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Shueishagakugei

謹んで「熊本地震」災害のお見舞いを申し上げます。

熊本地震により甚大な被害が発生いたしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な日々が戻りますよう、そして復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ

謹んで地震災害のお見舞いを
申し上げます。

東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、救援や復興支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

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情報・知識&オピニオン imidas

戦争と平和のリアル

Columns

いつのまにか戦争が身近になってきた。私たちは平和をどう考えたらいいのだろう。戦争と平和の「現場」で考え行動する人たちに会って話をきいてみよう。

早川タダノリ「日本を考える」

日本スゴイ物語の幻想

  2017年4月21日、内閣官房国民保護ポータルサイト(http://www.kokuminhogo.go.jp/)に「弾道ミサイル落下時の行動について」というPDFファイルが掲載された。もし弾道ミサイルが飛んで来たら、「屋外にいる場合」は
  〇近くのできるだけ頑丈な建物や地下に避難する。
  〇近くに適当な建物がない場合は、物陰に身を隠すか地面に伏せ頭部を守る。
  〇口と鼻をハンカチで覆い、現場から直ちに離れ、密閉性の高い屋内または風上へ避難する。
「屋内にいる場合」は
  〇できるだけ窓から離れ、できれば窓のない部屋へ移動する。
などと書かれていた。
 弾道ミサイルと呼ばれるものがどれぐらいの威力なのかはわかりかねるが、果たして地面に伏せることで回避できるのか。この行動マニュアルが作られた意図や効果のほどに疑問を感じると同時に、『「愛国」の技法』(早川タダノリ著、青弓社、2014年)に掲載されていた「一升瓶で空襲に備えよう」なるイラストを思い出してしまった。
 同書をまとめた早川タダノリさんにお話をうかがった。



 同書には「日の丸行進曲」の踊り方や、美人お嬢様&人妻風の海女さんが並ぶ皇軍慰問絵葉書といった、戦前・戦中に庶民を鼓舞し慰撫してきたプロパガンダが多数掲載されている。なかでも一升瓶やビール瓶に小豆大の粉炭か玄米を焙烙(ほうろく=素焼きの平たい土鍋)で炒った「吸収剤」を入れておく「代用吸収缶」は、ガスマスクがなくてもしばらく呼吸がしのげる大日本帝国の科学の粋を集めて開発されたもの、らしい。これは『主婦之友』の昭和19年12月号の特集記事だが、代用缶の作り方以外にもガスの性質や、青酸に出くわしたら「早く瓦斯(ガス)外に出る」、ホスゲン(毒性が強く、吸うと肺水腫を起こすガス)の場合は「この瓦斯の下では決して走るな」「絶対安静にすること」といった注意方法を懇切丁寧に教えてくれている。しかし「青酸をまかれても、ガス外に出ればもう安心!」とは、正直思えない。これと同様に、やはりハンカチで弾道ミサイルの脅威を回避できるとも思い難いのだ。戦後70年以上経つが、意識は当時と何も変わっていないということなのだろうか……?



 早川タダノリさんは、戦前・戦中の大衆読み物の蒐集を続けてきた。地方の古書店や解体される個人宅などから古本・古雑誌・古新聞や紙くずをかき集め、同書以外にも『神国日本のトンデモ決戦生活』(合同出版、2010年)、『「日本スゴイ」のディストピア』(青弓社、2016年)などを上梓している。どの本もページをめくると「戦前や戦中の日本では、こんなことが信じられていたのか……」と、笑ってしまいそうになる。しかし早川さんのもとにはこれまで、「昔の人の努力を馬鹿にしているというお叱りが結構届いた」そうだ。
「『「愛国」の技法』を出した際、『昔はこんなに一生懸命戦争をやっていたのにバカにしている!』みたいな意見が結構あったんです。でもガスの話で言えばイペリット(塩化硫黄とエチレンから得られる毒ガス、別名マスタードガス)の注意に『目、呼吸器の防護を怠るな』とありましたが、それでは到底防げないですよね(苦笑)。でも現代と違って戦時中は情報収集の手段があまりにも少なかったので、庶民がこうしたプロパガンダをまじめに受け止めたのは、ある意味仕方がなかったと思います。だからそこを嘲笑するのが目的ではありません。『大日本帝国やその周辺の連中はこんな根拠のないことを言って、人々を動員しようとしていた』ことの全体像を明らかにしたくて、本にまとめているんです」

 たとえば解剖研究学の先駆者と言われる解剖学者・人類学者の足立文太郎は1933年に、「動物の体は、毛が深い。人類は、進化していくうちに毛が少くなったのである。ところが西洋人と日本人とを比較してみると、どつちが毛が多いか? 西洋人の毛深さは、まつたく驚くほどで、(中略)『まだ西洋人は、毛の抜け方が足らぬぞ。それはとりもなほさず動物に近いのだ!』といつて日本人の体を見せてやりたくなるのである」
 と書き残しているし、1943年発行の『日本人と魚食』という本の中で中村吉次郎という人が、
「日本人の体力こそは、日本の魚の肉と骨に拠ること大なるものがあるのではあるまいか。日本人は米、英人に比べて二倍否それ以上の魚肉を食べてゐるのだ」
 と書いている(ともに『「日本スゴイ」のディストピア』より)。70年以上前の科学的知見とはいえ、この根拠のなさときたら、もはやギャグのレベルである。



「でも敗戦までに大日本帝国が作り上げてきた動員のためのイデオロギーや制度は滅びてしまったわけではなく、今もまだ息づいていると思います。最近ではブラック企業が問題になっていますが、人々をタダ働きさせる『奉仕』『奉公』思想は連綿と受け継がれてきていて、それを企業が再生産しているに過ぎません。少し前に子どもたちに教育勅語を暗唱させる森友学園が問題になりましたが、かつての天皇儀礼などは確かに戦後解体されたので、現代とはつながっていない部分もあります。しかし教育勅語的な精神は、形を変えて今も受け継がれている。ある部分は戦前とはつながっておらず、でも別の部分はつながっている。そういう複雑な構造になっているのが現代の姿なのです」

疑似「戦前」が、「日本らしさ」にすりかえられる

 最近(2017年4月末現在)はミサイル騒動の陰に隠れてしまったものの、つい先日までメディアは森友学園の問題で持ちきりだった。学園側が大阪府豊中市の国有地を9割引きで購入したことや、名誉校長に就任した安倍昭恵夫人が寄付金を渡した疑惑などを巡り、籠池泰典前理事長やその家族をテレビで見ない日はなかった。
 森友学園は金絡みの問題が多かった印象だが、かねてよりネット上では「教育勅語を子どもに暗唱させ、中国や韓国を敵視するような教育をしている幼稚園(塚本幼稚園)が大阪にある」と、その教育内容でたびたび話題になっていた。早川さんは5~6年前から「実は密かにウォッチしていた」と明かす。

「教育の基本として教育勅語を学園サイトに掲載しているのですが、それは現代語訳版なんです。国民道徳協会というところが訳している、元々の『教育勅語』の後半にあった『以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ』という部分が削り落とされているものです。教育勅語は『12の徳目を励行して天皇が治めるこの神国日本を栄えさせろ』という意味を持っているのですが、『以テ……』の部分を切り落としたことで、『道徳的にいいことを言っている』と受け止めやすいものになっている。しかし僕から見たらこの部分をあえて削って『道徳的にいい』とアピールするのは、どうにも偽物としか思えません。それは多分、保守系というか天皇主義右翼の人たちが、戦後にふさわしいスタイルを確立できなかったことにつながると思うんです。戦前のスタイルをなぞりながらも、象徴天皇制度に基づく戦後的なアレンジを施してきたことで、戦前と戦後のねじれが生じてしまった。
 こうしたねじれは、教育勅語だけではありません。たとえば櫻井よしこさんらが共同代表をつとめる『美しい日本の憲法をつくる国民の会』という団体は、憲法の家族条項改正を求めています。彼らは日本の伝統的家族への復帰を主張していますが、そのモデルは『サザエさん』なんです。でもサザエさんって、思いっきり戦後の話じゃないですか(笑)。戦前回帰を望んでいるように見えて、実は戦前なんて誰もが忘却しているし、それ以前に見ていない。実際に戦前を経験した人は口をそろえて『いいことばかりではなかった』と言いますが、そういう世代も高齢になって話せる人が少なくなってきたので、非常に幻想的な『美しく健気な日本人』像が流布されるようになったのも大きいと思います」

「日本スゴイ!」ブームは、20年かけて作られた?

 テレビを点けたら「外国人が語る! 日本の素晴らしさ」のような"日本礼賛番組"にぶち当たってしまうのは、もはや日常の光景となっている。しかし早川さんが「日本スゴイ番組」に着目したのはそう古い話ではなく、2013年に見た某公共放送の番組がきっかけだったという。
「日本は世界に冠たる造船大国で、驚きの技術で客船からタンカーまでを造ってきた。たとえばプロペラは水の抵抗が強いと燃料を余計に使ってしまい、ノイズが発生して乗組員の心身にも悪い影響を与える。だから抵抗が少なく、ノイズの発生しにくいプロペラを愛媛県の工場で開発しました! みたいなVTRが番組内で流れるんです。それをひな壇に座っている俳優や元グラビアアイドルが見て『こういう細かい技術で船を造ってきたなんて。さすが日本ですね』『同じ日本人として誇りに思いますね~』と誉めそやす内容で。技術を開発した人は確かに偉いかもしれないけれど、だからといって日本人全体が偉いわけではない。台本に書いてある言葉を読んでいたのでしょうけど、気持ち悪いなあって思ったんです(笑)。でもこういう根拠のない『日本人はすごかった!』的な言説は戦前や戦中にも腐るほどあったので、ネタの使い方の変わらなさに強く興味を惹かれたのが、『「日本スゴイ」のディストピア』を書く動機になりました」
 確かにノーベル賞受賞者やオリンピックメダリストが、素晴らしい力を持っているのは事実だ。しかし彼らの功績は本人のものでしかないのに、なぜか「日本スゴイ!」の文脈に落とし込まれてしまうことも多々ある。早川さんはその「勘違い」こそが、ナショナリズムの基本形態だと分析する。
「海外で事故に遭った被害者が顔も知らない人でもそれが日本人だとわかると胸が痛むことがありますよね。その共感や連帯感はナショナリズムのわかりやすい特徴です。しかし、ハッキリ言って同じ日本人というだけでしかありません。でもそのような勘違いを人為的につくりだして、他人に言うことを聞かせるための手段にしてしまうのが、ナショナリズムや愛国心と呼ばれているもののおっかないところです。この『勘違い』を、美談をネタにして知的好奇心を刺激しつつ与える手法が、今のテレビ番組には多く見られます。でもそもそも『日本スゴイ』コンテンツって、共感抜きには成立しないんですよ。『やったことはすごいけど、人間的には最低で本当にイヤな奴だな~』って人は、『日本スゴイ物語』にはなぜかあまり登場しないんですよ、不思議なことに(笑)」
 テレビでは今でこそ「日本スゴイ」が花盛りだが、書籍の世界では約20年前から、その傾向が見られ始めていたそうだ。つまり急に出来上がったブームではなく、じわじわと土台が築かれどんどん育っていった結果が今なのだ。早川さんはこう説明してくれる。
「書籍での出発点は、95、96年頃だと思いますが、様式美が確立したのは2000年前後だと思います。原型になったのは自由主義史観研究会と藤岡信勝さんによる『教科書が教えない歴史』(産経新聞ニュースサービス、全4巻)ではないかと。あの本は産経新聞の1996年から97年までの同名連載をまとめたものなのですが、日本人による美談の集積なんです。読み手が『こんなに素晴らしい日本人がいたんだ!』という共感を得られる内容になっていて、出版当初は『自虐史観を打ち破る』という文字がオビにあったのですが、2005年に再版されたときには既に『すごい日本人がいた、日本に誇りを持てる』に変わっていました。国民の物語としての"日本スゴイ"の原点は、まさにこの本ではと思っています」

森友学園問題のインパクト

 20年かけてじわじわと地道に作られていった「日本スゴイ」ブームだが、それは決して盤石ではなく、潮目が変わるきっかけはある。その一つが森友学園問題なのではないかと、早川さんは見ている。
「今回の森友学園の件で大きかったのは、『こんな幼稚園があったんだ……。愛国を謳っているけど、すごく異様だ……』というネガティブな驚きが、多くの人の間で共有できたことです。さらにもう一つ、報道が大きくなり問題化してきたあとは名誉校長になった安倍晋三首相夫人やそれまで支持を表明していた政治家たちが、一斉に手のひらを返して学園バッシングを始めましたよね。彼らを見て戦争中は愛国教師が子どもたちを殴ってしつけていたのに、敗戦を境に平和教育に目覚めたのと同じ二面性を感じ取った人は多いのではないかと思います」
"戦前や戦中の日本人は、つましくも健気でエラかった"という物語はあちこちに転がっている。しかし早川さんの著書『「日本スゴイ」のディストピア』によると、小学生男子を中心に組織された大日本少年団の子どもたちは、とんでもない目に遭ったという。1940年に新宿駅や大阪駅をはじめ全国26駅に派遣され、駅前広場の整理などに当たった。彼らは、出札口で順を守らぬ者、待合室で大の字に寝る者、煙草の吸い殻を所きらわず捨てる者、サイダー瓶をわざと(!)壊して捨てた者、を目撃し注意したという。そのときの大人の反応を「注意されたとき率直に自己の非を認めて改める人が少い」と記録している。五族協和を謳うアジアのリーダー日本人は、子どもの手本となるどころかわざとサイダーの瓶を壊して捨てていたのだ……。
「"日本スゴイ"の幻想を打ち砕いて戦前や戦中を見つめ直すために僕ができることは、こういう『どうでもよすぎて、今までほとんど語られてこなかった庶民のどうしようもない生活』を探し出してくることだと思っています(笑)。大日本帝国の所業についてとか大きなところから見つめ直すのは、政治家や学者のみなさんがまじめにやってほしいと思います。『キモいな~』とか『うわっ! こんなだったのか』とか、思わず笑ってしまうような〈他人に言うことを聞かせるための技術〉の大日本帝国における現象形態を集めて、それを伝え続けるのが自分のテーマだと思うんですよね」

 早川さんが集めた写真や資料は、一見バカバカしく思えるプロパガンダの裏で、たくさんの人が命を落としてきた時代の証言でもある。かつての日本人の姿を美化することなく受け止め、それをどう思い行動に反映していくかの結果は、この先の未来につながっている。
 弾道ミサイルが飛んで来たら窓から離れれば回避できるかどうかは、現段階ではわからない。ただ政府は役に立つかわからないマニュアルで敵愾心を煽るのではなく、外交努力で戦いを未然に防ぐ義務があると思う。だからこれが後世の人たちにとっての、ディストピア的な笑い話になって欲しいと切に願っている。

編集者 早川 タダノリ
(構成・文/朴順梨)

早川 タダノリ

編集者

1974年生まれ。フィルム製版工などを経て、現在は編集者として勤務。ディストピア好きが高じて20世紀の各種プロパガンダ資料蒐集を開始。著書に『「日本スゴイ」のディストピア』(青弓社、2016年)『「愛国」の技法』(青弓社、2014年)、『神国日本のトンデモ決戦生活』(合同出版、2010年)などがある。「虚構の皇国blog」(http://d.hatena.ne.jp/tadanorih/)などでも発信中。

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