集英社 知と創意のエンタテイメント 学芸・ノンフィクション

文字サイズを変更

  • Facebook
  • Twitter
  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 渡辺淳一恋愛小説セレクション【全9巻】
  • 集英社国語辞典[第3版]
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金のお知らせ
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金募金状況とご報告

情報・知識&オピニオン imidas

塵芥の声を聴く~インビジブル・ダイアリー

Columns

人間の集団があれば多数派が生まれ、少数派の声はかき消される。 権力に、社会に、時流によって圧しつぶされるひとたちが叫んでいることは何か。 ジャーナリスト木村元彦が現場に行き、当事者に会い、その言葉を聴いて伝えたい、マイノリティの記録。

ロヒンギャを苦しめる『不可視化』の暴力

ロヒンギャ迫害停止決議を棄権した日本

 2017年8月25日から始まったロヒンギャ(ミャンマー西部ラカイン州在住のムスリム)に対するミャンマー軍による掃討作戦は、収束の兆しすら見えていない。凄惨な「民族浄化」は被害者からの聞き取りによれば、ヘリコプターによる空爆、機銃掃射、民家の焼き討ちという一連の組織的な攻撃によって行われ、60万人を超えるロヒンギャが隣国バングラデシュへの避難を余儀なくされている。その惨状は連載第1回でもルポした通りである。

 国際社会も未曽有の人道危機に事態を重く見て動いた。同年11月16日に行われた国連総会では、人権を司る第三委員会において、ミャンマー政府のロヒンギャに対する迫害を非難し、軍事行動を停止するよう求める決議を出した。提案はイスラム協力機構によってなされ、アメリカ、イギリス、フランスも協調、結果としては135カ国の賛成により採択された。しかしである。あろうことか、日本政府はこの採決を棄権してしまう。

 在日ロヒンギャのコミュニティーにおけるその落胆ぶりは、見るからに気の毒なものであった。群馬県館林市に暮らすアウンティンはこんなふうに語った。

「私は日本が大好きです。大好きだからこそ、苦労して日本国籍(日本名・水野保世)を取得しました。税金も払い、法律も守る。そして日本の社会のために活動したい。館林の仲間ともいつもそう言い合っています。それでも日本政府の棄権には心からがっかりしました。私がショックだったのは、他の国に暮らすロヒンギャの人に責められたことです。『お前の住んでいる国はいったい何をやっているんだ。我々を見殺しにするのか』と。自分の愛する国を非難されて本当に悲しかった」


群馬県館林市に暮らす、在日ロヒンギャのアウンティン氏(前列右)。

 1970年代からミャンマー国内で迫害を受け、国外に脱出したロヒンギャの総数は200万人を超えると言われている。諸外国に暮らすロヒンギャはそれぞれにコミュニティーを形成している。アジアではマレーシア、シンガポール、ヨーロッパではドイツ、イギリス、他にオーストラリア、アメリカ、カナダにも居住地域がある。祖国を離れて移住を余儀なくされるすべてのディアスポラがそうであるようにそのネットワークは強固で、当然ながら、故国での迫害には心を痛めている。各々が暮らす国の政府へのロビー活動を行い、ミャンマー政府に向けて攻撃を中止するように働きかけを要請している。情報を交換し、ときには現状を知る者が、他国に赴いてアピールを手伝ったりしている。アウンティンもニュージーランドに出向いて、オークランドでミャンマー政府に対し、ロヒンギャへの弾圧を止めるように街頭演説などの政治活動をしている。

 先述したようにロヒンギャ難民が暮らす主要な先進諸国はすべて、国連の決議に賛成した。しかし、アウンティンが終(つい)の棲家として選び、愛してやまない日本の政府は棄権した。

 この事実は彼にとって極めて重かった。落胆したアウンティンの顔を見て、私は一つのシーンを思い出した。この秋、茨城県牛久市にある東日本入国管理センターに行ったときのことである。

難民に冷淡な入国管理センター


茨城県牛久市の東日本入国管理センター外観。


 そこには一人のロヒンギャの青年が収容されていた。本来、迫害を逃れて来た難民は被害者である。にもかかわらず、ここではまるで犯罪者のような扱いをされてしまう。

 国外に逃れた人々はまずたどり着いた国で庇護申請をする。正式にその国で「難民」として認められることで、法的な保護と援助を受けるためである。しかし、よく知られることであるが、日本は先進国でありながら、難民認定率が圧倒的に低い。2016年を例に挙げればドイツが26万3622人、アメリカが2万437人を難民認定しているのに対して日本の認定数は28人。認定率にすればドイツ41.2%、アメリカ61.8%、日本は0.3%。日本は難民条約に加盟していながら、認定の基準が国際統一基準と大きくかけはなれており、異常に厳しいことが数値に反映されている。認定がなされず、退去強制事由に該当すると見なされれば入管に収容されてしまう。

 収容されているロヒンギャ青年は体調を崩し、内臓を病んでいるという医師の診断書があるにもかかわらず、すでに10カ月にわたって拘束されていた。アウンティンは同胞青年のために身柄の拘束を解いてもらう、いわゆる「仮放免」の申請に動いていた。入管前で待ち合わせ、一緒に受付で衣服を差し入れ、面会に向かった。ガラス越しに見た青年は明らかにやつれていた。アウンティンは悪化しているという体調について聞き、仮放免申請に来たことを告げて、ひたすら励ました。青年は何よりも陽の入らない部屋に閉じ込められていることがつらいと告げた。アウンティン自身も二度入管に収容された経験があり、その気持ちは痛いほどに理解していた。

 面会の時間が終了し、仮放免申請手続きに向かう。許可申請書、誓約書……、過去、日本に逃れて来た同胞のために何度も手続きを行っているため、入念に準備された書類は完璧だった。ところが、係官が受け付けられないと言い出した。身元保証人の書類のサインの欄に問題があると言うのである。アウンティンは身元を引き受けてくれる保証人からわざわざ印鑑を捺印してもらっていた。日本の習慣をリスペクトし、すでに何回もその方法で仮放免の手続きを済ませてきたからである。ところが、「これではダメです。手書きのサインでないと受理できません」と言う。過去にそれで受理された実績があることを告げてもまったく聞く耳を持たない。館林から牛久まで、仕事を休んでまた持って来いと言うのか。「過去通用したものが、変更になったのなら、なぜそれを明文化していないのか!」「誰がそれを決めているのか!」あまりの官僚的な態度に短気な私の方が声を荒げ、怒鳴りつけた。しかし、横にいるアウンティンは不満を言うこともなく、じっと耐えている。そして粛々と指示に従う。日本の入管、ひいては法務省のこのやり方に慣れているのだ。

 アウンティンは、館林では行政からの信頼も得て、何か事態が動けば市役所に呼ばれてミャンマー情勢についてのレクチャーを行って理解を求め、地域の行事にも積極的に参加して来た。日本が好きという言葉は決してリップサービスではない。しかし、こういう仕打ちをされる度に、やはりやるせない思いはつきまとうと言う。

 思い浮かんだシーンというのは、不条理に耐えているこのときのアウンティンの姿である。日本政府の棄権は、今まさにアウンティン自らが信じ、生活をしている居場所に存在を再び否定されたかのような、アイデンティティーの喪失感を与えたことは想像するに難くない。

日本政府は何をすべきか

 2017年12月4日、参議院議員会館において、院内集会が行われた。NPO法人ヒューマンライツ・ナウ、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン、そしてミャンマーの民主化を支援する議員連盟が共同で「ロヒンギャ人権危機と日本外交を考える」と題した会を開いたのである。関心は高く、約100人の参加者で会場は埋まった。

 ヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子弁護士は 「この非常に残念な日本政府の態度を改めてもらうべく開催した」と宣言。冒頭で私はバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプでの現状報告を行った。国会議員は石橋通宏、藤田幸久(民進党)、福島瑞穂(社民党)、逢沢一郎(自民党)、山川百合子、阿久津幸彦(立憲民主党)が参加し、それぞれに発言した。だらだらと自己アピールしかしない議員もいた中、福島議員は長年にわたり、ロヒンギャを取り巻く問題に積極的に取り組んできただけに、そのスピーチは日本政府は何をすべきかを腑分けし、現実に踏み入ったものであった。

 続いて発言した在日ビルマ人難民申請弁護団事務局長の渡邉彰悟弁護士はロヒンギャ迫害の背景を歴史と政治の観点から説明した。そして「今、ロヒンギャを難民と言わずに何と言うのか。彼らは紛れもない難民である。にもかかわらず牛久の入管にはまだ一人のロヒンギャが10カ月も収監されたままです」と提議した。青年のうつろな顔が思い浮かんだ。

在日ロヒンギャの訴え

 集会の核として、埼玉県で暮らすロヒンギャのゾーミントゥによるスピーチがあった。ゾーミントゥの半生はロヒンギャの現代史をなぞっていると言えよう。ラカイン州で生まれ、当時の首都ヤンゴンの大学で学び、そのときに軍事政権によって軟禁されていたアウンサンスーチー(現・ミャンマー国家顧問)と出会った。彼女の演説に感激し、彼女を支持すると決意した。ミャンマーを支配していた軍政に憤り、民主化運動に没頭していく。1998年には学生デモを指揮したことで逮捕され、4カ月の拘束を経て釈放されるもすでに国内では危険が迫っていた。命がけで国外に脱出し、日本にたどり着いた。艱難辛苦の末、ビジネスで独立を図り、現在はリサイクル業を営んでいる。


ロヒンギャの危機的状況を訴えるゾーミントゥ氏。

 ゾーミントゥは当事者として、これまで他者に対してもう何度も何度も語っているであろう、問題の背景を語り出した。1982年に制定された「ビルマ市民権法(国籍法)」によってロヒンギャは無国籍者、バングラデシュから来た違法移民にされてしまった。ミャンマー国民として存在さえ否定されたことに対する抗いが口から出る。

「ロヒンギャ問題は最近起きたのではありません。軍事政権の時代から今に至るまで人権侵害を受けております。ロヒンギャの人たちはミャンマーのラカイン州に何世紀にもわたって住んでいました。1948年から62年まで、民主的に選ばれたミャンマーの政権というのがありましたが、この時代には少数民族として認められ、国籍も与えられ、人権も保障されておりました。62年に軍のクーデターがあり、それからずっと人権侵害が続いております」

 2012年以降も弾圧は続き、今でもラカイン州北部のシットウェ市にあるIDP(国内避難民)キャンプの中に15万人のロヒンギャの人たちが入れられていること、そしてこの8月から起きている激しい攻撃についての報告がなされた。数千人の人たちが殺され、少女たちがレイプされ、子ども、高齢者などが被害にあっていることなど、深刻な被害状況が口から出る。

「こういったことを主張しているのは我々だけではありません。国連も、アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体も、情報を検証したうえで言っています。私が不安に思っているのは、世界がこれに対して動いていないこと。ただし、世界に対して文句を言う前に、日本政府に対して申し上げたいことがございます」

 日本は軍事政権時代も、現在の国民民主同盟(NLD)政権となってからも、ミャンマーと非常に強い二カ国間関係を保っている。ゾーミントゥは、2017年11月、安倍晋三首相がフィリピンに行った際にアウンサンスーチーと会って、1250億円という巨額の経済支援の約束をしたことに触れた。日本はミャンマーに対する最大の援助国であり、投資国である。

「こんなに強い影響、関係をミャンマー軍や政府と持っています。だからこそ、日本政府は、ミャンマー政府にはっきりと、このようなジェノサイドを止めなくてはならないと言う責任があるはずです。日本は平和国家です。そしてアジアにおける民主主義のリーダー国でもあります。であるからこそ、私たちロヒンギャとしては、みなさまに希望をかけている。この悲惨な状況にあるロヒンギャの人たちを何とか守ってください」

 絞り出すような声による切なる訴えであった。ミャンマーに対して日本政府だからこそできる平和構築がある。それをなぜしてくれないのか。アメリカもイギリスもフランスも、先進諸国のほとんどが賛成した採択をなぜ棄権したのか。

 2017年11月、ミャンマーとバングラデシュの政府の間で結ばれた、避難民をミャンマーに帰すという合意についても訴えた。「この合意というのは私たちは絶対に受け入れられません。ロヒンギャはミャンマーに帰されると外国人にされてしまう。そして収容キャンプに入れられてしまう」

 ついにはアウンサンスーチーへの失望も口にした。「2012年、当時のテインセイン大統領はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の当時トップであったグテーレスさん(現・国連事務総長)に言いました。ロヒンギャというのは我々の国民ではない。難民キャンプに収容するので、UNHCRはこの人たちを第三国に連れていってください、と。まさに当時テインセイン大統領がやろうとしたことを、いまアウンサンスーチー政権が、実行していると言えるのではないでしょうか」

「ロヒンギャ」という言葉を消すな
 
 最後にゾーミントゥは重要なことを問いかけてきた。

「信じられますか? 実は、日本政府はロヒンギャという言葉を絶対に言わないんです。私たちは自分たちの民族名を捨てたことはありません。それなのに私たちの民族名に言及することさえしてくれません。私どももみなさんと同じように人間です。また日本政府はミャンマー軍のトップと会いましたけれども、その際に、『アラカン州でみなさんがやっていることを理解しております』というふうに言いました。この理解というのはどういう意味なのでしょうか。軍がいまやっていることを支持しているということなんでしょうか」

 2017年12月1日、バングラデシュを訪問したローマ法王もロヒンギャという名前を使い、難民たちに寄り添うことを言明した。しかし、日本の外務省のHPを見るとロヒンギャという記述は無く、「ラカイン州のイスラム教徒(ムスリム)」という書き方がなされている。まさに不可視の暴力である。

 ロヒンギャの問題については日本政府ばかりか、NGOも腰が引けている傾向がある。私は二つの団体からゲストスピーチ依頼を受けたが、ピースボートは、当事者としてのロヒンギャ難民の同席を提案したところ、国際クルーズ船の「ミャンマーへの入港拒否のリスクを考え」てこれを断って来た。AAR JAPAN(難民を助ける会)は「ヤンゴンにもオフィスがあり、そこへの妨害を懸念して」報告会のタイトルを「ミャンマー避難民報告会」とし、報告の中でもロヒンギャという言葉を避けて進行していた。AARの名誉のために言えば、会の途中で私が「ロヒンギャという言葉を使いましょう」という提言をすると、スピーカーは即座に対応して、以降はロヒンギャという言葉が交わされていった。

 団体として危機管理をするという考えは分からなくはないが、ロヒンギャの場合は存在が不可視にされてしまったところからその差別は始まっている。ミャンマー政府の意向を忖度してロヒンギャというワードを消すことはその弾圧に加担してしまうことだ。彼ら彼女らはロヒンギャという名前と存在を否定され、弾圧されているのだ。ならばロヒンギャとして可視化して弾圧を跳ね返さなくては解決にはならない。当事者のアイデンティティーを尊重し、私たちは明確に伝えなくてはいけない。塵芥のごとく扱われている彼らの声を今こそ聴かなくてはいけない。

ロヒンギャ難民キャンプから~迫害の証言1

ミャンマーから国境を越えて逃れてきた女性たちが、凄惨な虐殺と性暴力を証言。
2017年10月、バングラデシュの難民キャンプにて著者撮影。

*写真・動画の複写・転載を禁じます。

木村元彦 (ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

木村元彦 (きむら ゆきひこ)

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト
1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

>imidas PCサイトはこちら

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.