降のこの国の再建のための変化は、とてもゆっくりしている。すべてを国が取り仕切っていた80年代以前に比べれば自営業を営むことや外貨所持・使用の解禁、観光開発などの経済改革自体が「変化」だが、その変化も人々が期待したほどの成果をもたらしていない。自営業者が増えたとはいえ、国家による統制は依然として強く、同盟国への経済的依存度が高いことも変わらない。常に何かしらモノが不足する生活が、まだ続いている。

ネット時代到来

「添付した書類を記入して、顔写真とパスポートのコピーの画像データと共に、こちらへメールで返信してください」
 キューバに発つ前、メキシコシティにあるキューバ大使館から来たメールに、私は思わず、「おおっ」と叫んだ。これまでは大使館に写真とパスポートを持って出向き、申請書類を記入するよう指示されていたプレスビザ申請の手続きが、「メールでできる」と知ったからだ。社会主義国であるキューバでは、公的機関などの取材にはプレスビザを取得し、ハバナにある外務省国際プレスセンターで記者証を発行してもらわなければならない。だが従来、ビザの手続きは面倒なうえ、メキシコで申請する場合、記者証と合わせて一人1万6000円近くかかるため、友人を訪ねるだけだったこの4年間は、取得しなかった。
 ハバナに着いて国際プレスセンターに記者証をもらいに行った際も、驚いた。4年前までは、ビザ申請時とほぼ同じ書類を再度書かされ、その場でプリント写真を貼り付けて作っていた記者証が、すでにできあがっていたからだ。今どき当然といえばそうなのだが、それまでがアナログすぎた分、妙に感動した。キューバ外務省も、21世紀のネット時代に突入したのだ。
 国際プレスセンターの日本人記者担当職員とのやりとりも、楽になった。というのも、彼女が私も欧州やラテンアメリカの知人とのやりとりに使っているLINEのようなアプリ「WhatsApp」を利用しているからだ。これがあれば、WiFi(有料だが公衆のものがある)やモバイル通信の使えるスマートフォンを持っていれば、チャットでやりとりができる。キューバでも若年層では、スマートフォンでインターネット電話やWhatsAppでの会話を楽しむのが、常識となりつつある。
 チャットアプリの利用は、キューバ人に世界との交流の場を提供している。海外の家族や友人と自由に会話ができるだけでなく、外国の情報収集や学習にも役立つ。研究資料を送ってもらったり、海外とのチャットで外国語を学ぶ者もいる。


Wifiのある公園のベンチに座って、スマホでネット通話やチャットを楽しむ。(ハバナ市内)撮影:篠田有史

 家庭でのパソコン利用も普及してきた現在、娯楽のかたちも変わった。90年代は、国営放送チャンネルでテレビドラマをみるのが家族で過ごす夜のひとときの楽しみだったが、今やパソコンで海外のドラマや映画、ゲームを楽しむ人が増えている。かつて流行った海賊版DVDは、徐々にUSBメモリやハードディスクに置き換えられている。若者たちは最新の海外映画やドラマ、ゲーム、コミックなど、様々なデータが入った「パケーテ(バッケージ)」を販売する自営店に、自分のハードディスクやUSBメモリを持っていき、データ量によって料金が異なるパッケージを購入、ダウンロードしてもらう。それを何人かでシェアするのが、今どきの娯楽の手段だ。
 ネットを使った対戦ゲームに興じる若者も多い。ただし、対戦相手は、地域でアンテナを立て、無線アクセスポイントを設置したり、ケーブルを張り巡らせたりして繋がったローカルなネットワークの仲間同士だ。世界中と繋がっているわけではない。インターネットは1時間約108円と、キューバ人には高いからだ。最新のゲームをしたり、仲間と情報のやりとりをしたいと考えた若者たちが、維持費を出し合い、手に入る機器と技術を駆使して、ローカルなネットワークをつくっている。ハバナにある最大のネットワークには、約3万人が参加しているという。(ただし、7月末に出た新たな通信法により、そのネットワークは、政府の管理下に置かれようとしている。)
 ネットワークや「パケーテ」の中には、「ネットショップ」のようなものもある。といっても、カード決済で商品を購入するわけではなく、会員が売りたいものをアップし、買いたい人が直接、その人に連絡をとって受け渡しをするフリーマーケットのようなものだ。「携帯やPCの周辺機器なども、店より安く手に入る」と、利用者には好評を得ている。
 若者だけでない。ディアス・カネル大統領も、インターネットを駆使している。@DiazCanelBというツイッターアカウント名で、毎日2~3回はツイートする。フォロワーは20万1000人と、6672万9000人のトランプ大統領には到底敵わないが、社会主義諸国の国家元首の中ではほぼ唯一のツイッター活用者だ。


パソコンを駆使して、写真の加工やグラフィックデザインをする仕事も。(ハバナ市内)撮影:篠田有史

新しい経済の模索

 ネットの普及により、個人が得られる情報に幅ができた。それによって、経済に関する知識や関心も変化してきている。例えば、ビットコインにハマっている者もいるという。
「知り合いの中には、ビットコインの情報集めに夢中になりすぎて、いつも眠たそうな顔をしている人もいる」
 そう苦笑するのは、先述の大学生ユーヒだ。キューバでは、仮想通貨を購入し、それでネットショッピングをしたり、資産を増やそうと試みたりする人も登場している。仮想通貨は、国家や世界の金融機関による規制や枠を超えて経済活動を行うことを可能にする。これまでとは全く異なる経済世界だ。キューバ政府自体が、そのメリットを研究しているとも聞く。
 しかし、そもそも仮想通貨の利用は、これまでのところ投機的な性格が強く、社会主義の理想からは遠くかけ離れている。国家による管理が強い経済体制下に暮らすキューバ人の間で、自由な投資や利潤追求ばかりが広まることは、市場経済の導入が始まって以来、批判されてきた「貧富の差の拡大」に、拍車をかけることにもなりかねない。ネットでゲームを楽しむユーヒや、自営業でレストランを営むアリスティデスでさえ、一部の人間だけが金持ちになるのは良くないと考えている。資本主義経済の仕組みをただ取り込むことは、キューバにふさわしい経済再建の道とは言えないだろう。

 かといって、今のまま、自営業を少しずつ増やし、90年代から力を入れてきた観光業で外貨を稼ぐだけでは、それ以外の職を必要としている国民や低収入の国営部門の労働者にとって、厳しい生活の解決策にならない。だからこそ、国を離れ、米国や欧州などの「先進国」に働きに行こうとする人が後を絶たないわけだ。もっと別の方法で経済を活性化し、皆が豊かに暮らせる自由で平等な社会を築く方法はないものだろうか。


店で買えるモノの種類や量が少なく値段も高いなか、独自に手に入れたモノなどを道端で売る人たちもいる。(ハバナ市内)撮影:篠田有史

 その問いは、実は日本に暮らす私たち自身への問いでもある。無論、私たちの大半は、キューバ人のように様々な不足に苦しんでいるわけではない。だが、それでも国民の間で経済的格差が拡大し、貧困層が増えていることは、周知の事実だ。その現実を前に、私はここ7年ほど、協同組合やNGO、社会的企業などを中心に、持続可能で人間を軸に置いた「社会的連帯経済」という、もうひとつの経済をつくる試みを、スペインで取材し続けてきた。その取材中に、サラゴサ大学の経済学部教授から、ある興味深い話を聞いた。
「キューバでも、社会的連帯経済を推進しようという人たちがいる」
 格差を問題視し、資本主義国でじわじわ広がりつつある取り組みが、社会主義国キューバでも行われようとしているというのだ。私は、その現場を取材してみたいと思った。


工藤律子(ジャーナリスト)

工藤律子 (くどう りつこ)

ジャーナリスト
1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に「仲間と誇りと夢と」(JULA出版局)、「ストリートチルドレン」(岩波ジュニア新書)、「マラス 暴力に支配される少年たち」(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、「マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々」(岩波書店)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。イミダスの連載「ラテンギャング・ストーリー」、「ジュリアン 墓地で育った少女」はこちら

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